黄金の休息 ――消えない影と、守護者たちの誓い――
エレーナの休暇が始まって数日が経ちました。
今日は朝からアルベルトも部隊長たちも任務に出払っており、屋敷にはヴィンセントとエレーナの二人きり。もうすぐ夜勤明けのゼノの部隊が戻ってくる時間です。
「パパ、エレーナ、今日なにする? お外いく?」
一週間の休暇中、何をしようか悩んでいるエレーナに、午後から王宮へ出仕する予定のヴィンセントが優しく微笑みました。
「そうだな、エレーナ。パパが仕事に行く前に、一緒に街へ出かけようか。新しい服も見に行こう」
街の高級服飾店。ヴィンセントとお揃いの馬車で乗り付けたエレーナは、キラキラした布地に目を輝かせていました。
そこへ、夜勤明けの休暇に入ったばかりのフェイとジョエルが合流します。
「お嬢様! 街のパトロールから戻りました!」
「自分らもお供するっす」
ヴィンセントはエレーナに似合うドレスをいくつか見繕うと、手際よく支払いを済ませました。
「フェイ、ジョエル。エレーナを頼んだぞ。……おい、お前。この荷物を屋敷まで運べ」
ヴィンセントはフェイの部隊の一人を「荷物持ち」として指名し、先に馬車で荷物を運ばせると、自身は「では、行ってくる。エレーナ、楽しんでおいで」と王宮へ向かいました。
残されたのは、エレーナとフェイ、ジョエル、そしてエレーナの専属女騎士として背後に控えるカミラ。
「次はあっちのお店に行ってみよう!」とエレーナも笑顔で街歩きを楽しんでいました。
「お嬢様、次はあちらの装飾品店へ参りましょうか!」
「うん!」
フェイの明るい声に、エレーナも笑顔で応えていました。しかし、事件はその直後に起こります。
お店から出たエレーナの目の前に、一台の豪奢な馬車が止まりました。
中から降りてきたのは、宝石で身を飾った貴婦人と、その娘と思われる少女。
「さあ、行きましょう。今日は素敵なドレスをたくさん買ってあげるわね」
「本当!? お母様、大好き!」
幸せそうな親子の会話。しかし、その貴婦人が娘の肩を抱き寄せ、慈しむようにその名を呼んだ瞬間でした。
「ええ、もちろんよ。――フェリミア。貴女は私自慢の、世界で一番可愛い娘なんですもの」
「フェリミア」。
その名前が鼓膜を叩いた瞬間、エレーナの小さな体が、ビクンと大きく震えました。
能力の暴発こそなかったものの、エレーナの顔からは一気に血の気が引き、持っていた小物を落とし、ガタガタと震えながらその場に蹲ってしまいました。
「お嬢様!?」
異変にいち早く動いたのは、専属女騎士のカミラでした。彼女は周囲の視線を遮るように素早くエレーナを抱き上げ、その小さな顔を自分の胸に埋めさせました。
「お嬢様、どうされましたか!? どこか痛むのですか!?」
しかし、エレーナはカミラの腕の中で震えるばかりで、声を発することもできません。
「……何事だ!? 敵襲か!?」
フェイが鋭い視線で周囲を威圧しますが、殺気も、魔力の波動も感じられません。ただ、エレーナが突然崩れ落ちたという事実だけがありました。
「フェイ隊長、お嬢様の様子が尋常じゃねえっす……! 呼吸が浅いっす!」
ジョエルが焦燥感を露わにします。
フェイは瞬時に判断を下しました。原因は不明だが、ここに長居はできない。
「ジョエル! 閣下へ連絡だ! 『お嬢様急変、至急屋敷へ連れ帰る』とだけ送れ! 詳しい説明は後だ、まずは屋敷へ急ぐぞ!」
「了解っす!」
ジョエルは走りながら、震える指でヴィンセントへ短文のメッセージを打ち込みました。
カミラがエレーナを抱きかかえて走り出し、ジョエルが通信を入れる中、フェイは最後尾で周囲に目を光らせました。
(……敵襲はない。魔力干渉もない。なのになぜ、お嬢様は急に……?)
フェイの鋭い瞳が、路肩に停まった馬車と、そこから降りて楽しそうに店へ入っていく親子――先ほどすれ違った「フェリミア」と呼ばれた少女とその母親を捉えました。
(……あの親子とすれ違った直後だ。まさか……いや、今は推測より退避が先決だ)
フェイはその親子の姿と、馬車に刻まれた家紋を脳裏に深く焼き付けると、踵を返してカミラたちの後を追いました。




