part 2
職員室で挨拶を済ませ、担任の教師に連れられて二年生の教室へと入室する。
ガラッとドアが開いた瞬間、教室中が息を呑む気配がした。
「今日からこのクラスに入る、カレン・エンフィールドさんだ。イギリスからの転校生だから、みんな仲良くしてやってくれ」
「初めまして、カレン・エンフィールドと申します。日本の文化にはまだ不慣れなところもございますが、皆様と素晴らしい学園生活を送れることを楽しみにしておりますわ。どうぞ、よろしくお願いいたします」
忌々しいことこの上ないが、元々は由緒正しき令嬢として厳しく育てられてきた身だ。完璧なカーテシー(お辞儀)を交えた礼儀正しい自己紹介など、息をするように簡単にできた。
教室からは「おおおっ……!」というどよめきと、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
しかし、その完璧さが仇となった。
授業が終わって休み時間になるや否や、クラス中の生徒たちが物珍しさと下心を丸出しにして、カレンの席に群がってきたのだ。
「ねえねえカレンちゃん! 趣味って何!?」
「休みの日は何してるの!?」
「イギリスってどんなとこ!?」
(ああもう、うるさいですわね……! 東洋の猿どもを相手にするの、本当に面倒くさいですわ!)
内心で盛大に毒づくカレンだが、まさか『趣味は夜中のバイクチェイスと、クラブでの火遊びとカジノですわ』などと本性を明かすわけにはいかない。愛想笑いを浮かべてやり過ごそうとしていた、その時だった。
「はいはい、みんなストップ! 転校初日で疲れてるんだから、あんまり質問攻めにしたら可哀想でしょ。散った散った!」
パンパン!と手を叩きながら、二人の少女が群がる生徒たちを掻き分けてやってきた。
周囲の生徒たちはその声を聞くと、「あ、ごめん」「また後でね」と潮が引くように散っていった。
(ほう……あの一言で周りが引くということは、この二人がこのクラスのカースト上位くさいですわね)
冷静に分析するカレンに、二人の少女が笑顔で話しかけてきた。
「助かった? ごめんね、うちのクラス、ちょっと騒がしくて。私は秋山美鈴。よろしくね」
勝気そうな瞳をした、ポニーテールの少女だ。
「私は、冬木凪沙。よろしくね、カレンちゃん」
こちらは対照的に、おとなしい感じで純粋そうなボブヘアの少女だった。
「助けていただいて、ありがとうございますわ」と、カレンはひとまず令嬢スマイルを返した。
やがて昼食の時間になった。
この学校には食堂と購買の両方が備わっており、中には『お弁当』という手作りの箱を持参する生徒もいるらしい。
美鈴と凪沙は今日は食堂に行く予定だったらしく、初日で何も用意していないカレンも、二人に案内されて食堂へと向かった。
食券機の前で少し悩んだ末、カレンは初めて本場の『日本のラーメン』を注文してみることにした。
イギリス本国でも一応ラーメンを食べたことはあるが、驚いたのはその価格だ。
「えっ、これでワンコインちょっとですの!? イギリス本国なら、この三倍から四倍の値段は取られますわよ!?」
「ええっ、イギリスのラーメンってそんなに高いの!?」
「信じらんない……毎日お小遣い破産しちゃうよ」
美鈴と凪沙が目を丸くして驚く。そんな雑談を交わしながら、三人は空いているテーブル席についた。
熱々の湯気を立てるラーメンを前に、カレンは割り箸を割った。
しかし——。
カチャ、ツルッ。カチャカチャッ。
「……っ」
慣れない二本の細い棒は、カレンの指先で滑りまくり、麺を掴むことすらままならない。
次第にイライラが募り、ついにカレンの堪忍袋の緒が切れた。
「チッ……fuck off」
思わず、ロンドンの路地裏にいた頃のガラの悪い舌打ちと暴言がこぼれ落ちた。
ハッとして「い、いえ、なんでもありませんわ! お箸って難しいですわね!」と笑顔で誤魔化した。
純粋な凪沙は「うんうん、最初は難しいよね〜」とニコニコしていたが、向かいに座る美鈴だけは、己の耳を疑ったというか、『今、この綺麗なお嬢様の口からとんでもないスラムの言葉が聞こえなかったか?』と言わんばかりのドン引きした顔をしていた。
その気まずい空気を切り裂くように、ひょいっと横から手が伸びてきた。
「はい、これ。フォーク。見てて困ってたみたいだったから……余計なお世話だったらごめんね」
声の主は、朝方駐輪場で見かけていた、優しげでどこか幼さが残る少年だった。
「あ、春一くん遅〜い。購買混んでた?」と凪沙が手を振る。
「うん、焼きそばパン争奪戦が激しくてさ」
美鈴が呆れた顔から気を取り直して、カレンに少年を紹介した。
「カレン、こいつは桐生春一。私たち三人は幼馴染で、昔からよくつるんでるのよ」
「まあ。お気遣い、ありがとうございます、桐生さん」
カレンがフォークを受け取り、至近距離でふわりと微笑みかけると、春一はそのあまりの美貌にボッと顔を赤くして固まってしまった。
それを見ていた美鈴が、「ちょっとカレン、あなたのその顔面偏差値は反則ね。春一のライフがゼロよ」と呆れ返る。
春一も合流し、四人での昼食が始まった。
話題は自然と、お互いの自己紹介や家族のことに移っていった。
「カレンちゃんのご両親って、やっぱり向こうでお仕事してるの?」
「ええ。貿易関係の会社を経営しておりますの。……お二人は、どのようなご家庭なんですの?」
カレンが自分への質問を躱すように尋ねると、美鈴がラーメンを啜りながら答えた。
「うちは普通の家庭よ。強いて言えば、父親が警察で『刑事』をやってるから、昔から門限とかルールにはうるさくて嫌になっちゃうけどね」
「あはは、美鈴ちゃんのお父さん、厳格だけどかっこいいじゃん。うちはお母さんが『弁護士』をやってて、毎日裁判だなんだって忙しそうにしてるかな〜」と凪沙も笑う。
「まあなんだかんだ私たち三人は幼馴染だから家族ぐるみでの付き合いは多いほうかな? 春一くんは一般家庭だけど」
(……警察の刑事に、弁護士)
笑顔を貼り付けたまま、カレンは内心で盛大に冷や汗をかいた。
(非行少女の私にとっては、ある意味で最悪の天敵ですわね……!)
内心の動揺を隠しつつ、カレンはフォークで器用に麺を巻いた。
「へえ……それは、立派なお仕事をされているんだね。ところで、カレンちゃんはイギリスではどんな生活をしてたの?」
春一が無邪気に尋ねてくる。
「そうですわね……休日は庭園でお茶をしたり、乗馬を楽しんだり……」
カレンはお嬢様としての常識的な範囲のカードを切っていく。
「へえー! すごい、本物のお嬢様じゃん!」
「まあ、たまに息抜きに、自宅でスコッチをロックで嗜んだりも——あ」
うっかり、口が滑った。
ピタリ、と三人の動きが止まる。
特に、刑事の娘である美鈴の目が少しだけ鋭くなった気がした。
「……えっ? ス、スコッチ?」
「お酒……だよね?」
ヤバい。カレンは脳内でフル回転で言い訳を探し、すぐさま手で口元を隠すように優雅に微笑んだ。
「あ、ああ、イギリスの文化のお話ですわ! イギリスでは酒もタバコも購入は十八歳からですけれど、パブみたいな公共の場じゃなければ、未成年でも普通にお酒を飲めるんですのよ。だから私も、自宅で『お父様と一緒に』、食事の際にワインなどを少しだけ嗜ませていただいておりましたの」
「そ、そうなの!? イギリスって未成年でも家ならお酒飲んでいいんだ!」
「文化の違いってすごいね……なんか大人だなぁ」
「俺なんて、炭酸ジュースで酔える気がするよ……」
周りの三人はすっかり感心して、各々驚きの声を上げている。
カレンは心の中で(ふぅ、危ないところでしたわ……)と冷や汗を拭いながら、残りのラーメンを胃に流し込むのだった。
極東の島国での、偽りの令嬢生活。
前途多難な学園生活の幕開けに、カレンは密かにため息をついた。
既に作品出来上がっているので、なるべく毎日投稿を心がけます。




