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• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』  作者: YOLCA
第5章 帝国の女王-覚醒-

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毒蛇の狂宴 ―― ヴァルクレイの毒牙

帝都の喧騒から切り離された、ヴァルクレイ侯爵邸の私室。そこには、窓の外の美しい月明かりさえも不浄なものとして拒絶するような、どす黒く濃厚な「悪意」が充満していた。

「……ふふ、ふふふ……。見てくださいまし、お母様。なんて、なんて美しいのかしら。まるで、私のためだけに誂えられた最高級の宝石のようですわ」

ソファーに深く腰掛けたフェミリア・ヴァルクレイが、うっとりと隣を見つめる。

そこには、かつて「帝国の至宝」と謳われ、社交界の貴婦人から若き令嬢たちまでが、一目その微笑みを得るために血眼になった稀代の色男、第2王子クロードが座っていた。

本来の彼ならば、その黄金の髪は陽光のように輝き、瞳には知性とエレーナへの献身的な愛が宿っていたはずだ。だが、今の彼の瞳には感情の欠片も、情熱の残り火も存在しない。

ただ、フェミリアの白い首元で妖しく明滅する『魅了の首飾り』の魔力に当てられ、焦点の定まらない虚ろな眼差しを虚空に向けている。

「クロード様。私に愛の誓いを。貴方の唇で、私の指先を汚してくださらない?」

フェミリアが細く、尖った爪の並ぶ指を差し出す。するとクロードは、まるで錆びついた機械が無理やり動くような、ギチギチと音を立てるかのような不自然な動作で、彼女の手に口づけを落とした。その唇は氷のように冷たく、そこに心は宿っていない。

「あはは! 素晴らしいわ! 帝国中の女たちが、夢にまで見た殿下の寵愛が、今は全部私のもの! あのエレーナなんて泥棒猫に向かって、『ゴミ』だと、『吐き気がする』と言い放った時の殿下の冷徹な顔……! 私、あの瞬間の快感が忘れられませんのよ!」

フェミリアは狂ったように笑い転げ、クロードの膝に頭を預けた。

「いい、クロード様? 貴方の世界には、私だけがいればいいの。エレーナなんて不潔な女の名前は、脳髄の奥底から消し去っておしまいなさい。貴方は私の、私だけのものよ」

クロードの口が、感情の死に絶えた無機質な声で呟く。

「……はい……フェミリア……。君だけが……僕の、すべてだ……」

その光景は、愛などという高潔なものではなく、ただの美しき精神の蹂躙であった。


その惨劇を、まるで至高の芸術を鑑賞するかのように満足げに眺めている二人の男女がいた。侯爵夫人イザベラと、ヴァルクレイ侯爵その人である。

「よくやったわ、フェミリア。貴女こそが、この帝国で最も価値のある女であることを証明したのよ」

イザベラは、かつてヴィンセントに拒絶された過去を拭い去るかのように、勝ち誇った笑みを浮かべた。

「明日のデビュタント。社交界が最も憧れたクロード殿下と、第1王子のジュリアス殿下。二人の王子を同時に侍らせて会場に現れる貴女を見て、あの傲慢な貴族どもがどのような顔をするか……。あのアカデミーでの騒ぎは、貴女が正当な『主』として、偽物を排除したという最高の前座になりましたわね」

イザベラは、もはやエレーナが立ち上がる力など残っていないと確信していた。泥を塗られ、婚約者候補筆頭であった愛する者に全生徒の前で否定された少女が、社交界という残酷な戦場に戻ってこられるはずがない。

「エレーナ・ロズレイド……。あの生意気な小娘が、明日どのような惨めな姿で現れるか、あるいは這いつくばって欠席するか。楽しみですわね。そもそもエスコートもいないはず。もし現れたとしても、殿下が衆目の前で『婚約者候補の解消』を宣言なされば、あの一族は二度と表舞台には出られませんわ」

ヴァルクレイ侯爵は、手にした最高級のブランデーを揺らしながら、野心に満ちた太い声で笑った。

「ガッハハハ! 完璧だ! ジュリアスだけでなく、あの色男で鳴らしたクロードまでもが我が掌中にある。皇帝も、ヴィンセントも、もはや手出しはできん。二人の王子を同時に敵に回すということは、帝国の継承権そのものを否定することになるからな。もはや、ヴァルクレイこそが帝国の舵を握るのだ」

侯爵は、自分の娘が使った『首飾り』がどれほど危険な禁忌の呪具であるかなど、微塵も気にかけていなかった。ただ、得られた「最高級の駒」に酔いしれ、己の権力が肥大化していく幻想に浸っていた。


「それにしても、お父様。運というのは私に味方しているようですわ」

フェミリアが、嘲笑を浮かべながら口を開く。

「あの目障りなカイル・フォン・エグゼイド……。あの男が外交で数ヶ月も帝国を離れていることが、今回の計画の最大の勝因ですわね。カイル様さえいなければ、エレーナに知恵を貸す者も、力ずくで我らを抑える者もおりませんもの」

「全くだ。あの小僧がいれば、少しは面倒なことになっていたかもしれんが、外交という名の牢獄から戻る頃には、すべてが終わっている。ロズレイドもエグゼイドも、その時には帝都に居場所などない。カイルが戻ったとしても、すでに塗り替えられた権力図を覆すことなどできんのだ」

侯爵たちの計算は、彼らの中では完璧だった。

「カイルの不在」「クロードの心変わり」「孤立無援のエレーナ」。

この三点が揃った今、自分たちが敗北する未来など、一分も、一秒も想像していなかった。


「お父様、お母様。明日のデビュタント、エレーナには『特等席』を用意してありますの」

フェミリアが、立ち上がり、血のように赤いドレスの裾を翻した。

「彼女がもし這ってでも会場に来るというのなら、皆の前で正式に婚約者候補の解消を突きつけ、私と殿下の『真実の愛』を祝福させて差し上げますわ。……ああ、早く見たい。彼女が絶望に染まって、今度こそ本当に壊れてしまうところを! 私たちが手に入れる栄光の踏み台として、最高に惨めに散っていただくんですもの!」

ヴァルクレイ家の三人は、今まさに自分たちが「帝国の支配者」になったと思い込んでいた。

皇帝の激怒も、ヴィンセントの殺意も、そして北から迫りくる二人の英雄の蹄音も、彼らの耳には届いていない。

彼らはまだ知らない。

外交でいないはずのカイルが、今まさに帝都の門を爆砕せんばかりの勢いで駆け抜けていることを。

そして、ロイス伯爵が、ペン一本でヴァルクレイの資産、名誉、そして命脈のすべてを「抹消」する準備を終えていることを。

さらに、エレーナの側には今、社交界の女王マチルダと、知恵の怪物アルフォンスが、彼女を史上最強の復讐者へと仕立て上げるために控えていることを。

「さあ、寝ましょうか。明日は人生で最高の日になりますわ」

消される灯。

静寂に包まれた侯爵邸の中で、虚ろなクロードだけが、主人を待つ機械のように暗闇を見つめていた。

ヴァルクレイの狂宴は、終わりなき夜へと続いていく。

だが、その夜明けに待っているのは、彼らが夢見た栄光などではなく、すべてを焼き尽くす烈日の裁きであった。

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