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• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』  作者: YOLCA
第4章 至宝の覚醒-運命を塗り替えるまで

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皇太后の盤面と空中をかける至宝

それは、九歳になったエレーナが「守られるだけの自分」を卒業したいと願い、自らヴィンセントの剣の稽古を覗き見していたある日の午後。その様子を静かに見守っていた皇太后リサーナは、公爵邸の最精鋭たちを一堂に集めた。

「ヴィンセント、そして部隊長たちよ。この子には、まだ『呪文』や『陣』を与えてはなりません。文字で覚えた魔法は、その子の自由を縛る枷になるわ」

リサーナは扇を揺らし、その鋭い翠の瞳を一同に向けた。

「今日から1日1回、この広大な公爵邸の全てを使い、あの子を標的とした『鬼ごっこ』をなさい。担当の幹部は、自身の部下から最も腕の立つ十人を選抜し、本気で獲物を狩るように追い詰めるのです。……あの子が自分の脚で、自分の魔力で、死角から迫る死をかわし続ける。これこそが、魔導の深淵に触れるための最短にして唯一の道よ」

この「リサーナの勅命」は、公爵邸を帝国で最も贅沢かつ過酷な修練の場へと変えた。


それからの日々、エレーナは毎日「命懸けの遊び」に身を投じた。

• 第二部隊長・ゼノ:

図書館に立てこもる知性派の彼は、地形の起伏から風向きまでを計算し、エレーナを「絶対に逃げられない一角」へと静かに、しかし確実に追い詰める。彼が放つ**『断頭台』**は、エレーナが次に踏み出すはずの「空間」を音もなく切断し、彼女の自由を物理的に奪った。

• 第一部隊長・フェイ:

魔導調査局主席の肩書きは伊達ではない。彼の**【虚空の糸】**は、陽光に透かすことすら困難なほど細く、一度触れれば全身の魔力を封印される。十人の精鋭がエレーナを追い立てる先には、フェイが張り巡らせた見えないクモの巣が待ち構えていた。

• 双子のカイン&シオン:

三、四部隊の連携による**【ミラー・ゲート】**は、もはや悪夢だ。エレーナが角を曲がった先、あるいは跳躍した空中。あらゆる場所に「鏡の門」が開かれ、十人の騎士が物理法則を無視して彼女の目前に現れる。

• 第五部隊長・バッシュ:

収穫者ハーベスター】。バッシュがその巨体を揺らして走るだけで、エレーナの周囲の魔力は吸い取られ、肺は潰されるような重圧に襲われる。重力が増したような世界で、バッシュの鉄腕が迫る。

エレーナは毎日、泥と汗にまみれ、時には涙を浮かべながらも、その瞳から輝きを失うことはなかった。


そして、九歳の夏が深まる頃。当番は長男、アルベルトへと回ってきた。

「エレーナ、今日ばかりは観念してもらうよ。僕の思考からは、誰も逃げられない」

アルベルトは**【並列思考】**を全開にする。彼の脳内では、エレーナの心拍、筋肉の弛緩、過去の回避パターンが数万の数式となって処理されていた。

彼は十人の精鋭を、まるで生きている壁のように配置した。彼らは互いの視界を共有し、エレーナがどこを向こうとも「死角」が存在しない完璧な連携を見せる。

「スタート!」

エレーナが弾けるように駆け出す。しかし、あろうことか、エレーナが進む先々で、すでに騎士たちが剣の柄で彼女の進路を塞いでいた。

「こっち……ううん、あっち!……ええっ、お兄様、どこにでもいるみたい!」

エレーナがどれほど速度を上げても、アルベルトの思考は彼女の「次の一歩」をコンマ秒単位で先回りし、逃げ道を一つずつ、丁寧に、残酷に潰していく。


追いつめられたのは、邸の中央にある巨大な噴水前。

背後は冷たい水。左右にはシオンとカインが転送してきた騎士たちが壁を作り、正面からはバッシュの【収穫者】が大地を震わせ、空からはジュリアンの【瞬刻】の加護を受けたフェイが「糸」を広げて降りてくる。

「チェックメイトだ、エレーナ」

アルベルトが静かに宣言した。

物理的にも、空間的にも、そして魔力的にも、逃げ道は完全に消えた。誰もが「今日は終わりだ」と思った、その一瞬。

エレーナの胸にある翠の宝石が、かつてないほど鮮やかな、深い森のような光を放った。

(……ううん、お兄様。上には誰もいないよ!)

エレーナは全力で地面を蹴り上げた。だが、その高さは通常の跳躍を遥かに越える。

彼女は滞空中、足の裏に銀色の魔力を凝縮させ、実体のない空気を「踏みつけた」のだ。

「――空中に、魔力の足場を!?」

アルベルトの【並列思考】が、想定外の事象に火花を散らす。

エレーナは驚愕する騎士たちの頭上を、まるで天を駆ける天馬のように三歩、四歩と駆け上がり、重力をあざ笑うような軌道で包囲網の「外」へと飛び出した。

銀色の髪が夕陽に透け、一筋の彗星となって騎士たちの手をすり抜けた。

5. 笑顔の終幕 ――家族の絆――

「あはは! 逃げ切れたーっ!」

包囲網の外に軽やかに着地したエレーナは、そのままアルベルトの元へ全力で走り寄り、彼の腰に勢いよく飛び込んだ。

「お兄様、すごかった! 捕まるかと思ったよ! ドキドキして、とっても、とっても楽しかった!」

汗だくで、けれど太陽よりも眩しい笑顔。

その顔を見上げた瞬間、アルベルトの心にあった「勝負」の矜持は、温かな愛情へと溶けて消えた。

「……完敗だよ、エレーナ。僕の『全知』は、君の『自由』には届かなかった」

「ガハハ! 最後に空を走るなんて、誰が想像できるってんだ!」

バッシュがエレーナをひょいと肩車する。

「ゼノの『断頭台』ですら、君の足場にされたかもしれないね」

フェイが苦笑しながら、解いた糸を巻き取る。

リサーナ皇太后は、バルコニーからその光景を誇らしげに見つめていた。

「ええ、それで良い。知識に縛られず、己の魂のままにことわりを書き換える。それこそが真の魔導、そしてロゼレイドの娘の姿よ」

九歳の夏。1日1回、帝国最強の「鬼」たちに追いかけられたエレーナ。

彼女の背中には、もう誰にも捕まえられない、目に見えぬ大きな翼が広がり始めていた。

家族の笑い声が、黄金色に染まる公爵邸を優しく包み込んでいた。

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