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Rose the Exile  作者: enigma
第六章『崩れない形』

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part 3



放課後を告げるチャイムが鳴り終わり、生徒たちが家路や部活動へと向かう中、北多摩高校の校門前にはカレンを中心とした四人の姿があった。


カレンは愛車であるロイヤルエンフィールド・ハンター350に跨り、エンジンをかける前の穏やかな時間の中、美鈴、凪沙、春一と他愛のない会話を交わしていた。屋上での昼食を経て、彼女たちを隔てていた壁は完全に消え去り、そこには普通の高校生らしい和やかな空気が流れていた。


しかし、その平穏は突如として引き裂かれた。


「ウゥゥゥウウウウウーーーッ!!」


けたたましいサイレンの音と共に、数台の白黒パトカーと覆面パトカーが猛スピードで校門前に乗り込んできたのだ。タイヤを軋ませて急停車した車両は、逃げ道を塞ぐようにカレンとハンター350を完全に包囲した。

周囲の生徒たちが何事かとどよめき、遠巻きに様子を窺い始める。


バタンッ、と重々しい音を立てて車のドアが開き、中から険しい顔つきの警察官たちが次々と降りてきた。

その先頭に立っていたのは、見知った顔だった。美鈴の父親であるベテラン刑事・秋山剛造と、後輩刑事の藤原アキ。さらに別のパトカーからは、交通課の制服を着た女性警官二人——田中華と鈴木雫の姿もあった。彼女たちは、夜の街で幾度となくカレンにパトカーを弄ばれ、煮え湯を飲まされてきた因縁の相手だ。黒いライダーがここで確保されると聞き、居ても立っても居られず駆けつけてきたのだろう。


「あんのクソガキ……っ! 毎回毎回うちの管轄で好き勝手暴れ回って、しかもこの前はパトカーのフロントガラスまで粉々に破壊しやがって!!」

親の仇でも見るような目で怒り狂う華を、隣の雫が「落ち着きなさい、華。相手はまだ未成年よ」と冷静に押さえている。

その滑稽な姿を見て、カレンは内心で(ふふっ、相変わらず騒がしいポリスですこと)とクスクス笑いそうになるのを必死に堪えた。


「美鈴。それに冬木に桐生。お前たちは、その少女から離れなさい」

秋山剛造が、父親として、そして刑事としての一切の甘えを捨てた厳しい声で三人に告げた。彼らが幼なじみ同士であり、カレンを友達として庇うかもしれないと理解した上での、有無を言わさぬ警告だった。


「お父さん……これ、いったいどういうこと!?」

「なんでいきなりパトカーで囲んだりするんですか! カレンちゃんが何をしたっていうんですか!」

美鈴と凪沙、そして春一は、剛造の警告を無視してカレンを庇うように彼女の前に立ち塞がった。


三人の抗議に対し、藤原アキが一歩前に出て、内ポケットから一枚の書類を取り出して高く掲げた。


「カレン・エンフィールド。あなたに逮捕状が出ているわ」

アキの鋭い視線がカレンを射抜く。

「先日の倉庫街での戦闘で捕らえた半グレ組織『リコリス』の残党からの複数の証言、公安からの報告、そして逃走ルート周辺の監視カメラ映像。それらすべてが、あなたが例の『黒いライダー』であり、あの惨劇の首謀者であることを示している」


(どうやら、凪沙を救出した時の隠しカメラの映像やら、クズどもの証言から私の素性がバレたみたいですわね)

カレンは表情一つ変えず、冷ややかに状況を分析していた。


アキは続けて、容赦のない事実を突きつける。

「銃刀法違反、殺人、日常的な危険運転、ナンバープレートの偽造、スタンガンの不法所持、器物損壊……。叩けば埃はいくらでも出てくるわよ。カレン・エンフィールド、あなたはイギリスの巨大な武器商人の家の人間だそうね。だけど、この日本ではあなたの国ほど金や権力になびく国じゃないわ。法の下に、きっちりと裁きを受けてもらう」


「……正確には、軍需産業貿易会社ですわ」

カレンは涼しい顔で、さらりと訂正した。


「屁理屈はいいわ」

アキは忌々しそうに眉をひそめた。

「特にあなたの乗っているそのバイク、違法の塊のはずよ。まずはその車体を隅々まで調べさせてもらうわ」


アキが部下の警官たちに顎で合図を送った瞬間、三人の友人たちが必死の形相で声を上げた。


「待ってください! アキさん、カレンちゃんは私を助けてくれたんです! カレンちゃんがいなかったら、私、今頃どうなっていたか……っ!」

凪沙が涙声で必死にカレンの無実――あるいは情状酌量を訴える。

「お願いだよ父さん、アキさん! 今回だけは見逃してよ! 私たち、せっかくカレンと本当の意味で仲直りできたばっかりなんだよ! なのに、こんなのってないよ……っ!」

美鈴も父親に向かって、懇願するように叫んだ。

「カレンさんは、俺たちの大切な友達なんです! 逮捕なんて、絶対にやめてください!」

春一も両手を広げ、カレンの前に立ちはだかる。


しかし、その切実な叫びに対しても、秋山剛造と藤原アキの表情は決して揺らがなかった。


「美鈴、冬木、桐生。気持ちはわかる。凪沙ちゃんを助けてくれたことには感謝している」

剛造は低く、重い声で諭すように言った。

「だがな、ここは法治国家だ。相手が悪党だろうがなんだろうが、一個人が兵器を持ち込んで私刑を下すことなど、絶対に許されることじゃない。警察として、彼女の行いを見逃すわけにはいかないんだ」


「そんな……」

春一が絶望に顔を歪め、三人はその場に崩れ落ちそうになった。


(……馬鹿な人たち。まさかここまで、本気で私の身を案じてくれるなんて思いませんでしたわ)

必死に自分を庇い、涙を流す彼らの背中を見つめながら、カレンの胸の奥に温かい何かが広がっていくのを感じた。


「さあ、お友達にも迷惑をかけたくないでしょう。大人しくしてもらうわよ」

アキと数人の警察官が、カレンの腕を掴もうと距離を詰めてきた。


「――触らないで」


氷のように冷たい、絶対零度の声。

カレンは手を伸ばしてきた警官の腕を、パシッと冷酷に払い除けた。


「帰りなさい。私と私のバイク、私の自宅の所有物に手を触れることは、この私が絶対に許さないわ」

圧倒的な威圧感と共に放たれたその言葉に、警官たちが一瞬たじろぐ。


「往生際が悪いわね。立派な令状があるのよ! これ以上抵抗するなら公務執行妨害で……」

アキが声を荒らげた、その時だった。


「令状? 日本の法律? ……くだらないですわね」

カレンは制服の胸元から、黒い革張りの小さな手帳を取り出し、アキの目の前に突きつけた。

表紙には、金色の文字で重々しい紋章が刻印されている。


「……なっ、それは……!」

手帳を見た瞬間、秋山剛造と藤原アキの顔色が一気に青ざめ、その場にいた警察官全員が凍りついたように動きを止めた。


外交官身分証明証ディプロマティック・パスポート。および、その身分証明書よ」

カレンは優雅に微笑みながら、流暢な日本語で高らかに宣言した。

「ウィーン外交関係条約第29条。外交官の身体は不可侵であり、いかなる形態の逮捕または拘禁も免除される。同第30条、外交官の住居および財産は、同様の不可侵権を享有する。……私をこの島国へ送る際、お父様が裏で手を回して、私を英国大使館の特命全権公使の『家族』として正式に登録しておいてくれましたの。つまり、日本の警察には、私を逮捕する権限も、私の所有物を捜査する権限も、一切存在しないということですわ」


完全なる治外法権。

カレンの持つ絶対的な「切り札」が、日本の警察の前に高く、分厚い壁として立ちはだかった。


「す、すぐに本庁と外務省に確認を取れ!!」

剛造の怒号が飛び交い、警官たちが慌ただしく無線で連絡を取り合う。

数分後、剛造の元に絶望的な報告がもたらされた。カレンの持つ証明書は本物であり、彼女は正真正銘、英国大使館の庇護下にある人間だったのだ。


「そんな馬鹿な……!!」

アキがギリッと唇から血が出るほど強く噛み締めた。

「あれだけの爆発を起こして! 銃撃戦を繰り広げて人を殺して! それでも、逮捕できないっていうの……!?」

怒りに震えるアキの肩を、剛造が重いため息と共につかんだ。

「……やめろ、藤原。これ以上手を出せば、国際問題になる。俺たち所轄の手に負える相手じゃねえ」


悔しさに顔を歪める警察官たちを前に、カレンはバイクの上で足を組み、ふふっと楽しげに笑った。


「あら。国家という大きな後ろ盾を失った途端、随分とおとなしくなってしまいましたのね? ……それとも、一介の刑事が、大英帝国と戦争でも始めるおつもりかしら?」

クスクスと小悪魔のように笑うカレンの挑発に、アキは射殺さんばかりの視線を向けたが、剛造に促され、忌々しそうにパトカーへと踵を返した。


「全車両、撤収だ……!!」

剛造の苦々しい命令の元、警察官たちは無念の表情を浮かべながらパトカーに乗り込み、来た時と同じように去っていった。


圧倒的な権力による逆転劇。

パトカーのサイレンが遠ざかっていくと、カレンを守ろうとしていた三人は、ポカンと口を開けたまま立ち尽くしていた。


「す、すごーい……!」

最初に沈黙を破ったのは凪沙だった。彼女は目をキラキラさせてカレンの手を握った。

「カレンちゃん、本当にお嬢様……っていうか、なんかもう映画のVIPみたいだったよ!」

「外交特権で強制突破とか……アンタ、随分と強引な切り札を持っていたわね。私たちが必死に庇ったのが馬鹿みたいじゃない」

美鈴が呆れたようにため息をつくが、その顔には安堵の色が浮かんでいる。

「でも……カレンさんが捕まらなくて、本当に良かったよ」

春一が心底ホッとしたように柔らかく微笑んだ。


そんな彼らの反応を見て、カレンはふわりと心の底からの笑みをこぼした。

自分の正体を知っても、これほどの事件を起こしたと知っても、それでも真っ直ぐに向けられる温かい言葉。

(……この極東への島流しも、案外悪くないかもしれませんわね)

カレンは初夏の風を感じながら、心の中でそっと呟いた。


――カレンは、警察たちが立ち去った時のことを思い出していた。

大半の警官がパトカーに乗って撤収していく中、藤原アキだけは、自分の愛車であるジムニーに乗り込む直前に足を止め、カレンの方を振り返ったのだ。


その瞳には、刑事としての強い怒りと正義感が燃えていた。

『あなたの行為は、絶対に許せないわ。警察を嘲笑って、この国で危険な行為を繰り返す。法治国家の警察として、いつか必ずその罪を償わせてみせる』


アキはそう鋭く言い放った後、ふっと表情を和らげ、どこか不器用な声で付け加えた。

『……でも。冬木凪沙を助けてくれたことだけは、一人の人間として感謝するわ』


それだけを言い残し、アキはジムニーに乗って去っていった。


カレンは、誰もいなくなった校門前の景色を見つめながら、小さく息を吐いた。

「……素直じゃありませんこと」


強がりで、不器用で、正義感の強い極東の刑事。

そして、自分を信じてくれる三人の大切な友人たち。

黒薔薇の令嬢が日本で紡ぐ騒がしくも温かい日常は、まだ始まったばかりだった。





既に作品出来上がっているので、なるべく毎日投稿を心がけます。

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