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Rose the Exile  作者: enigma
第三章『発覚』

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13/34

part 1

第三章『発覚』


放課後から数時間が過ぎ、すっかり陽が落ちた東京の夜。

いつの間にか、空からは冷たい雨がシトシトと降り始めていた。

濡れたアスファルトが街灯やネオンの光を乱反射する中、カレン・エンフィールドは愛車のハンター350に跨り、夜の街をあてもなく流していた。

昼間の窮屈な制服と「お嬢様」の仮面を脱ぎ捨て、黒のライダースジャケットに身を包んだ、本来の彼女の姿である。


(雨……鬱陶しいですわね。今日はこの辺りで引き上げましょうか)

ヘルメットのシールドに付着する水滴を疎ましく思いながら、帰路につこうとスロットルを緩めた、その時だった。


細い路地の奥から、複数の荒々しい足音と怒号が聞こえてきた。

カレンはバイクを路肩に寄せ、アイドリング音を抑えて視線を向ける。

薄暗い街灯の下を、必死の形相で逃げ惑う一人の少年の姿があった。


(あれは……桐生春一?)

間違いない。昼間、自分に薔薇のハンカチを照れくさそうに渡してきた、あの少し頼りないクラスメイトだ。

そして、その後ろから獲物をいたぶるように追いかけてくる数人の男たち。手にはチェーンやバットなどが握られているのが見える。柄の悪い服装と、異様なまでの統率感。


(あの風体……間違いなく、噂に聞く半グレ集団『リコリス』の連中ですわね)

カレンは冷ややかに状況を分析した。

彼らを助ける義理などない。自分はあくまで、この国で大人しく猫を被って過ごさなければならない身なのだ。

それに、いくら自分が派手な夜のメイクと服装をしていても、あれだけ近くで接している桐生なら、自分の声や体格、そして何よりこの特徴的なハンター350を見れば、すぐにカレン・エンフィールドだと気づくだろう。

そうなれば、学校で築き上げてきた完璧な令嬢としての生活が崩壊する。面倒なことになるのは火を見るより明らかだった。


(あーもう、どうすればいいんですの!?)

カレンはヘルメットの中でギリッと奥歯を噛み締めた。

今の生活を、自分の平穏を守りたいのなら、ここで見捨てるのが絶対的な正解だ。桐生がどうなろうと、知ったことではない。


だが。

脳裏に、先日の光景が鮮明にフラッシュバックした。

『俺たちはカレンと出会って、友達になれて本当に良かったって思っているんだ』

顔を真っ赤にして、純粋な好意とともに渡された可愛らしい薔薇のハンカチ。

原宿の街角で、馬鹿みたいに笑い合いながら一緒に撮った記念写真。

イギリス時代、周囲の大人たちから向けられていた打算や見栄とは全く違う、ただの高校生としての無防備で真っ直ぐな善意。


「……チッ」

カレンは、大きく舌打ちをした。

「本当に、仕方ないですわね……!」


Uターンを決め、ハンター350のエンジンを猛烈に吹かす。

冷たい雨を切り裂き、黒いライダーは一直線に路地裏へと突っ込んでいった。


 †


行き止まりの路地裏。

雨が本降りになりつつある中、桐生春一は濡れたコンクリートの壁に背中を押し付けられ、完全に逃げ場を失っていた。

荒い息を吐く春一を取り囲むように、リコリスのチンピラたちがジリジリと距離を詰めてくる。それぞれの手には、鈍い光を放つ凶器が握られていた。


「ぜぇ……はぁ……っ」

「よくも俺たちのシノギの邪魔をしてくれたな、ガキが」

リーダー格の男が、チェーンを鳴らしながら見下ろしてくる。

春一は恐怖で膝が震えていたが、それでも必死に男を睨み返した。

夕方、怪しい男たちが同級生に不審なものを売りつけようとしている現場に遭遇し、思わず割って入ってしまったのだ。同級生を逃がすことには成功したが、結果として自分がターゲットになってしまった。


「その馬鹿な正義感の代償、たっぷりと体で払ってもらうぜ」

男がチェーンを振り上げた、その瞬間。


ウゥゥゥウウウウゥゥンッ!!!


突如、路地の入り口から鼓膜を劈くような野太い排気音が轟いた。

「あぁ!?」

チンピラたちが驚いて振り返ったのと同時だった。

雨のカーテンを突き破り、黒い巨大な鉄の塊――ロイヤルエンフィールド・ハンター350が、猛スピードで突進してきたのだ。


「うおぉっ!?」

急ブレーキとともに後輪を激しくスライドさせ、カレンはバイクの車体でチンピラたちを容赦なく弾き飛ばした。水しぶきと悲鳴が路地裏に弾ける。

カレンはそのまま見事な車体コントロールでバイクを立て直し、呆然として尻餅をついている春一の目の前にピタリと停めた。


「乗れ!!」

嵐のようなエンジン音に負けない、凛とした鋭い声。

「えっ……!?」

春一は目を丸くした。黒いフルフェイスヘルメットに黒のライダース。噂に聞く黒いライダー。しかし、その声は。

「カ、カレンさん……!?」

「いいから早く乗りなさい! 死にたいの!?」


その聞き慣れた、しかし普段とは全く違う気迫に満ちた声と、見覚えのあるクラシカルなバイク。

春一は混乱の極みに達しながらも、カレンの背中側に必死に飛び乗った。


「逃がすかよ、クソアマ!!」

仲間を吹き飛ばされて激昂したリーダー格の男が、チェーンを振り回しながら背後から襲いかかってくる。他の男たちも一斉にナイフやバットを構えて殺到してきた。


「しっかり掴まって!!」

カレンが叫ぶと同時、春一は慌てて彼女の細い腰に両腕を回した。

カレンはスロットルを全開にし、前輪を軸にして後輪を猛烈に横滑りさせるアクセルターンを敢行した。

ズザザザーッ!!

巨大なコンパスのように回転する車体の後部が、迫り来るチンピラたちを巨大な鈍器となって薙ぎ払う。男たちが次々と雨だまりに吹き飛ばされていく。


しかし、リーダー格の男だけは執念深くそれを躱し、春一を引きずり下ろそうとナイフを構えて肉薄してきた。

「舐めんじゃねえええっ!!」

男の凶刃が迫る。


だが、カレンは一切の焦りを見せなかった。

彼女は左手でハンドルを巧みに操りながら、右手でライダースジャケットの内側へと素早く手を伸ばした。

そこには、ガングリップ式のスタンガンを収めている愛用のショルダーホルスターがある。そして、そのホルスターには、もう一つの特注のポケットが備え付けられていた。

カレンの指先が、そこに潜ませていた冷たい鋼――スローイングナイフの柄を的確に捉える。


流れるような、そして洗練された殺意の動作。

手首のスナップだけを利かせ、至近距離からナイフを投擲した。


「――ッ!?」

閃光のような刃が雨粒を切り裂き、男の左耳の耳たぶを完全に貫き、肉を千切り飛ばして後方の壁に突き刺さった。


「ぎぃあぁぁああああああっ!?」

耳から鮮血を噴き出し、男が激痛に絶叫して顔を覆いながらその場にうずくまる。

周囲のチンピラたちが、その凄惨な光景と女の冷酷な技術に一瞬で戦意を喪失し、完全に動きを止めた。


「捕まりなさい!!」

その一瞬の隙を見逃すカレンではない。

彼女はスロットルを捻り、後輪から猛烈な水しぶきを上げながら、混乱するチンピラたちの間をすり抜けて路地裏を突破した。

男たちの怒号と悲鳴を背後に置き去りにし、黒いバイクは夜の雨の彼方へと一瞬にして消え去っていく。


冷たい雨が打ち付ける中、桐生春一はカレンの背中にしがみつきながら、ただただ圧倒されていた。

自分を助けてくれた、このワイルドで恐ろしいほどに強いライダー。

それが、いつも優雅に紅茶を飲んでいる、あの美しいイギリスの令嬢だという事実。


「カレン、さん……」

雨音とエンジン音の中で紡がれた春一の震える声は、誰に届くこともなく夜の闇へと吸い込まれていった。

平穏だった日常の仮面が、ついに剥がれ落ちた瞬間だった。



既に作品出来上がっているので、なるべく毎日投稿を心がけます。

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