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• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』  作者: YOLCA
第5章 帝国の女王-覚醒-

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帝国の歯車と、復讐への産声

中庭に響いたクロードの拒絶、そしてエレーナの失神。その瞬間、皇帝の瞳から「父親」としての色は消え、帝国を統べる「覇王」の冷徹さが宿った。

「カミラ! 貴様は今すぐロズレイド公爵邸へ走れ! 社交界の女王マチルダと、知恵の師アルフォンスを即刻王宮へ連れてこい! 奴らの手で、エレーナを明日の主役に再構築させるのだ!」

「はっ! 直ちに!」

カミラが弾かれたように走り出す。皇帝は、泥にまみれたエレーナをカミラの腕から直接、力強く抱き上げた。一国の頂点が、泥の汚れも厭わずに一人の少女を抱く異例の光景。彼はそのままリサーナの魔方陣へと足を踏み入れた。

「行くぞ、母上。……この国から『ヴァルクレイ』の名を消す準備だ」

閃光と共に王宮へと帰還した皇帝は、エレーナを賓客室の寝台へと下ろす。

「医務官を呼べ! 文官は直ちにヴァルクレイの罪状を洗え。騎士団は学園へ急行しろ。クロードが術にかかった場所、魔力の残滓、髪の毛一本逃さず調査しろ!」

王宮は一瞬にして戦場と化した。文官たちは書類を抱えて走り、騎士団の鎧が鳴り響く。


そこへ、学園長への報告を終えたテオドールとゼルダが、扉を突き破らんばかりの勢いで駆け込んできた。

「エレーナ……! エレーナ!!」

ゼルダは寝台に駆け寄り、エレーナの冷え切った手を両手で固く握りしめた。

「なんてこと……! あんな、あんな酷いことってないわ! エレーナ、お願い、目を開けて!」

ゼルダの悲痛な叫びが響く中、エレーナが微かに瞳を開く。

「……ゼルダ……様……?」

「そうよ、私よ! 大丈夫、陛下もリサーナ様もみんな味方だわ!」

第七章:ロズレイド公爵邸の激震

一方、その頃。ロズレイド公爵邸にはカミラが猛烈な勢いで飛び込んでいた。

「大変だ! 皇帝陛下からの緊急要請! マチルダ様とアルフォンス様を直ちに王宮へ!!」

「何事ですか! お一人で!? エレーナ様はどうされたのです!」

玄関ホールで執事長クラウスが驚愕して問い詰める。そこへ、たまたま居合わせた次男のフェイが血相を変えて駆け寄った。

「エレーナに何かあったのか!? ……おい、マチルダ、アルフォンス! 早くしろ、王宮へ行くぞ!」

エレーナの危機を察したフェミリアは、魔道具による国家犯罪の疑いもあるとして、半ば二人を抱えるようにして王宮へと急行した。

王宮の廊下、エレーナの部屋まであと少しというところで、魔導調査局の部下たちがフェイを見つけ、悲鳴を上げた。

「あ! 首席補佐官! 良いとこに!!早く!貴方はこっちです、現場の解析と書類が山積みなんですよ!」

「ふざけるな! 今はエレーナが大変なんだって! 離せ!」

フェイは必死に抵抗するが、侍従のジョエルが無情にも彼の首根っこを掴んで引きずっていく。

「仕事です、フェイ様。エレーナ様のためにも、今は証拠を固めるのが先決でしょう」

「待て、離せぇー! いやだーー!エレーナー!!」

その受難を、マチルダとアルフォンスが冷ややかな目で見送った。

「……ご愁傷さまですわね」

「まあ、彼は彼で役に立って貰わないと。……行きましょうか」

二人はカミラに案内され、エレーナの待つ部屋の重厚な扉を開けた。


エレーナの枕元に辿り着いたマチルダとアルフォンスは、静かに膝を突いた。

「エレーナ様……」

社交と品格の師、マチルダが震える手でエレーナの頬を包み込む。

「……わたくしが、あれほど気高く育て上げたエレーナ様を……。この屈辱、必ずや晴らして差し上げますわ」

「エレーナ様」

知識と知恵の師、アルフォンスが、エレーナの反対側の手を優しく握った。

「……貴女の知恵は、まだ死んでいませんね? 盤面をひっくり返す方法は、わたくしたちが共に考えます。今は、ただお休みください」

二人の師の温もりに触れ、エレーナは再び涙を流しながらも、ようやく深い安らぎの中へと意識を沈めていった。


王宮の賓客室へと続く長い廊下。そこは今、物理的な重圧に支配されていた。

早馬を受け取り、街の巡回から文字通り「飛んできた」ヴィンセント・ロズレイド公爵が歩を進めるたび、周囲の空気がひび割れるような緊張感に包まれる。

「…………っ」

廊下ですれ違う文官たちは、公爵から放たれる凄まじい殺気に呼吸を忘れ、壁にへばりついて道を開ける。鎧に身を固めた近衛騎士たちでさえ、公爵の足音を聞いただけで反射的に直立不動となり、冷や汗を流しながら深々と頭を下げた。

ヴィンセントの表情は、恐ろしいほどに無表情だった。だが、握りしめられた拳は白く震え、その瞳の奥には帝都を丸ごと焼き尽くさんばかりの漆黒の炎が渦巻いている。

公爵は、エレーナが眠る部屋の前で足を止めた。

守護にあたっていた騎士たちが、その威圧感に気圧され、声も出せずに扉を開く。


ヴィンセントは、寝台に横たわるエレーナの蒼白な顔、そしてマチルダが必死に拭ったあとの、僅かに赤く腫れた頬を見つめた。

その瞬間、彼の中で何かが音を立てて弾け飛んだ。

ヴィンセントは勢いよく振り返ると、背後にいた皇帝――実の兄の胸ぐらを掴み上げんばかりの勢いで詰め寄った。

「――兄上ッ!! これはどういう事だ!! クロードは……クロードはどこへ行ったッ!!」

王宮の賓客室が震動するほどの怒号。

居合わせた文官たちは恐怖で腰を抜かし、騎士たちは公爵のあまりの形相に、剣の柄に手をかけることさえ忘れて硬直した。

「答えてくれ、兄上! 私の大事な娘を……ロズレイドの宝を、命に代えても守ると言ったのは貴方ではないか! それがなぜ、泥にまみれてこんな姿に……! クロードは今どこで何をしているッ!!」

「……ヴィンセント、落ち着け。今、騎士団を――」

皇帝が沈痛な面持ちで宥めようとするが、ヴィンセントの怒りは収まらない。

「落ち着けだと!? 娘が、心から信じていた者に踏みにじられたのだぞ! クロードがエレーナを『ゴミ』と呼び、あのような女の腰を抱いて立ち去ったと聞いた! 兄上、貴方はそれを黙って見ていたのか!!」

ヴィンセントの瞳には、血走った激昂と、娘を救えなかった自分への悔恨が入り混じっていた。

「……ロズレイドは、帝国の盾だったはずだ。だが、その盾が守るべき家族さえ守れないなら、盾など必要ない……! 兄上、もしクロードが、あるいはヴァルクレイがこれ以上娘を冒涜するならば、私はこの国を敵に回してでも奴らを根絶やしにする!!」

「ヴィンセント……」

皇帝は弟の咆哮を正面から受け止め、静かに、しかし重く頷いた。

「……すまない。私の不徳だ。だが、明日を待て。明日のデビュタント、その場にいる全貴族の前で、クロードに己の罪を、ヴァルクレイにその報いを受けさせる。そのために、今、我々が動いているのだ」

「…………ッ!!」

ヴィンセントは荒い息をつきながら、ようやく皇帝を解放した。

彼は再びエレーナの方へ向き直り、震える手で娘の髪を撫でる。

「……マチルダ、アルフォンス」

地を這うような低い声。先ほどの咆哮よりも、さらに恐ろしい静かな殺意が宿っていた。

「……エレーナを。明日、世界で一番美しく仕立てろ。……泥を塗った奴ら、笑った奴ら……その全員が、自分の愚かさを呪うほどの品格を纏わせるんだ。いいな」

「はっ……! 命に代えましても」


帝都へと続く北の街道。砂塵を巻き上げ、死に物狂いで馬を飛ばす二つの影があった。

カイル・フォン・エグゼイドと、エレーナの実父であり文官として知られるロイス・エグゼイドである。

「……あともう少しだ、伯爵! この速度ならデビュタントには十分に間に合う!」

「ええ。娘の驚く顔を見るのが、これほど楽しみなことはありませんな」

穏やかな微笑みを浮かべていたロイス。だが、その前方に王家の紋章を掲げた最速の伝令兵が、肩で息をしながら現れた。

「――カイル殿下!! ロイス伯爵!! 止まってください!!」

尋常ではない様子に、カイルが強引に手綱を引く。

「どうした! 皇帝陛下からの報告か!?」

「はっ……! 陛下より至急お伝えせよと! たった今、学園にてクロード殿下が……エレーナ様を公衆の面前で罵倒し、泥の中に捨て置かれました! エレーナ様は王宮へ運ばれましたが、未だ意識が戻らず……!」

「…………なんだと?」

カイルの瞳が、怒りのあまり烈日の如き黄金色に発火した。

「あいつ……! 何が『僕が守る』だ! どの口が、エレーナを『ゴミ』と言った……ッ!!」

カイルが激昂し、魔力を爆発させる傍らで、実父ロイス・エグゼイドは驚くほど静かだった。

あまりに静かに、ゆっくりと馬を止めた。

「……ロイス伯爵?」

カイルが毒気を抜かれたように隣を見る。

ロイスは、震える手で眼鏡を外し、懐紙で丁寧にレンズを拭いた。だが、その指先は怒りのあまり、紙を真っ二つに引き裂いていた。

「……文官として、法と道理を説いてきたつもりでしたが……」

ロイスが再び眼鏡をかけたとき、その瞳には知的な光ではなく、娘を冒涜された親としての、冷徹極まりない「断罪」の火が宿っていた。

「私の娘に泥を塗り、その心を壊したというのなら……。王族の位など、文字通り紙屑にして差し上げましょう。ヴァルクレイ家には、一族郎党、ペン一本持てぬ奈落の底を見せてやる」

ロイスの声は、地響きのように低く、冷たかった。

彼は剣を抜くことはない。だが、その言葉一つで一国を揺るがし、一族を根絶やしにする「知恵」という牙を剥いたのだ。

「カイル殿下。……馬を潰してでも行くぞ。……娘が目覚めたとき、最初に目にするのが父でなくてはなりません」

「ああ……。行こう、伯爵!」

二人は再び馬に拍車をかけた。

怒りに燃えるカイルと、冷徹な復讐者と化した文官ロイス。

二つの影が、嵐を呼ぶ帝都へと吸い込まれていった。

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