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• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』  作者: ヨォコ
第3章:広がる世界と、七歳の肖像

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死神の「異変」と、皇帝の好奇心

帝国の中心、白亜の王宮。その一角にある皇帝の私的な談話室は、今日、奇妙な熱気に包まれていた。

主である皇帝は、椅子に座ることも忘れて窓の外を眺めたり、執務机の周りを歩き回ったりと、明らかにソワソワと落ち着きがない。

「……ヴィンセント、貴公、今日は随分と顔色が……いや、空気が柔らかいではないか」

皇帝が声をかけた相手、ロゼレイド公爵ヴィンセントは、相変わらず「帝国の死神」の名にふさわしい、隙のない軍服姿で書類を捌いていた。彼にはすでに、亡き前妻との間に授かった二人の息子がいる。優秀で冷徹、ロゼレイドの血を引く跡取り息子たちの父親として、彼は完成された「家長」であったはずだ。

だが、今、王宮内はおろか帝都中の貴族たちが、ある「衝撃的な噂」に震えていた。

「おい、隠しても無駄だぞ。街の広場で、貴公が小さな女の子の手を引いて歩いていたという目撃情報が、余の耳に嫌というほど入ってきている。あの死神公爵が、露店に並ぶ飴細工を端から全部買い占めようとして、その幼い少女に『そんなにいらない』と嗜められ、情けないほど大人しく引き下がっていたとな!」

皇帝は身を乗り出し、机を叩いた。

「息子が二人いるのは知っている。だが、あの鉄面皮のお前を言いなりにする女の子など、どこから湧いて出たのだ? まさか、余に黙って隠し子でもいたのか!」


皇帝は身を乗り出して詰め寄る。「隠し子か?」という冗談交じりの問いに、ヴィンセントは静かにペンを置いた。


「……陛下。報告を失念しておりました。あの子――エレーナは、先日、陛下に『お前の血を引く優秀な娘が見たいものだ』と揶揄された、あの日の帰り道に拾ったのです」

「……拾った? あの猛吹雪の夜にか?」

皇帝の驚きをよそに、ヴィンセントはあの日、雪溜まりの中に半分埋もれていた小さな「塊」のことを語り始めた。

「最初は死体だと思いました。ですが、抱き上げれば、ボロボロの布切れを纏い、痩せ細って死にかけた5歳の少女だった。……全身、痣と傷だらけでしたよ。医者に見せたら、日常的に虐待を受けていた形跡がある、と。どこの誰が親かは知りませんが、そんな連中にエレーナを返す気はありません」

ヴィンセントの声が怒りで低く沈む。そして、彼がエレーナを「娘」に決めた決定的な理由を明かした。

「抱き上げようとした瞬間、あの子の能力が発動しました。『視界共有』……。私は、彼女が見ている絶望をその場で追体験したのです。凍え死ぬのを待つだけの真っ白な恐怖の中に、救いとして現れた私自身の姿を。……その瞳に映る私を見た瞬間、決めたのです。これは保護ではない、私の娘にするのだと」



「能力だと……?」

エレーナの能力について聞いた瞬間、皇帝の顔からからかうような色が消え、真剣な「王」の顔になった。

「……ヴィンセント。その能力、そしてその娘を保護したこと、まずは余から感謝を言わせてくれ。希少な能力者は帝国の宝だ。そんな過酷な環境で失われていたかもしれない才能を、貴公が独断で、しかもロゼレイドの名で守り抜いたことは、帝国にとって計り知れない利益だ。よくやってくれた」

皇帝は深く頷き、ヴィンセントの肩に手を置いた。だが、その瞳にはすぐにまた別の「好奇心」が宿る。


「だがな……、あの『死神』をそこまでデレデレにさせ、飴細工の言いなりにさせるほどの娘か。貴重な能力者としての公認も兼ねて、余自ら屋敷へ行って、その『お姫様』に会ってやらねばならんな! 近いうちに、護衛もつけずに突撃してやるから覚悟しておけよ!」


「……陛下。お断りいたします」

ヴィンセントは即座に、そして完璧な一礼をして談話室を後にした。

廊下を歩く彼の背中からは、先ほどまでの柔らかい空気は消え、代わりに軍師としての冷徹な「迎撃思考」がフル回転していた。

(……あの男、間違いなく来る。しかも『感謝』や『公認』という正論を盾にして、お忍びという名の不法侵入で突撃してきかねん)

皇帝は昔から、ヴィンセントが困る姿を見るためなら、公務さえ放り出す性格だ。

もし皇帝が不躾に現れ、エレーナが驚いて泣きでもしたら、彼女の能力が暴走して王宮の均衡すら崩れるかもしれない。何より、ようやく自分に懐き始めたエレーナの平穏を、あんな「好奇心の塊」のような男に乱されるわけにはいかなかった。

(早急に屋敷の隠し通路を封鎖し、エレーナを隠すための絶対的な『避難先』か『別邸』を確保しなければならない。……いっそ、あの子を連れて一時的に別荘へ身を隠すか。……対・皇帝用の防御結界を三重に張り直すべきか)

ヴィンセントは、愛娘を誰にも――例え皇帝であっても――触れさせないために、真剣に「隠蔽計画」を練りながら、馬車へと急いだ。

「エレーナ、待っていなさい。お前のパパが、どんな外敵(陛下)からもお前を守り抜いてやろう」

「帝国の死神」は、今や一人の「最強の過保護な父親」として、親友である皇帝を最大の警戒対象に見定め、戦略的な隠蔽の準備を始めるのだった。

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