part 2
倉庫街の事件から数日後の朝。
東京の高級マンションの一室で、カレン・エンフィールドは上機嫌に朝の身支度を整えていた。
スマートフォンからお気に入りのロックナンバー『Free Bird』を流しながら、リズムに乗って着替えを進める。使い込まれたライダースジャケットをクローゼットの奥にしまい、代わりに北多摩高校の清楚な指定制服に袖を通した。
夜のワイルドな太いアイラインを落とし、ナチュラルで品のある薄めのメイクを施す。鏡の中には、誰もが振り返るような完璧な「深窓の令嬢」の姿があった。
「うん。今日も美しいですわ」
カレンは自画自賛して微笑み、リビングへと向かった。
今日は、いつも世話を焼いてくれるメイドのシャーロットが不在だ。敬愛する兄・ジャックの妻である美咲の、定期検診の付き添いに行っているからだ。
そのため、カレンは自分で手早くトーストを焼き、熱い紅茶を淹れてダイニングテーブルについた。
テレビをつけて朝のニュース番組を流すと、アナウンサーが深刻そうな顔で原稿を読んでいる。
『昨夜、東京都内の繁華街を中心に、複数の雑居ビルやクラブで爆発や火災が相次いで発生しました。警察は、暴力団など反社会勢力同士の過激な抗争の可能性が高いとみて……』
そのニュースを見ながら、カレンは紅茶を一口啜った。
(あら。これって……)
先日、カレンは兄のジャックに通信を繋ぎ、半グレどもに友人を誘拐された件と、倉庫街での一件を報告していたのだ。
カレンはスマートフォンを取り出し、シャーロットにメッセージを送った。
『ねえシャーロット。今朝のニュースの連続爆破事件……もしかして、お兄様が働きましたの?』
数秒後、シャーロットから簡潔な返信が届いた。
『ええ、その通りでございます。ジャック様が「妹の庭を荒らす害虫は駆除しておいたよ」と仰っておりました』
「なるほど。後でお兄様にお礼を言わなければなりませんわね」
カレンはクスクスと笑いながら、残りのトーストを優雅に胃に流し込んだ。
†
いつも通り、ロイヤルエンフィールドのハンター350に乗って初夏の風を切り、カレンは学校へと通学した。
教室に入ると、すでに秋山美鈴、冬木凪沙、桐生春一の三人が集まって談笑していた。カレンも自然な足取りで彼らの輪に加わる。
「あ、カレンちゃん! おはよう!」
「おはようございます、皆様。今日も良いお天気ですわね」
挨拶を交わす中、美鈴が周りに人がいないことを確認し、声を潜めて切り出してきた。
「ねえ、今朝のニュース見た? 昨日の夜、都内で相次いで爆発事件があったやつ」
「ええ、見ましたわ。物騒な世の中ですわね」
カレンがすまし顔で答えると、刑事の娘である美鈴はジト目を向けた。
「お父さんから聞いたんだけどね、あの爆発で潰された拠点、全部『リコリス』の系列だったらしいのよ。凪沙を誘拐した、あの半グレ組織の。……カレン。アンタ、もしかして何か知ってるんじゃない?」
美鈴たちは、カレンが倉庫街で彼らを壊滅させたことをすでに知っている。だからこそ、この念入りすぎる追撃にも、カレンの影を感じ取ったのだ。
「あ〜……たぶん、ジャックお兄様の仕業ですわ」
カレンがあっさりと肯定すると、三人は息を呑んだ。
「お兄さんって……この前、カレンちゃんが兵隊を借りたっていう?」
「ええ。どんな人なのか、少し教えてくれないか?」
桐生が興味津々といった様子で尋ねる。
「ジャック・エンフィールド。今年で23歳になる、私の誇り高きお兄様ですわ。私と同じプラチナブロンドの髪と碧眼を持った、それはもう美しい美貌の持ち主ですのよ。昔から私のことを溺愛してくれていて、私もお兄様を心から尊敬しておりますの」
カレンはうっとりとした顔で兄の自慢を始めた。
「現在、父ジョンが経営する軍需産業貿易会社で、お兄様は非常に重要なポジションに就いていますの。簡単に言えば、会社で一番の稼ぎ頭ですわね」
「へえ、若くしてエリートなんだね。どんな仕事をしてるの?」
凪沙が無邪気に尋ねると、カレンは事もなげに恐ろしいことを口走った。
「お兄様の得意分野は『謀略』ですわ」
「ぼ、ぼうりゃく……?」
「ええ。たとえば、ある国に兵器を売る際、商売の邪魔になりそうな平和主義の政治家がいれば、裏で手回ししてスキャンダルをでっち上げ、失脚させますの。選挙工作で落選させるなんて日常茶飯事ですわ。場合によっては、不運な交通事故や、急性の心不全に見せかけて『病死』させることもありますわね」
カレンは自慢の兄の武勇伝を語るように、さらに言葉を続ける。
「他にも素晴らしい手腕がありますのよ。ある国に工作員を潜入させて民衆を扇動し、わざと暴動を起こさせて、政府軍と反乱軍の両方に大量の武器を売りつけたり。あるいは、ある地域の民族同士を裏で工作して意図的に仲違いさせ、武力衝突を起こさせて、やはり両者に武器を売ったり。本当に、お兄様の頭脳には惚れ惚れしますわ」
誇らしげに語るカレンとは対照的に。
冬木凪沙、秋山美鈴、桐生春一の三人は、顔面を蒼白にさせて完全に引いていた。
(((いや、ただの世界の敵じゃん……ッ!!)))
人の命を何とも思わず、国を滅ぼして利益を得る正真正銘の悪魔。
美鈴が頭を抱え、小さく震える声で呟いた。
「私……この子と友達になったの、間違ってたのかしら……」
その時、カレンのスマートフォンが着信を知らせた。
「あら、シャーロットからですわ。どうしましたの?」
電話に出たカレンは、数言やり取りをした後、パァッと顔を輝かせて通話を切った。
「皆様! 朗報ですわ! 今日、ジャックお兄様が日本に帰国されるそうですの!」
「えっ!?」
「あ、ついでに『日本でカレンが作ったお友達に、ぜひ会ってみたい』って仰ってましたわ!」
「「「ヒィィィィッ!?」」」
三人は一斉に悲鳴を上げ、ガタガタと震えながら抱き合った。国を滅ぼすレベルの謀略家と対面するなど、ただの高校生には荷が重すぎる。




