part 3
日付が変わる頃。
閑静な住宅街にある冬木家の前に、野太い排気音と共に一台のバイクが滑り込んできた。
「さあ、着きましたわよ」
カレンがバイクを停めると、凪沙はヘルメットを脱ぎ、フラフラとした足取りで降りた。
バイクの音に気づいたのか、冬木家の玄関が勢いよく開いた。
「凪沙っ!!」
悲鳴のような声を上げて飛び出してきたのは、母のしのぶだった。その後ろから、目を真っ赤に腫らした美鈴と春一が転がるように駆け寄ってくる。
「お母さん……っ!」
凪沙が泣き崩れながら母の胸に飛び込む。しのぶは娘の身体を力強く抱きしめ、声を上げて泣きじゃくった。
「よかった……! 本当によかった……っ! 凪沙……っ!」
周囲を警戒していた制服警官たちも、誘拐されたはずの少女が自力(?)で帰還したことに驚愕し、無線で慌ただしく報告を始めている。
その騒ぎを聞きつけ、冬木家の中に残っていた数人の刑事が飛び出してきた。その先頭にいたのは、藤原アキだった。
先ほど、秋山剛造を含む主力部隊は、湾岸エリアでの爆発と銃撃戦の一報を受けて、今回の誘拐事件との関連を疑い急行していたのだ。そのため、現在この場に残っている警察の数は少ない。
アキの鋭い視線が、凪沙を送り届けた黒いライダーを捉える。
ライダースジャケットに、腕のタトゥー、そして風になびくプラチナブロンドの髪。昼間の完璧な令嬢とはまるで違う、危険な匂いを撒き散らすアウトローの姿。
(あのライダーは……間違いない、カレン・エンフィールド!)
アキが息を呑む中、美鈴と春一はカレンのバイクの側で、凪沙の手を握りしめていた。
「凪沙……っ、怪我はない!? 怖い思いしなかった!?」
「うん、ごめんね美鈴ちゃん、春一くん。心配かけて……」
凪沙は涙を拭い、そして、バイクに跨ったまま静かに微笑んでいるカレンを振り返った。
「カレンちゃんがね、助けてくれたの。すごく強くて、カッコよかったんだよ……」
その言葉を聞いて、美鈴はハッとしてカレンを見上げた。
春一は、カレンが単身で、あの恐ろしい半グレの巣窟に乗り込んでくれたのだと理解し、ポロポロと涙をこぼした。
「カレンさん……っ、本当に……本当に……!」
感謝の言葉すらまともに紡げない春一に、カレンは「泣き顔は不細工ですわよ」と小さく笑いかけた。
「おい、待ちなさい!!」
アキが鋭い声で制止し、カレンの方へと歩み寄ろうとした。彼女には、あの湾岸の銃撃戦とカレンがどう繋がっているのか、問い詰める義務がある。
「皆様、ごきげんよう」
しかし、カレンはアキの制止を完全に無視し、ヘルメットを被り直してエンジンを吹かした。
バオォォォォンッ!!
制止の声を振り切り、カレンは夜の闇へとあっという間に姿を消していった。
†
冬木家から少し離れた交差点。
赤信号で停車したカレンは、ふとライダースのポケットで振動したスマートフォンを取り出した。
画面には、桐生春一からの短いメッセージが届いていた。
『俺の大切な友達を助けてくれて、本当にありがとう。カレンさんは、俺たちの恩人です』
その不器用で真っ直ぐな言葉に、カレンの唇が自然と綻ぶ。
(……まったく。調子の良い東洋の猿どもですわ)
信号が青に変わる。
カレンはスマホをしまい、再びスロットルを強く握りしめた。
凪沙は無事に救出できた。だが、まだ終わってはいない。
あの倉庫から尻尾を巻いて逃げ出した、リコリスの幹部——古川。凪沙を傷つけようとし、友人を泣かせたあの下劣なゴミを、このまま生かしておく理由など一つもない。
「ま、私はまだ、後始末(ゴミ拾い)が残っていますわね」
夜風に冷酷な呟きを残し、黒薔薇の令嬢は、逃げた獲物の臭いを追って再び東京の裏社会へとアクセルを踏み込んだ。
一方、カレンが去った後の冬木家。
温かいリビングのソファで、毛布に包まれた凪沙は、泣き腫らした目で母や友人たちに囲まれていた。
「……カレンちゃん、すごく怖かったはずなのに、私を助けるために来てくれたの。見た目はちょっと不良みたいでビックリしたけど……でも、カレンちゃんはカレンちゃんだよ」
凪沙の言葉に、美鈴は力強く頷き、春一は静かに目を伏せた。
彼女がどれほどの血と硝煙の中を潜り抜けてきたのか、彼らには想像することしかできない。それでも、彼女が自分たちのために命を懸けてくれたという事実だけが、三人の胸に深く、温かく刻み込まれていた。




