part 4
閑静な住宅街にある秋山家に、見慣れない宅配便が届いた。
「はーい、今出まーす」
自室でくつろいでいた秋山美鈴は、パタパタとスリッパを鳴らして玄関へ向かった。受け取った荷物は、彼女が両手で抱えるのに少し苦労するほど、ずっしりとした重みがあった。
宛先は間違いなく『秋山美鈴 様』となっている。送り主の欄には、英語でサラリと『Enfield Trading Co.』と記されていた。
(あ、カレンが言ってたプレゼントね。イギリスの貿易会社からの贈り物なんて、やっぱり高級な紅茶のセットとか、アンティークのティーカップとかかな?)
休日の居間で父親の秋山剛造がテレビを見ながら欠伸をしているのを横目に、美鈴は「友達から荷物届いたから部屋戻るねー」とだけ言い残し、急いで自室へと駆け上がった。
ベッドの上にドサリと荷物を置き、ワクワクしながら段ボールのガムテープをカッターで切り開く。
しかし、段ボールの中から出てきたのは、オシャレなラッピング箱でも可愛らしいリボンでもなかった。
そこにあったのは、マットブラックに塗装された、やけに頑丈そうな強化プラスチック製のハードケースだった。それも、四隅に金属のロックがかかっている、いかにもプロ仕様といった厳重な代物だ。
「……なにこれ? 工具箱?」
美鈴は首を傾げながら、二つの金属製ラッチをパチン、パチンと外した。
ゆっくりとフタを開ける。
中には、黒いウレタンフォームが綺麗にくり抜かれており、その型に合わせて『いくつかの物体』が、隙間なく完璧な美しさで収まっていた。
開けた瞬間、かすかに鼻を突いたのは、紅茶の香りではなく、冷たい鉄とガンオイルの匂いだった。
「…………えっ?」
美鈴の思考が、完全に停止した。
ウレタンフォームの真ん中に鎮座していたのは、艶消しブラックの無骨な自動拳銃——『グロック』。ご丁寧に、予備のマガジン(弾倉)まで二つ添えられている。
さらにその脇には、オリーブドラブ色に塗られたパイナップル型の『手榴弾』が二個。
そして反対側には、特殊部隊が突入時に使うような円筒形の『スタングレネード(閃光手榴弾)』と『スモークグレネード(発煙手榴弾)』までが、ワンセットとして綺麗にパッケージングされていた。
「ひぃっ……!?」
声にならない悲鳴を上げ、美鈴は弾かれたようにベッドから後ずさった。
(いやいやいやいや!? 嘘でしょ!? なんで私の部屋に、軍隊のスターターキットみたいなのが鎮座してんの!?)
ここは、現役の警視庁刑事である秋山剛造の家である。
もし今、父親がノックもせずに部屋に入ってきてこの中身を見たら、娘は間違いなく銃刀法違反および爆発物取締罰則違反で、実の父親の手によって現行犯逮捕されるだろう。
美鈴は震える手でスマートフォンを取り出し、四人のグループチャットアプリを起動した。
『美鈴:カレン、ちょっといいかな。今、家に荷物が届いて、中身を開けたらグロックが入ってたんだけど……』
震える指でそう送信した直後、すぐにグループチャットが反応した。
『凪沙:あっ、美鈴ちゃんのところにも届いたんだ! 私のところにもさっき届いたよ! パイナップルみたいな鉄の塊と、黒い鉄砲が入ってた……あはは……(汗をかいて苦笑いしているスタンプ)』
文字面だけでも、おとなしい凪沙が自宅で箱を開けて完全にフリーズし、顔を引き攣らせて苦笑いしている様子が目に浮かぶようだ。
そこに、桐生春一から怒涛の勢いでメッセージが投下された。
『春一:おいおいおい! なんだよこれ! 俺のところにも届いたんだけど、こんなもん送ってもらっても困るよ!! どうするんだよこれ!!(泣き叫ぶスタンプ)』
『美鈴:どうするって言われても、私だってパニックよ! うち、お父さん刑事なんだよ!? 見つかったら一発で刑務所行きなんだけど!!』
『凪沙:ど、どうしよう……これ、交番に「落とし物です」って届けた方がいいのかな……?』
『春一:凪沙! 絶対に駄目だ! 交番ごと爆破テロを疑われてニュースになるぞ!!』
三人がチャット上でパニックに陥り、阿鼻叫喚の地獄絵図を繰り広げている中、張本人であるカレンから、極めて優雅で悪びれる様子のないメッセージが届いた。
『カレン:皆様、無事に届いたようで何よりですわ(ティーカップを持つ優雅なスタンプ)』
『カレン:それは、エンフィールド家自慢の商品ですわよ。ライセンス購入しているから、自社でいくらでも生産できますわ。実用性もバッチリですし、護身用には最適ですの』
『カレン:弾が切れたり、ピンを抜いて手榴弾を使ってしまった時は、いつでも言ってくださいまし。すぐに新品を補充しますので』
その、あまりにも日常の延長線上にあるような軽い返信に対し、美鈴と春一の魂のツッコミが完全にシンクロした。
『美鈴&春一:できるか!!!!!』
日本のどこで、女子高生と男子高校生が手榴弾のピンを抜いて消費する機会があるというのか。サバイバルゲームですら即出禁になるレベルの代物である。
美鈴はベッドの上で頭を抱え、深々と、本当に深々とため息をついた。
ズキズキと痛むこめかみを押さえる。
何が一番タチが悪いかといえば、カレンがこれを『嫌がらせ』でも『脅し』でもなく、100%純粋な『善意と友情の証』として送ってきているという事実だ。
彼女にとって、美味しいお菓子や可愛い小物を贈るのと同じ感覚で、自慢の実家の兵器を「大切なお友達へのプレゼント」として選んでくれたのだ。その純粋な気持ちを無下にすることは、美鈴たちにとっても心苦しい。心苦しいが、物理的に重すぎる。
(……はぁ。カレンと友達でいるっていうのは、こういうことなんだわ)
美鈴は覚悟を決めたように顔を上げると、慎重に、そして音を立てないようにハードケースのフタを閉め、二つのラッチをしっかりとロックした。
そして、部屋のクローゼットを開け、さらにその奥にある衣装ケースの裏側という、絶対に誰も開けないであろう一番奥底のスペースに、その危険極まりないプレゼントを厳重に封印した。
「……一生、使う機会が来ませんように」
美鈴はクローゼットの前でそっと両手を合わせ、祈るように目を閉じた。
黒薔薇の令嬢から贈られた、あまりにも重くて物騒な友情の証。
それが日の目を見る日が来ないことを切に願いながら、極東の島国での彼らの騒がしい日常は、これからも続いていくのだった。




