part 4
翌朝。
東京都下、閑静な住宅街に建つ一軒家――秋山家では、いつものようにテレビのニュース番組の音声と、出汁の効いた味噌汁の香りがリビングに漂っていた。
「……ふわぁ。お父さん、昨日も帰り遅かったの?」
秋山美鈴は、大きなあくびを噛み殺しながらパジャマ姿でリビングに入ってきた。
ダイニングテーブルの向かい側には、無精髭を生やし、見るからに疲労困憊といった様子の父親――秋山剛造が、新聞を広げながらブラックコーヒーを啜っている。彼は警視庁管轄の署に勤務し、現場を渡り歩いてきたベテラン刑事だ。
「ああ。昨夜はとんだ騒ぎがあってな……。まったく、最近の若いのは加減ってものを知らねえ」
「何かあったの? またどこかの暴走族?」
美鈴が食パンにジャムを塗りながら尋ねると、剛造は新聞をバサリと置いて、忌々しそうに眉間を揉んだ。
「ただの暴走族なら可愛いもんだ。昨夜、新宿のど真ん中で、コンビニにバイクごとチンピラを突っ込ませたイカれた馬鹿野郎が出たんだよ」
「えっ、バイクごと!? なにそれ、映画の話じゃなくて?」
「現実に起きたんだよ。被害者……というか、現場で伸びてたチンピラ共の話じゃ、突然現れた『黒いライダー』に喧嘩を売ったら、逆にバイクを鈍器みたいに振り回されてボコボコにされたらしい」
剛造は呆れ果てたようにため息をつく。
現場の防犯カメラ映像を確認した部下の報告によれば、その黒いライダーの運転技術はプロ顔負けだったという。通報を受けて駆けつけたパトカーの追跡を、曲芸じみたアクロバット運転と路地裏のショートカットで容易く振り切り、おまけに偽造ナンバーのギミックまですぐさま起動して暗闇へと姿を消したらしい。
「しかも、目撃証言とカメラの映像によると、乗っていたバイクがかなり珍しい車種でな。イギリスの『ロイヤルエンフィールド』ってメーカーの……」
「――ぶふっ!?」
美鈴は、飲んでいたグラスの牛乳を盛大に吹き出しそうになった。
「おいおい、汚ねえな。どうした美鈴」
「あ、ご、ごめん……! げほっ、えっと、今、ロイヤルエンフィールドって言った!?」
「ああ。日本ではマイナーだが、歴史あるメーカーだ。そんな渋いバイクに乗って夜の街で大立ち回りを演じるなんて、どんなイカれた奴なんだか……」
剛造がボヤく声は、もはや美鈴の耳には入っていなかった。
彼女の脳裏に、昨日の放課後の光景が鮮明にフラッシュバックする。
昨日やってきたばかりの転校生、カレン・エンフィールド。
透き通るような金髪碧眼の超絶美少女で、言葉遣いも立ち振る舞いも完璧な、本物のお嬢様。
そして、駐輪場で彼女が誇らしげに紹介してくれた、ピカピカに磨き上げられた黒いバイクもまた――『ロイヤルエンフィールド』だったはずだ。
(……いやいやいや! まさかね!)
美鈴は慌ててその飛躍しすぎた考えを打ち消し、頭をブルブルと横に振った。
あんな深窓の令嬢が、夜な夜な新宿に現れてチンピラをバイクで轢き回すわけがない。名前が同じメーカーのバイクに乗っているからといって、あんな可憐な少女を疑うのはあまりにも失礼だ。
「偶然だよね、うん。世の中広いし、同じバイクに乗ってる人なんて山ほどいるわよね!」
「あ? 何がだ?」
「ううん、何でもない! ごちそうさま、行ってきます!」
これ以上父親と話していると変な勘ぐりをしてしまいそうで、美鈴は慌てて鞄を掴み、逃げるように家を飛び出した。
既に作品出来上がっているので、なるべく毎日投稿を心がけます。




