黄金の瞳の記憶
それは、今でも時折、雪の降る夜に思い出す記憶。
三歳の冬、エレーナは「母様は遠いお空へ行った」と聞かされた。馬車の事故だった。
まだ幼かったエレーナは、泣き崩れる父・ロイス伯爵の膝にしがみつき、その時初めて無意識に能力を使った。父の視界と共有し、彼の深い悲しみを、自分のことのように感じ取ったのだ。
「……父様、泣かないで。エレーナがずっとそばにいるわ」
父は、その時黄金色に輝いた娘の瞳を「なんて美しく、優しい瞳なんだ」と抱きしめてくれた。
伯爵家の使用人たちも、不思議な力を持つエレーナを「天使の贈り物」「家の守り神」と呼び、誰もが彼女を愛していた。エレーナが瞳を光らせて探し物を見つけたり、悲しんでいる人の心を癒やすたび、屋敷は温かな笑顔に包まれていた。
――けれど。その温もりは、継母イザベラがやってきたあの日から、音を立てて崩れ去った。
「まぁ、可愛らしいお嬢様。私が本当の母親の代わりになりますわね」
父の前で、イザベラは聖母のような笑みを浮かべていた。連れ子の義妹も、初めは人懐っこい妹を演じていた。
だが、父が仕事で屋敷を空けた瞬間、その仮面は剥がれ落ちる。
きっかけは、エレーナが義妹のために、能力を使って失くしたブローチを見つけてあげた時だった。
「――見てしまったわ。その、気味の悪い目」
イザベラの声は氷のように冷たかった。
それまで優しかった彼女の瞳に、明確な「嫌悪」と「恐怖」が宿ったのを、エレーナは見逃さなかった。
それ以来、父がいない時間は地獄へと変わった。
エレーナは食事を抜かれ、義妹のお下がりばかりを与えられた。
「化け物の血がうつる」という身勝手な理由で、イザベラはエレーナを暗い納戸に閉じ込めるようになった。
「お嬢様、これを……!」
密かにパンを運んでくれたり、エレーナを庇い続けてくれた古参のメイドたち。
しかし、彼女たちも一人、また一人と「不祥事」を捏造されて解雇されていく。
代わりに入ってきたのは、イザベラに忠誠を誓い、エレーナを「化け物」と蔑んであざ笑う、冷酷な使用人たちばかりだった。
実の父の耳に届くのは、イザベラが作り上げた「エレーナ様は最近、亡き母様を想って部屋に引きこもりがちなのです」という嘘ばかり。
エレーナの黄金の瞳は、愛を分かち合うための光から、自分に向けられる悪意を鮮明に映し出すだけの、呪わしい鏡へと成り果てていた――。
鏡の中に映る自分は、日に日に幽霊のように透き通っていった。
頬はこけ、手足は枝のように細くなり、大好きだったドレスはどれもぶかぶかで肩からずり落ちる。
「……お腹、すいた……」
お父様がいる夕食の席。目の前には、亡き母が好きだった香ばしいローストビーフや、湯気を立てるスープが並んでいる。
けれど、私の皿に盛られているのは、継母が「消化に良いから」と微笑みながら差し出す、味のしない薄いお粥がほんの数口分だけ。
「エレーナ、本当にそれでいいのか? もっと肉を食べなさい」
「……はい、お父様。でも……」
言いかけた私の足の下で、継母の靴先が、私の細い足首をギリリと踏みつけた。
声にならない悲鳴が喉で止まる。
「あらあなた、無理をさせてはダメですよ。エレーナさんは最近、亡きお母様を思い出して悲しにくれているみたいで、食欲もないみたいで、食べてと言っても中々食べてくれませんの。無理に食べて戻してしまっては大変ですわ!」
「そうなのか……? それは心配だ!体だけは大切にしないといけない!けど無理して食べて欲しいが、、、あとで医者を呼びなさい。」
「あとでみてもらうことにしますわ。」
お父様は継母の話を真面目に信じてしまい、話は終わってしまった。
実際には、お父様がいない時間は一滴のスープすら許されず、台所の残り物を漁ろうとすれば、継母のメイドたちに「化け物の分際で」と汚水をかけられる毎日だというのに。
能力を使えば、継母の頭の中にある『このまま衰弱死すれば、病死として処理できる。そうすればこの家の財産はすべて私と娘のものよ』という、おぞましい思考が黄金の瞳に流れ込んでくる。
視える。視えてしまうのに、救いがない。
空腹と絶望で、視界がチカチカと火花を散らす。
「(助けて……誰か、お父様……お腹がすいて、死んじゃうよ……)」
ついには自力で歩く体力も失い、部屋の隅で丸まる私を、継母はゴミを見るような目で見下ろして言い放った。
「そんなにその目が不気味に光るなら、いっそ一生眠っていなさい。化け物にふさわしい、冷たい場所でね」
そして、お父様が仕事のため長期外交に出発したその夜。
私はついに、薄い部屋着一枚のまま、吹雪の舞う馬車へと放り込まれた――。




