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強面菓子職人と恋するエクレア  作者: 五織心十


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 思い返してみれば、ハプニングが起きる時はいつだって魔道具を扱っている時だった。鍋を熱したら火を噴き、お湯を出そうとすれば熱湯が出る。それに慌てふめいて、また負の連鎖が続く。


 魔道具を使いこなせない人間なんて、聞いたことがなかった。完全に作動しないのであれば、魔力欠乏症などの病気を疑うが、暴走するという点では、また違った見方が出来る。


 この国で使われている魔道具は、そのほとんどが国内生産品だ。つまり、この国の人々に適した作りとなっている。


 全人類に魔力が存在すると言われている世の中で、魔道具は当然他国でも普及されていた。実物を目にしたことはないが、国内品とは規格が違うらしい。

 外国では稀に、魔力量が一般より多い人間が誕生すると耳にしたことがある。だから、どんな人でも扱えるような作りになっていると、昔、父親に聞いたことがあった。


 クレアには異国の血が少なからず流れている。だから遺伝で人よりも多くの魔力を有していると仮定した場合、物事の辻褄が合致する。


 この国の魔道具はそういった例を想定して作られていないため、規定値を超えた魔力の出力に耐えきれず、不具合が生じ、あのようなイレギュラーが発生したというわけだ。

 端的に言えば、クレアはこの国の魔道具と相性が悪いということ。それがロルフの導き出した答えだった。


「まぁ、単純に道具音痴の可能性もあるわけだが……」

「つまり、私は一生料理ができない……?」


 クレアが涙目で絶望している姿を見て、ロルフはギョッとした。

 まるでこの世の終わりだという雰囲気を醸し出している。

 

「そ、そんなことはない!」


 慌てて否定したロルフの声は、思ったよりも張ってしまった。そのせいで、慰めのつもりが勢い余って叱責のようにも聞こえてしまう。


「料理は魔道具だけがすべてじゃない。火なら薪や炭でも起こせるし、やり方はいくらでもある!」

「……え」

「原因が分かったんだ、対処できる。だからもう二度と……君を危ない目には遭わせない」


 彼女を安心させたくて、ロルフは必死に言葉を紡いだ。

 その真っ直ぐな言葉に、クレアは目を丸くした後、盛大に顏を赤くした。


「だ、大丈夫か? 顏が赤いぞ? 熱でもあるんじゃ……」

「だ、大丈夫です!! これは……武者震いです!!」

「? そ、そうか」


 さっきまで落ち込んでいた様子からは一転して、一瞬で元気を取り戻したクレアに、ロルフは安堵の息を漏らす。

 百面相のようにころころ変わる表情を見て、小さな笑みをこぼしながら、ロルフは改めて口にした。


「次は絶対に、上手くいく」


 ほんの少しでも、彼女の勇気になるように。




 ◇ ◇ ◇




 それからすぐに、ロルフは奥の棚から古びた道具をいくつか取り出した。

 鉄製のボウル、手動の泡立て器、薪をくべる小さな竈。

 どれも今では滅多に使われないものばかりだ。


「これって……」

「魔道具がない時代に使われてた料理器具だ」


 無骨な指先で竈を叩きながら、ロルフはぼそりと呟く。


「俺の師匠……親父が、口癖のように『初心忘るべからずだ!』とかなんとか言って、昔はよくこれで菓子作りをやらされてたんだ。今は道具のメンテナンスがてらに触る程度だけどな」


 ロルフは慣れた手付きで薪に火を点ける。ぱちぱちと木が爆ぜる音とともに、柔らかい炎が灯る。

 その光景に、クレアの瞳はきらきらと輝いた。


「素敵なお父様ですね」

「……菓子作りの腕だけは確かだったよ」


 ロルフはどんな顏をしたらいいか分からず、結局早々に次の準備に取り掛かることにした。


 材料の計量を終え、鍋に材料を投入する。火加減を調整してやりながら、沸騰するのを待った。


「よし、一度火から下ろすぞ」

 

 今度は小麦粉を入れ、一塊にする。そしてまた火にかける。


「手早く混ぜるんだ」

「はい!」

 

 火の調整をロルフがやるならば、魔道具を使ってもよかったのだが、万が一のことも考え、こっちを選んだ。

 結果クレアは緊張しながらも興味津々といった様子で楽しんでいるようだから、ロルフは心のどこかで安堵した。


「よし、火の出番はここで終わりだ」

「よかった……」

「安心するのはまだ早いぞ? 次は溶き卵を……」

 

 クレアはロルフの指示に従順で、さっきまでの失敗を引き起こした人物だとは思えないほどの集中力を見せる。

 本来これがクレアの本質なのだろう。真面目で、素直で、丁寧で。教えがいのある生徒だった。

 だからついロルフも熱が入ってしまい、クレアとの距離感を見誤ってしまった。


「生地を絞る時の持ち方はこう……」

「!!」


 クレアの背後に立ったロルフは、そのまま彼女の両手を覆うように手を出した。

 ロルフより一回り小さい手を握った瞬間、クレアの体が石のように固まったことで、ロルフはようやく気が付いた。

 自分がクレアをまるで後ろから抱き締めるように密着していたことを。


「す、すまない……! 他意はなくてだな……!?」


 ロルフは勢いよく距離をとったが、クレアは俯いたまま、微動だにしなかった。

 恐る恐る視線をやると、その肩は密かに震えている。


 ロルフは一気に冷や汗をかく。

 これが怒りの序章ならばどれほど良いことか。

 ロルフの経験上、十中八九怖がらせ、泣かせたに違いない。


 心のどこかでは、クレアは違うのかもしれない……と気を緩めた結果がこれだ。

 ロルフは完全に間違えてしまった。


「ロルフ、さん」


 クレアが振り返った。


「私、絶対に……エクレア、完成させますから」

「ん……? あ、あぁ」


 真っ赤な顔で、でも真剣な、気迫せまる宣言。

 拍子抜けするロルフ。


 クレアはやっぱり、他とはどこか違うのかもしれない。

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