血を超えた絆と皇帝ジークフリートの『確信』
皇宮へと向かう豪華な馬車の中で、皇太后リサーナはエレーナの銀髪を愛おしそうに整えていました。エレーナとリサーナに血の繋がりはありません。しかし、誰がなんと言おうとエレーナはロズレイドの娘です。
「いい、エレーナ。貴女は私の、そしてロゼレイドの誇りよ。だからこそ、今日は世界で一番可憐な『花』として振る舞ってほしいの。……確かに、貴女に『鬼ごっこ』を提案して、貴女を最強の戦士へと導いてしまったのは私よ。それは認めましょう、私の計算違いだったわ」
リサーナは少し苦笑して、エレーナの頬を包み込みました。
「でもね、エレーナ。貴女は女の子なの。無理に騎士の真似をしなくていい。私の息子、ジークフリート皇帝の前では、優雅に膝を折る(カーテシーをする)のよ。あの子はロゼレイドの『武』に心酔している男だから、貴女が少しでも隙を見せれば、すぐに戦場へ連れ出そうとするわ。……おばあ様との約束よ。今日は、淑女で通すのよ?」
「うん、わかったわ、おばあ様! 私、血は繋がってなくても、おばあ様の自慢の孫娘になりたいもん。頑張るね!」
馬車を降り、謁見の間へと続く長い回廊。リサーナは皇太后としての威厳を纏いながらも、隣を歩くエレーナに絶えず魔法をかけるように囁き続けました。
「(エレーナ、肩の力を抜いて。……そう、羽毛が舞い落ちるように。指先は摘むだけ。……今、天井の梁を確認したわね!? 逃走経路を探すのはやめなさい!)」
「(……はい、おばあ様。ふわふわ、ふわふわ……。あ、あそこの曲がり角に、すごく手強そうな近衛兵さんが……じゃなくて、お花、お花……!)」
リサーナは、血縁はなくとも、エレーナの中に眠る「ルチア譲りの闘争本能」が、ジーク皇帝の放つ空気に共鳴し始めているのを感じ、内心パニックになっていました。
「ロゼレイド公爵が娘、エレーナ・ロゼレイド、拝謁!!」
巨大な扉が開き、エレーナは皇帝ジークフリートと王妃エルシアの前に進み出ました。
ジークフリートは、母リサーナが「血の繋がりこそないが、最高の淑女に育てた」と豪語していたエレーナを、興味深げに見つめました。しかし、彼の武人の感性は、ドレスに身を包んだ少女から放たれる、研ぎ澄まされた「刃」のような気配を見逃しませんでした。
(……ほう。母上はああ仰るが、この娘、中身は完全に『ロゼレイドの獅子』ではないか! 面白い、どれほど耐えられるか!)
ジークフリートは、挨拶代わりに、山をも圧するような凄まじい「皇帝の覇気」をドォン!と広間に充満させました。
「(ジ、ジーク……!? 何をしてるの、このバカ息子ぉぉぉ!!)」
リサーナの顔が一瞬で真っ青になりました。
誰よりもエレーナを「戦闘マシーン」に育て上げたリサーナには、今のジークの覇気が、エレーナにとってどのような「合図」になるか、手に取るように分かったからです。
(やめて! ジーク! 今、その『武』の挑発を出しちゃダメ! エレーナの『淑女モード』が……私の血の滲むような教育が、一瞬で消し飛んじゃうじゃないのぉぉぉ!!)
リサーナが心の中で絶叫し、皇帝を止めようとした、その瞬間でした。
皇帝ジークフリートの覇気がエレーナの肌を打った瞬間。
エレーナの翠の瞳から「ふわふわ」とした光が消え、一点の曇りもない「真剣」のような輝きが宿りました。
彼女にとって、これほどの強者が自分を「一人の魂」として試してきているのに、ドレスを摘んで膝を折るのは、相手に対する最大の非礼だと、ロゼレイドの誇りが判断したのです。
「カツンッ!!!!!」
静まり返った謁見の間に、大砲のような鋭い音が響き渡りました。
エレーナはドレスの裾を摘む手を離し、右拳を左胸に当て、踵を完璧に揃えて、真っ直ぐな、凛々しい背筋で深く頭を下げました。
「ロゼレイド公爵が娘、エレーナ! 陛下ならびに王妃殿下に、拝謁いたします!!」
おばあ様が「死んでもやめて」と言った、最高に、そして最強にカッコいい、ロゼレイド流の軍礼でした。
「…………ああああ、私のバカ息子ぉぉぉ!!」
リサーナは、落とした扇子を拾う気力もなく、天を仰いで絶望しました。
(ジーク、貴方が余計なことをするから! 私が血の繋がりを超えて必死に作り上げた『完璧な淑女』が、一瞬で『若き英雄』になっちゃったじゃないのぉ!)
その時、謁見の間の外にある広大な回廊では、偶然そこを通りかかった王子たちが足を止めていました。
「……ッ!? なんだ、今の地響きのような気配は……」
鋭い眼光を放ち、腰の剣に手をかけたのは第一王子。
「父上の覇気……。いや、それに応えるような、もっと鋭く、澄んだ『意志』を感じたぞ。誰だ? 謁見の間で父上と対峙しているのは」
「ふむ、面白いね。あんなに真っ直ぐな気配、騎士団の連中からも感じたことがないよ」
扇を弄びながら、面白そうに目を細めたのは第二王子。
王子たちは顔を見合わせ、重厚な扉の向こう側にいる「まだ見ぬ闖入者」に、強烈な興味を抱かずにはいられませんでした。
一方、部屋の中では王妃エルシアが階段を駆け下りていました。
「――お義母様!!! 素晴らしいわ!!!」
「なんて真っ直ぐな軍礼なの! お義母様、見てください! 血は繋がっていなくても、この子には間違いなくルチアの、そしてロゼレイドの魂が宿っていますわ! 皇帝の覇気を真っ向から受け止めて、この一礼……これこそ、真の至宝ですわね!」
エルシアはエレーナを抱きしめ、涙ぐみながら微笑みました。
「お義母様、ありがとうございます! 私、こんなに魂の美しい女の子、見たことがありませんわ!」
皇帝ジークフリートも、リサーナの殺気を無視して、大爆笑しながら立ち上がりました。
「ガハハ! 母上! 済まぬ、つい試したくなったのだが……よもやこれほどまでの『器』とは! 貴女の『可憐に』という教えは、この子の強すぎる忠誠心によって、最高の『武礼』に昇華されたようですな!」
リサーナは、ようやく扇子を拾い上げ、ジークを睨みつけながらも、王妃に褒めちぎられているエレーナを見て、諦めたように、けれど誇らしげに目を細めました。
「……ええ、ジーク。エレーナは、私の想像を遥かに超えてしまったようですわ。……全く、親子揃って脳筋なんだから。でも、エレーナ。貴女のその真っ直ぐなところ、……私は大好きよ」
エレーナは、王妃の隣で「おばあ様、お辞儀……間違えちゃった。でも、ジークおじ様が『本気で見せてくれ』って言った気がしたの」とはにかみました。
リサーナは、血よりも濃い絆で結ばれた孫娘を、愛おしさを込めて強く抱きしめるのでした。




