暗転の舞踏会
王宮の広間は、華やかな装飾とは裏腹に、どろりとした悪意に満ちていた。
貴族たちの視線は、一点に集中している。そこにいるのは、第2王子クロード。かつてはエレーナを誰よりも慈しんでいたはずの彼が、今はまるで操り人形のように、侯爵令嬢フェミリアの後に付き従っている。
「……本当に『ゴミ』と言ったらしいわよ、昨日の放課後に」
「あんなに尽くしていたエレーナ様を、あんな風に扱うなんて。殿下もようやく目が覚めたのかしら?」
心ない囁きが広がる中、会場の壁際で扇をへし折らんばかりに握りしめている令嬢がいた。
辺境伯令嬢、ゼルダ。エレーナが学園に編入した初日、真っ先に声をかけて以来の、彼女の唯一無二の親友である。
「……ぁああ、エレーナ……! あの馬鹿王子、どの面下げてそこに立ってるのよ! 今すぐあの鼻の下伸ばしたツラ、思いっきり殴り飛ばしてやりたいわ!!」
「ゼルダ! 滅多なことを言うな! 陛下のお耳に入ったらどうする!」
「お黙りなさいゼルダ! 辺境伯家の取り潰しが見たいの!?」
隣でエスコートする兄が慌てて彼女の口を塞ごうとし、父と母が冷や汗を流しながら小声で叱り飛ばすが、ゼルダの怒りは収まらない。
「何よ! 皆してエレーナの何を知ってるってのよ! あんなゴミ女に絆されて、あんなの殿下じゃないわ、ただの粗大ゴミよ!!」
その時、先触れの声が響いた。
「——ロズレイド公爵家、アルベルト・ド・ロズレイド閣下! 第4王子テオドール・ド・ベラトリクス殿下! 並びに、エレーナ・ヴァルクレイ嬢、入場の儀!」
ゼルダがパッと顔を上げる。
「テオドール! あんたがエスコートなのね! ちゃんとエレーナを支えなさいよ、ボヤボヤしてんじゃないわよ……!」
……だが。
扉は開かない。
不自然な沈黙が会場を支配し、周囲の貴族たちが「やはりエレーナは怖気付いて逃げたのか」「それとも追い出されたか」と嘲笑を深めていく。そのたびに、ゼルダの瞳には殺気が宿っていった。
「……あんたたち、一回全員黙りなさいよ。……エレーナが来ないわけないでしょ……!」
そして、再び。
今度は先ほどよりも地響きのような声で、名前が読み上げられた。
「――ロズレイド公爵家当主、ヴィンセント閣下! アルベルト様! ジュリアン様! 並びに、マチルダ様! アルフォンス様! そして――第1王子カイル殿下、エレーナ・ロズレイド嬢、入場!!」
「カイル殿下!? それに、マチルダ様とアルフォンス様がなぜエレーナの付き添いに……!?」
会場が震撼した瞬間、巨大な扉が内側から弾け飛ぶように開け放たれた。
眩い光の中から現れたのは、漆黒の礼装を纏ったカイル。
彼は圧倒的な独占欲でエレーナの腰を抱き寄せ、その背後には護衛のカミラ、さらに静かに冷徹な覇気を放つ次男ジュリアンが控えている。そして両脇を固めるのは、エレーナを完璧に仕上げた教育者、マチルダ様とアルフォンス様。
「……わ、わおーーーーーっ!!! 見た!? 見たわよね今!?!?」
ゼルダの目が、宝石のように輝きを放った。
「外交なんてポイ捨てして戻ってきたカイル様に、次男のジュリアン様、さらにはあの伝説の両巨頭、マチルダ様とアルフォンス様まで! ほら見なさいよあんたたち! これが本物の『女王』の帰還よ!! 震えて眠りなさい!!」
「ゼルダ! 声が大きい!!」
兄が必死に抑えるが、ゼルダはもう止まらない。扇をぶんぶんと振り回しながら大歓喜している。
一方、カイルに抱き寄せられたエレーナの視線が、会場の中央で凍りついているクロードを捉える。
(クロード、様……っ)
その未練に満ちた瞳が自分に向けられた瞬間。
フェミリアの横で虚ろな顔をしていたクロードの瞳が、激しく、痛切に揺れ動いた。
カイルは、見せつけるようにエレーナをさらに強く抱き寄せると、震える弟へ向けて、死を宣告するような冷徹な笑みを浮かべた




