獅子の乱入!美しい毒の凱旋
王宮の控え室。そこは、帝国の頂点に立つ者たちが集う「審判の場」だった。
「報告いたします。第2王子クロード様、フェミリア様を伴い、すでに会場内へ入場されました。……招待客の前で、仲睦まじく談笑されております」
その報告を聞いた瞬間、皇太后リサーナは手にした扇をバキリと音を立てて握りしめた。
「……あの愚か者が。この私、皇太后リサーナが手塩にかけて育てたエレーナを、あんなに泣かせた挙句……! 公衆の面前で泥を塗るような真似をしおって!!」
「母上!、落ち着いてください。……ヴィンセント、もうすぐだ!娘を守れ」
皇帝陛下と王妃エミリアの冷徹な声が響く。
「エレーナ、参りましょうか」
義兄アルベルトが左手を差し出し、第4王子テオドールが右手を差し出す。エレーナは、自分を慈しんでくれる二人の騎士に守られ、震える足で扉の前へと立った。
(クロード様……今日という特別な日どうして横にいてくれないの……?)
エレーナがテオドールとアルベルトを伴い、震える心で名前を呼ばれるのをまっていたちょうどその時。控え室の「裏口」では、帝国史上類を見ないほどの騒動が起きていた。
「――どけと言っている! エレーナを一人で入場させる訳にはいかん。」
怒号と共に現れたのは、第1王子カイル。
だが、その姿は「帝国の至宝」と称えられる高貴なそれとは程遠かった。彼はつい先ほどまで馬を飛ばしていた。帝国の騎士服で入り込んできた上頬には薄汚れた埃がこびりついている。
「いけません、殿下! そのようなお姿でエレーナ様の前に出られるなど、エレーナ様だけではなく皇族の名に関わります!」
「離せ! 泥など、俺の覇気で乾燥させて振り落とせば済むことだ!」
メイドたちや使用人達が数人がかりでカイルの腕にしがみつき、必死で彼を更衣室へ引きずり戻そうとする。
「絶対に駄目ですわ!」「絶対にお着替えを! お顔を拭かせてくださいまし!」
まさに獅子を素手で抑え込むような死闘。カイルは苛立ちを露わにしながらも、エレーナの入場の刻限が迫っていることに狂いそうなほどの焦燥を感じていた。
豪華絢爛な大広間に、先触れの声が朗々と響き渡った。
「——ロズレイド公爵家嫡男、アルベルト・ド・ロズレイド。並びに、帝国第4王子、テオドール・ド・ベラトリクス。……そして、エレーナ・ロズレイド嬢、入場の儀!」
本来なら、この直後に重厚な扉が開き、深紅のドレスを纏った女王が現れるはずだった。
だが、扉はびくともしない。会場に奇妙な静寂が広がり、やがてそれは困惑と嘲笑を含んだざわめきへと変わっていく。
「……どうしたのかしら? 怖気づいて逃げ出したのかしらね」
「第2王子に『ゴミ』と呼ばれた女だ。人前に出る顔などあるはずがなかろう」
ヴァルクレイ侯爵夫人のイザベラが扇の影でほくそ笑み、フェミリアはクロードの腕にさらに深く絡みつく。術にかけられたクロードは、虚ろな瞳でただ扉を凝視していた。
一方、扉のすぐ向こう側——控え室の空気は、物理的な質量を持って歪んでいた。
「おい!まだ開けるな。……テオドール。代われ」
背後から放たれた怒号が、控え室の静寂を暴力的に引き裂いた。
そこには数人がかりのメイドによって最短時間で「帝国の獅子」へと磨き上げられた第1王子、カイルが立っていた。
「兄上……! 間に合いましたね」
エレーナの右腕をエスコートしようとしていた第4王子テオドールが、カイルの姿を認めた瞬間に相好を崩した。即座に一歩下がって、自分の立ち位置を兄へと差し出した。
「ああ。……ここからは、俺の役目だ」
「カイル様……!? なぜここに……」
エレーナが驚愕に目を見開く。その瞬間、廊下では蜂の巣をつついたような騒ぎになった。書記官や文官たちが「殿下!? なぜ!?」「入場の順番が!」「修正だ、すぐに書き直せ!」と悲鳴を上げながら右往左往し、バタバタと走り回る。
その喧騒に、控え室で出番を待っていた皇帝陛下、王妃エミリア、そして皇太后リサーナまでもが姿を現した。
「お祖母様。……もうすぐ控え室に、私の部下から『プレゼント』が届くはずです。……あとは、よろしくお願いしますよ」
「……プレゼント? ふふ、いいでしょう。カイル、お前は自分の獲物を狩りに行きなさい。エレーナを泣かせた報いを、たっぷりとな」
リサーナが不敵な笑みを浮かべたのを確認すると、カイルはエレーナをエスコートしようとしていたテオドールを強引に突き飛ばし、彼女の細い腰を力強く引き寄せた。
エレーナの視線が、無意識に扉の向こう——クロードがいるはずの方向へ向けられているのを、カイルの鋭い瞳は見逃さない。
「エレーナ。……お前の中に、まだあいつが居座っているのは分かっている。あんなゴミを、今すぐお前の中から引きずり出してやりたいが……」
カイルは彼女の耳元に顔を寄せ、低く、抗いがたい熱量で囁いた。
「……今は、目の前のことだけを考えろ。復讐でも、怒りでもいい。……とりあえず今は、俺の横に立て。」
「カイル、様……っ」
エレーナの心臓が、恐怖か高揚か分からない早鐘を打つ。
カイルは文官を射殺さんばかりの目で見据え、冷徹に言い放った。
「――もう一度だ。名前を読み上げろ」
「ひ、ひぃっ! ……あ、あらためまして! ロズレイド公爵家、ヴィンセント閣下! アルベルト閣下! 第1王子カイル殿下! 並びに、エレーナ・ヴァルクレイ嬢、入場!!」
カイルの命令と共に、扉が爆発せんばかりの勢いで開け放たれる。
会場内。フェミリアを伴い、自分たちが世界の中心だと信じていたクロードは、地鳴りのような足音に振り返った。
「……なっ、兄上……!? なぜ、そこに……っ!?」
眩い光の中。
外交で不在のはずのカイルに強引に抱き寄せられ、誰よりも気高く、そして潤んだ瞳で「自分」を見つめるエレーナの姿。
(……クロード、様……っ)
エレーナの瞳には、裏切られた絶望と、それでもなお消えない狂おしいほどの未練が、カイルの覇気に圧し潰されそうになりながらも火花を散らしている。
それを見たカイルは、見せつけるようにエレーナの腰に深く腕を回し、クロードへ向けて残酷なまでの勝利の笑みを浮かべた。




