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• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』  作者: YOLCA
第3章:広がる世界と、七歳の肖像

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リサーナの一喝

ロゼレイド公爵邸の二階、エレーナの寝室。冬の柔らかな陽光が、眠れる少女の睫毛を優しく撫でていた。

しかし、その静寂は、階下から響いてくる凄まじい絶叫によって無残に引き裂かれる。

「やすむーーー!! いやだぁぁぁぁ! リサーナのそばにいたいんだぁぁーーー!!」

その叫び声に、枕元でエレーナの髪を整えていた皇太后リサーナの眉間が、彫刻のように深く刻まれた。

「……また、あの男たちは。マギー、何事です!」

リサーナの問いに、背後に控えていたメイド長マギーが、一切の感情を排した声で答える。

「リサーナ様。お嬢様を心配しすぎてフェイ様が階段の縁にしがみつき、ジョエル様とシモン様が引き剥がそうとしておりますが、ヴィンセント様とアルベルト様も玄関の扉と同化し、クラウス様が限界を迎えておいでです。」

「……この子をを静かに休ませなさいと言ったそばから。マギー、あなた先に行ってどうにかしてきなさい。わたくしもすぐに向かいます」

「かしこまりました。……徹底的に、片付けてまいります」

マギーが静かに一礼し、音もなく部屋を辞した。リサーナは次に、側に控える筆頭メイドのアンを振り返る。

「アン、あなたはリサ、カレン、ニーナたちにこの場を任せなさい。あの子が目覚めたときに最高のミルクを飲めるよう、準備に入りなさい」

「はい、リサーナ様!」

アンは、カレンやニーナたちに「お嬢様を頼むわね」と目配せし、足早に厨房へと向かった。リサーナは眠るエレーナの額に一度だけ唇を寄せると、静かに、しかし業火のような威圧感を纏って立ち上がった。


「……やはり、今日は休む。陛下には、私が不治の病で今まさに精霊の元へ旅立ったと伝えてくれ」

玄関ホールでは、ヴィンセントが取っ手を握りしめ、扉と一体化していた。

「閣下、縁起でもない! さあ、離して!」

執事クラウスが必死に主人の腰を抱えて引き剥がそうとするが、ヴィンセントの握力は城門を砕くほどだ。

「父上、私もです! エレーナの側に兄がいないなど、騎士道にもとる……!」

その横で扉の枠にしがみつくアルベルト。

「アルベルト様、騎士道よりも職務です。ほら、指を一本ずつ剥がしますよ」

侍従シモンが、無表情で主人の指をパキパキと剥がしていく。

そして、最も凄まじいのは階段だった。

「いやだいやだいやだぁ! お嬢様におはようって言ってもらうんだぁー! 離せジョエル! 離せぇぇー!!」

第一部隊長フェイが、階段の一番下の縁に爪を立てるようにしてしがみついていた。

「フェイ様、見苦しいですよ。ほら、指を離して」

専属侍従のジョエルが脇に腕を差し込むが、お嬢様愛に狂ったフェイの粘りは異常だった。

そこへ、静寂の死神が如くマギーが歩み寄った。

「……騒がしいですわね。皆様」

「「「「……っ!!」」」」

「ジョエル様、腰を。私がフェイ様の脚を持ちますわ」

マギーは一切の躊躇なく、フェイの足首をガッチリと、鉄の枷のような力で掴んだ。

「ひぃっ! マギー! 足を掴むなぁぁ! お前ら、侍従とメイド長の連携をそんなことに使うなぁぁ! ぎゃあああ!!」

従者三名とメイド長。公爵邸の全管理職が一致団結し、駄々をこねる最強の男たちを「物理的」に排出しようとする壮絶な乱闘が繰り広げられた。


「「「「離せぇぇぇぇ!!!(離してください!!!)」」」」

ヴィンセント、フェイ、アルベルトの絶叫が最高潮に達した、その瞬間。

カツ。

二階の回廊から、凍りつくような靴音が響いた。その音一つで、ホールの喧騒が、まるで真空に包まれたかのように消え失せる。

ゆっくりと階段を降りてきたのは、皇太后リサーナ。彼女は手に持った扇を、パシリと左手に打ち付けた。マギーたちは瞬時に作業を止め、完璧な礼で迎える。

「ヴィンセント。アルベルト。……そして、フェイ」

その声は決して大きくなかったが、ホールの隅々まで、鋭い刃のように染み渡った。

「……あなたたちは、何をしているのですか? ロゼレイドの男たちが揃いも揃って職務放棄? 恥を知りなさい。あの子がこの醜態を見たら、二度とあなたたちに心を開かなくなりますわよ」

「「「……っ!!」」」

その一言が、何よりも効いた。男たちは凍りついたように動きを止める。リサーナは鼻先に扇を突きつけた。

「いいですか。あの子の心の綻びは、わたくしとマギーが繋ぎ止めておきます。あなたたちの仕事は、あの子の不安を払拭するための盤石な城壁を築くこと。真面目に職務に励み、あの子を怯えさせる元凶を特定するための情報を、一つ残らず拾ってきなさい! クラウス、ジョエル、シモン! あなたたちもです。この情けない男たちが逃げ出さぬよう、しっかり見張りなさい!あーヴィンセント.... 女性の交友関係や家族の仔細については、兄上よりも王妃様の方が詳しいかもしれない。王妃を訪ねなさい。」

「「「ハッ、直ちに!!」」」


「マギー、お疲れ様。男たちの『掃除』を。それからアンに、ミルクの準備を急がせなさい」

「畏まりました、リサーナ様。お嬢様には最高の朝を準備いたしますわ」

リサーナとマギーが静かに頷き合う。その冷徹なまでの完璧さに、男たちはもはや抗う術を失っていた。

一台目の馬車にはヴィンセント、アルベルト、そして彼らを管理するクラウスとシモンが。

二台目には、ジョエルに無理やり押し込まれたフェイと、護衛の騎士たちが。

「……行くぞ、クラウス。……一分一秒を惜しめ」

ヴィンセントの瞳から湿っぽさが消え、極寒の「守護卿」へと戻った。

「既に。王宮に到着するまでに、二年前の全記録に目を通していただけるよう整えております」

「……ジョエル、俺を階段から引き剥がした報い、ゴミどもにたっぷりと支払わせるぜ?」

フェイもまた、眼鏡を光らせ、不敵な笑みを浮かべる。

「「「出陣だ!!」」」

朝日を浴びて、ロゼレイドの家紋を刻んだ馬車が、王都へと向けて爆走を開始した。

背後で見送るリサーナとマギーの瞳には、愛するエレーナを泣かせた者たちへの、峻烈な報復の意志が宿っていた。


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