表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Rose the Exile  作者: enigma
第一章『黒薔薇』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/34

part 5


北多摩高校、二年B組の教室。

カレン・エンフィールドは、今日も完璧な『お嬢様』の皮を被って自分の席についていた。

背筋をピンと伸ばし、分厚い文庫本(もちろん英字の原書だ)を優雅に読んでいるその姿は、窓から差し込む朝の光と相まって、一幅の絵画のように美しい。クラスメイトたちが遠巻きにうっとりと眺めているのがわかる。


(はぁ……昨日の運動で少し筋肉痛ですわね……。あのチンピラども、思ったより頭蓋骨が頑丈でしたもの)


内心では昨夜の乱闘の反省会をしつつ、表面上は穏やかな微笑みを浮かべてページをめくっている。

そこへ、「おはよう」と美鈴、凪沙、そして春一の三人が連れ立って登校してきた。


「おはようございます、皆様」

「あ、おはようカレンさん」

「おはよう……」


挨拶を交わすが、美鈴がどこか言いにくそうに、チラチラとカレンの顔と鞄を探るように見ている。

カレンはパタンと本を閉じ、小首を可愛らしく傾げた。


「どうかしましたの? 秋山さん。私の顔に、何か不細工なものでもついていて?」

「えっ、あ、ううん! 何でもないの! ただちょっと……昨日のニュースとか見たかなって」

「ニュース、ですか?」


カレンの心臓が、トクリと一つ大きく跳ねた。

まさか、昨日の今日で身バレしたのか? いや、あり得ない。ヘルメットは一度も脱いでいないし、ナンバーも偽装に切り替えていた。私がカレン・エンフィールドだという証拠はどこにも残っていないはずだ。


「実はね、昨日の夜、新宿で凄まじい事件があったらしいんだよ」


口を開いたのは、隣の席に座った桐生春一だった。彼は少年のように目をキラキラさせ、興味津々といった様子で身を乗り出してくる。


「黒いライダースジャケットを着た謎のライダーが、絡んできた不良グループをバイクの曲乗りだけで撃退したんだって! しかも最後は、コンビニのガラスをぶち破って、店の中に相手を吹き飛ばしたとか」

「まあ……! なんと野蛮な……」


カレンはサッと口元に手を当て、眉をひそめてみせた。こういう時の令嬢としての演技力には絶対の自信がある。


「本当に怖い世の中ですわね。日本はとても治安が良い国だと聞いておりましたのに……」

「でしょ? でもネットの一部じゃ『悪い奴を倒したダークヒーローだ』なんて噂になってるみたいだよ。でね、そのライダーが乗ってたバイクが……」


春一が、もったいぶるように言葉を区切る。

カレンは表情筋を総動員して、完璧な平静を保った。


「カレンさんのと同じ、『ロイヤルエンフィールド』だったらしいんだ」

「……あら」


カレンは一度だけゆっくりと瞬きをして、ふふっと柔らかく、そして上品に笑ってみせた。


「それは奇遇ですわね。私の愛車と同じメーカーだなんて」

「だよね! 俺も最初はびっくりしたけど、カレンさんがそんなことするわけないし」

「ええ、もちろんですわ。私のハンターは、風を感じて優雅なツーリングを楽しむためのものであって、人を傷つけるための凶器ではありませんもの」


(昨日はアクセルターンからの後輪で、思い切り顎を砕いてやりましたけれど)

心の中に浮かんだ物騒な悪態に、完璧な笑顔で蓋をする。

横で聞いていた美鈴も、カレンのその一切の濁りがない屈託のない笑顔を見て、心の底からホッと胸を撫で下ろしたようだった。


「だよねー! あーよかった。ごめんごめん、今朝ちょっとお父さんから話を聞いて、車種が同じだったから一瞬びっくりしちゃってさ」

「お父様から?」

「うん、昨日言ったでしょ? うちのお父さん刑事でさ。昨夜のそのコンビニの事件、ドンピシャで担当してるみたいで」


――ピキリ。

カレンの完璧な笑顔が、ミクロン単位で凍りついた。


(刑事……!? そういえば昨日そんなことを言っていましたけれど、よりによってこの女、私を追っているサツの娘ですの!?)


これは完全に想定外だった。

ただのクラスメイト、それもこれから日本の学校生活でうまく利用して、仲良くしていこうとしていた相手の親が、あろうことか『黒いライダー(自分)』を血眼になって追っている当事者だとは。

カレンは手元のペットボトルに入った紅茶を優雅に口に運び、極限の動揺を喉の奥へと流し込んだ。


「そうでしたの……。現場で戦う警察官のお父様なんて、本当に頼もしいですわね。私、市民の安全を守る警察の方々には、いつも心から感謝しておりますのよ」


(どいつもこいつも無能な税金泥棒ばかりで、昨夜もパトカーの動きがトロすぎて、撒くのが簡単すぎてあくびが出ましたけれど)


「あはは、そう言ってもらえると嬉しいな。でも犯人は相当運転が上手いみたいでさ、プロ級だって父さんが悔しそうに言ってたよ」

「へえ、すごいね。どんな人なんだろう。スタントマンとかかな?」


凪沙が事の重大さに気づかずに、呑気に相槌を打つ。

そこへ、一時間目の始まりを告げる予鈴のチャイムが学校中に鳴り響いた。


「おっと、席つかなきゃ。じゃあねカレンさん」

「ええ、また後ほど」


三人がそれぞれの席へ戻っていくのを笑顔で見送りながら、カレンは誰にも聞こえないほどの小さな、しかし深々とした溜息をついた。

教壇に向かって歩いてくる教師を眺めながら、彼女はそっと頬杖をつく。


(やれやれ……。とんでもない火薬庫の上に座ってしまいましたわね)


捜査情報に繋がる刑事の娘である美鈴。そして、お人好しのただのバイク好きなのかわからない春一。純真無垢な凪沙。

彼らとの学校生活は、一歩間違えれば即座に「島流し」以上の破滅が待っている、スリル満点の綱渡りになりそうだ。


しかし。

カレンは机の下で、昨夜の風を切る興奮と、パトカーを出し抜いた快感を思い出すように、こっそりと拳を強く握りしめた。

美しい唇の端が、ほんのわずかに、しかし確かに釣り上がる。


退屈で死にそうだと思っていた極東での令嬢生活が――ほんの少しだけ、面白くなってきたかもしれない。


既に作品出来上がっているので、なるべく毎日投稿を心がけます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ