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• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』  作者: ヨォコ
第3章:広がる世界と、七歳の肖像

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黄金の衝撃 ――七歳の目覚めと皇太后の慈愛

春の訪れを告げる柔らかな風が、ロゼレイド公爵邸の広大な庭園を通り抜けていく。五歳でこの屋敷に引き取られたエレーナは、公爵ヴィンセント、長男アルベルト、次男ジュリアン、そして最強の幹部たちやメイド長マギーに守られ、健やかに、そして誰からも愛される「公爵家の至宝」として七歳の誕生日を迎えた。

かつての怯えた少女の面影はどこにもない。豊かな黄金の髪は陽光を弾き、その瞳は世界で最も美しい宝石のように輝いている。しかし、その「愛らしさ」が、単なる容姿の美しさを超えた「力」であることを、その場の全員が知ることになる。

その事件は、穏やかな午後の演習中に起きた。

中庭では、第一部隊長フェイ、第二部隊長ゼノ、第三部隊長カイン、第四部隊長シオン、そして第五部隊長バッシュという、帝国最強の五人の幹部たちが、ヴィンセント閣下の御前で模擬戦を披露していた。

テラスでは、エレーナがマギーの隣で、身を乗り出すようにしてその勇壮な姿を眺めていた。

「パパ、おにいさまたち、とってもかっこいいですわ!」

「左様でございますね、エレーナ様。ですが、あまり身を乗り出してはいけませんよ」

マギーが優しく嗜めた、その時だった。

演習用として持ち込まれていた古代の魔導具が、回路の異常により突如として暴走。制御不能となった魔力が限界を超え、エレーナのわずか数メートル先で「ドォォォォォン!!」という、鼓膜を震わせる凄まじい爆発音を響かせた。

「きゃうっ……!!」

エレーナは短く悲鳴を上げ、反射的に耳を塞いでギュッと目をつむった。

その瞬間、恐怖と驚きに反応した彼女の魔力回路が、堰を切ったように開門した。彼女の奥底に眠っていた膨大な、そして特異な魔力が、防衛本能のままに外へと溢れ出したのだ。

――黄金の波動。

それは目に見える光の波となって、テラスから中庭全体へと、凄まじい速さで広がっていった。


「エレーナ!!」

ヴィンセントが、爆風から娘を守るべく地を蹴ってテラスへと飛び上がった。アルベルトとジュリアンも同時に駆け寄る。彼ら家族にとって、エレーナは元々「何よりも尊い存在」であり、今さら魔力にさらされても、その愛情がさらに深まるだけで、特段の異変は起きなかった。

しかし、周囲は「幸福な地獄」と化した。

光に飲み込まれた瞬間、中庭にいた数百人の一般騎士たちが、一斉に動きを止めた。次の瞬間、カラン、カランと剣を落とす音が連鎖し、屈強な男たちが次々とその場に膝をついた。

「ああ……なんという光だ……」

「このお方の……このお方の微笑みを守るためだけに、私は生まれてきた……」

彼らの瞳は虚ろになり、しかし最高に幸せそうな表情で、テラスのエレーナを仰ぎ見てポロポロと涙を流し始めた。

「何だこれは!? 毒か!? 広域散布型の精神汚染兵器か!?」

ヴィンセントが周囲を警戒し、剣を抜く。

「いえ、父上! これは魔力の波形です……。信じられないほど高密度の『魅了チャーム』の波が、エレーナを中心に広がっています!」

アルベルトが眼鏡を光らせて叫ぶが、足元ではメイドたちが「お嬢様……お嬢様……」と仕事も忘れて祈りを捧げ始めている。

そして、あの鉄壁のマギーまでもが……。

「お、お嬢様……。ええい、マギー、しっかりなさい! これは一体……胸の鼓動が止まりませんわ! 誰か、誰か説明を!!」

頬を朱に染め、銀盆を握りしめたまま、かつてないほど「あたふた」と狼狽えていた。

「みんな、どうしちゃったの……? エレーナのせいで、おなかが痛いの?」

エレーナは、自分を囲んでパニックに陥っている大人たちを見て、今にも泣き出しそうだった。


そこへ、白金に輝く皇室の馬車が、圧倒的な威圧感を持って現れた。

馬車から降り立ったのは、現皇帝とヴィンセントの母であり、この帝国の最高権威である皇太后リサーナである。

「あらあら……。私の可愛い孫娘が泣きそうではありませんか。男たちが情けないこと」

リサーナは、膝をつく騎士たちの間を優雅に通り抜け、テラスを見上げた。彼女は一瞬で事態を見抜き、扇を翻した。

「『清廉なる風よ、熱狂を鎮め、真実の心を取り戻せ』――アンチ・チャーム!」

リサーナの手から放たれた青白い光が、公爵邸を包んでいた黄金の霧をさらりと拭い去っていった。

次の瞬間、騎士たちは正気に戻り、マギーもまた「ハッ」と我に返って、あまりの失態に顔を真っ赤にして居住まいを正した。

「……母上! お越しでしたか」

ヴィンセントが慌てて跪くと、リサーナはテラスへ上がり、エレーナを優しく抱き上げた。

「ヴィンセント、しっかりなさい。皇帝である兄も、あなたも、エレーナのことになると途端に分別をなくすのですから。……あらあら、うちの可愛いエレーナちゃん。魅了の力まで持っちゃってるのね。それも、国の一つや二つ、簡単に傾けてしまいそうなほど強力なものを」

「母上、それは本当ですか? 魅了だと……」

「ええ。驚きが引き金になって、無意識に漏れ出してしまったのね。……でも大丈夫よ。あなたが悪いことをしたわけじゃないの、エレーナ」

リサーナの優しい言葉に、エレーナはようやくホッと胸を撫で下ろした。しかし、皇太后の表情は少しだけ真剣なものに変わる。

「でもね、ヴィンセント。この力はあまりに純粋すぎるわ。また無意識に発動してしまったら、今度こそ帝都そのものがお嬢様への愛で崩壊してしまうかもしれないわね」


リサーナは、エレーナの目をじっと見つめ、提案した。

「エレーナちゃん。この力は、あなたの大切な人たちを守るための盾にもなるわ。でも、使いこなせないとみんなを困らせちゃう。……どうかしら? 自分の力をコントロールするために、私と一緒に特訓をしてみない?」

エレーナは、マギーやパパ、そして幹部たちの顔を順番に見渡した。みんな、自分のことを心配してくれている。自分が驚くだけで、大好きな人たちが「変」になってしまうのは悲しい。

「……はい! おばあさま、わたくし、特訓しますわ! みんなが変にならないように、立派なレディになります!」

エレーナの力強い宣言に、公爵邸の面々は深く、深く安堵の息を漏らした。

「承知いたしました、エレーナ様。」

マギーが、いつもの完璧な礼法で一礼した。

「わたくしも、二度とお嬢様を不安にさせぬよう、共にお仕えし、精進いたしますわ。……さあ、皆様! お嬢様の門出に相応しい、最高のお茶会にいたしましょう!」

春の陽光が、七歳になったエレーナの黄金の瞳を優しく照らす。

守られるだけの雛鳥から、自らの力を制御し、周囲を導くレディへ。


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