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• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』  作者: YOLCA
第5章 帝国の女王-覚醒-

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【暁の微睡(まどろみ)】 ―― 揺らぐ理性と親友の眼差し

午前5時。帝都の空はまだ深い群青に包まれ、星々がその輝きを失いかける「暁」の刻。

ロズレイド公爵邸の正面玄関が開くと、そこには完璧な「淑女」へと仕立て上げられたエレーナの姿があった。

その背後には、影のように寄り添う専属女騎士カミラがいた。彼女は玄関からエレーナの斜め後ろにピタリとつき、周囲の闇を射抜くような鋭い眼光を放っている。エレーナが馬車へと向かう数歩の間すら、彼女の守護に一切の隙はない。

玄関先には、自ら馬車の手綱を握り、主を待つ第2王子クロードがいた。

昨夜、深夜2時まで及んだ狂賢者アルフォンスによる知略、そしてマチルダによる「女王の精神教育」により、エレーナに与えられた睡眠時間はわずか3時間。その疲労を察したカミラは、エレーナを馬車へと促すと、自らも愛馬に跨り、馬車の窓のすぐ横に位置を取った。

「おはよう、エレーナ」

クロードが彼女の手を取り、車内へとエスコートする。カミラは馬を寄せ、クロードが車内に入りエレーナの隣に座るのを、無言のまま見守っていた。


馬車が動き出す。車内には、微かな車輪の音と馬の呼吸音だけが流れていた。

エレーナは膝の上に難解な魔導書を広げていたが、睡眠不足と筋肉の疲労は、彼女の強靭な精神すらも削り取っていく。

(……読まなきゃ……カイル様に、遅れをとるわけには……)

その思考が、プツリと途切れた。

こくり、と小さな頭が揺れ、エレーナは深い微睡まどろみへと落ちていった。そして、その華奢な体は隣に座るクロードの肩へと預けられた。

「……っ!?」

クロードの全身に電流が走った。肩に伝わる柔らかな感触と、規則正しい寝息。

普段は決して隙を見せないエレーナの完全な無防備さに、クロードの理性が音を立てて軋み始めた。愛おしさと、昏い独占欲。

彼は吸い寄せられるように、エレーナの白い頬へと自分の顔を近づけた。あと数センチ、指を伸ばせば、その唇に触れられる――。


「……殿下。」

冷徹な声が、馬車の窓を突き抜けてクロードの鼓膜を打った。

カミラだ。彼女は馬を併走させながら、一切振り返ることなく、しかし車内から漏れ出したクロードの「執着」を完璧に察知していた。

「……過ぎた思慕は、刃と同じです。今の貴方の目は、エレーナ様を守る者の目ではない。次、その不遜な指が我が主に触れれば――」

カミラが馬の腹を蹴り、一気に馬車との距離を詰める。窓の外から放たれる明確な殺気は、クロードを現実に引き戻すには十分すぎるほど鋭かった。

「――たとえ第2王子であろうと、その首、叩き斬りますよ。」

「…………分かっている。分かっているんだ、カミラ。」

クロードは喉を鳴らし、ゆっくりと手を引いた。顔に上った熱を隠すように一度深く目を閉じ、自分の厚手のコートを脱ぐと、エレーナの肩をそっと、壊れ物を扱うように包み込んだ。


学園の正門を潜り、馬車が停車する。

クロードは肩を揺らさないよう細心の注意を払いながら、エレーナの耳元でとびきり甘く、優しく囁いた。

「……エレーナ。疲れてたんだね。ついたよ。」

「……っ!?」

その声で、エレーナは弾かれたように跳ね起きた。

「私、寝てしまって……! クロード、すみません!」

跳ね起きるエレーナを優しく支え、クロードは完璧な王子の微笑みで扉を開ける。

馬車を降りた二人の前に、二つの影が立っていた。

一人は、クロードの弟でありエレーナの同級生でもある第4王子テオドール。

そしてもう一人は、エレーナの唯一の親友、ヒルダだった。


「兄上、おはよう。……エレーナ、今日はずいぶんと『仕上がって』いるな」

テオドールが、エレーナの瞳の奥に宿る戦士の光に気づき、感心したように呟く。

「エレーナ! おはよ……って、あら?」

駆け寄ろうとしたヒルダが、エレーナの隣で立ち尽くすクロードの顔を見て、ピタリと足を止めた。

「ヒルダ、おはよう。今日もよろしくね」

エレーナが凛とした足取りで校舎へ向かって歩き出す。


「テオドール、おはよう。昨夜アルフォンス様から共有された『帝都近郊の魔導流動の乱れ』についての資料、貴方も目を通したかしら?」

エレーナは、馬車での微睡みが嘘であったかのように、凛とした足取りで校舎への石畳を歩き出した。その瞳には、昨夜の深夜講義で叩き込まれた「冷徹な知略」の光が宿っている。

「ああ、もちろん読んだよ。あれはヴァルクレイが動かしている私兵の影だ。……エレーナ、君は以前よりも情報の『読み』が鋭くなったね。まるでアルフォンスが憑依したかのようだ」

テオドールは驚きを隠さず、エレーナの歩調に合わせて歩き出す。二人の間には、学友としての親しみと、同じ目的を見据える同志としての静かな熱が漂っていた。その斜め後ろには、主君の影として専属女騎士カミラが、音もなく付き従っている。



一方、数歩遅れて歩き出したクロードの隣には、獲物を見つけた猛禽のような目を輝かせたヒルダが忍び寄っていた。彼女はエレーナとテオドールに聞こえない絶妙な声量で、クロードの耳元に言葉を流し込む。

「……ねえ、クロード様。そんなに真っ赤な顔をして、まだ馬車の中の余韻に浸っていらっしゃるの? さっきの『疲れてたんだね』っていう囁き。あぁ、思い出しただけでもお砂糖を吐きそうですわ」

「なっ……! ヒ、ヒルダ、貴様……聞こえていたのか!?」

クロードは小声で叫び、周囲を気にしながらさらに耳まで赤く染めた。

「あら、聞こえていたどころか、貴方のその蕩けきった目を見れば一目瞭然ですわ。もしかして、寝ているエレーナに『不適切な接触』でも試みようとしました? ほら、さっきからカミラさんの殺気が、貴方のうなじを狙っていますわよ?」

「ぐっ……! それは……その、彼女があまりに無理をしているから、支えようとしただけで……」

「あらあら、支えるだけなら指先が頬に向かう必要はありませんわよね? クロード様、今の貴方は王子様というより、お気に入りの宝石を隠しておきたい独占欲の塊みたいですわよ。ホホホ、面白いこと」


ヒルダの容赦ない言葉の礫に、クロードは反論すらできず、ただ口をパクパクとさせる。その視線の先では、愛するエレーナが弟のテオドールと親密そうに、かつ高度な政治的対話を交わしながら前を進んでいる。

(エレーナ……。僕は、ただ君を……)

「クロード様、あまりボーッとしていると、テオドール様に『相棒』の座を奪われてしまいますわよ? ほら、エレーナはもう、守られるだけの女の子じゃなくなっているんですから」

ヒルダのニヤニヤ顔が、クロードの焦燥感を煽る。

エレーナの背中を追うカミラが、一度だけ立ち止まって振り返った。その瞳には「二度目はない」という、クロードに対する明確な警告が冷たく光っている。

「……行きましょう、殿下。無駄話はそこまでです」

カミラの冷徹な促しに、クロードは逃げるように歩き出した。

前を行くエレーナとテオドールの、迷いのない背中。その後ろで、顔を赤くしたクロードと、それを楽しげに見つめるヒルダ。

最強の師たちによる「叩き込み」の成果は、エレーナを一足飛びに高みへと押し上げた。彼女の歩く先々で、登校中の生徒たちがその放たれる覇気に圧倒され、無意識のうちに道を空け始める。

それはまさに、学園に君臨する「女王」の誕生を予感させる光景だった。

地獄の特訓を経て、エレーナの「変貌」が全校生徒の前にさらされます!

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