報告への足跡
扉を閉めた瞬間、彼女の顔から「慈母」の影は消え、鉄の規律を守る「公爵家メイド長」の冷徹な横顔が戻ります。
深夜の廊下は、いつもなら寝静まっているはずでした。
しかし、今日ばかりは違います。
遠くの角を曲がったあたりで、主の息子であるアルベルトとジュリアンが、従者を問い詰めるような低く鋭い声が漏れ聞こえてきます。
「……あの方々も、今夜は眠れぬでしょうね」
マギーは小さく独りごちました。
あんな風に、なりふり構わず「子供」を抱えて帰還したヴィンセントの姿など、誰も見たことがないのです。
マギー自身の胸の内にも、まだ収まりきらない驚愕が渦巻いていました。
閣下が連れ帰ったあの子は、泥に汚れ、骨が浮き出るほど痩せ細り、挙句の果てには豪華なベッドを拒み、部屋の隅の暗がりに安らぎを見出す始末。
(あれほどまでに魂を削られた子を、閣下はどうされるおつもりか……)
マギーは手に持った「エレーナが着ていたボロ布」をぎゅっと握りしめました。
その布は冷たく、酷い悪臭を放っています。あの子がどれほど過酷な場所に捨てられていたか、その証拠品。これを主に見せたとき、この屋敷の主がどのような「決断」を下すのか。
マギーは重厚な執務室の扉の前で足を止めました。
中からは、ヴィンセントが苛立ちを抑えるように床を踏み鳴らす音が、微かに響いてきます。
(驚きは、私だけで十分。ここからは、ロゼレイドの「守護」としての仕事ですわ)
マギーは深く息を吐き、表情を完璧な無に整えると、一度だけ扉をノックしました。
「……閣下。マーガレットでございます。お嬢様……いえ、お連れしたお子様の件で、ご報告に参りました」
その声が、静まり返った執務室の中に、そして嵐を待つ屋敷全体に、静かに、けれど決定的な響きを持って伝わっていきました。




