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• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』  作者: ヨォコ
黄金の瞳の覚醒

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ロゼレイドの「牙」とお節介な夜明け

帝都の朝は、本来なら焼き立てのパンの香りと、市場を行き交う人々の活気で始まるはずだった。

しかし、今朝の空気は凍りついていた。

「……パンが、俺が夜通しこねたパンが、砂になっちまった!」

「金貨が鳴らないんだ! 握ると粘土みたいにひしゃげる……偽物だ、詐欺だ!」

市場のあちこちで絶望の叫びが上がり、不安に駆られた民衆が互いの胸ぐらを掴み合う。魔法でも呪いでもない、ただ世界の「当たり前」が崩れていく不気味な侵食。怒号が渦巻き、一触即発の暴動が起きようとした、その瞬間。

「——はーい、皆様そこまで! 喧嘩は禁止! ロゼレイド公爵家特製の『絶対砂にならない魔法のパン』のお届けだよ!」

銀色の閃光が市場の屋根を駆け抜け、広場の中央にひらりと着地したのは、次男ジュリアンだった。彼は能力【瞬刻】をフル稼働させ、乱闘寸前だった男たちの間に割って入った。

「ジュリアン様! ロゼレイドの若君だ!」

「若君、聞いてくれ、うちの売り物が全部……!」

泣きつく店主たちに、ジュリアンは眩しい笑顔でウィンクしてみせた。

「大丈夫だよ。おじさんのパンが砂になったなら、うちのパンを食べればいい。はい、これ、公爵邸の朝食と同じやつ。一瞬で持ってきたからまだ熱いよ!」

ジュリアンの腕には、抱えきれないほどのパンの籠。それをマッハの速度で全店舗に配り歩く。あまりの速さに市場中にジュリアンの残像が溢れ、人々は呆気にとられながらも、手渡されたフカフカのパンの温もりに、少しずつ冷静さを取り戻していった。

そこへ、市場の地面を揺らすような重厚な足音が近づいてくる。

「……そこをどけ。掃除の時間だ」

現れたのは、熊のような巨躯を誇る第5隊長バッシュ。彼はその厳つい顔に似合わず、泣きじゃくる子供の前にそっと膝をつくと、砂になったおもちゃを大きな手で拾い上げた。

「バッシュさん! 僕のお馬さんが……!」

「……泣くな。俺が全部『収穫』してやる。その代わり、次は大切にしろよ」

バッシュが地面に大きな手をかざすと、能力【収穫者ハーベスター】が発動する。それは本来、戦場で敵の命を根こそぎ刈り取る恐ろしい力だ。だが今、彼の影は市場の隅々にまで柔らかく広がり、民衆の持ち物には傷一つ付けず、不気味な砂と変質した金貨だけを、巨大な掃除機のように一粒残らず吸い取っていった。

「わあ、一瞬で綺麗になった! バッシュさんすごーい!」

「……俺はぬいぐるみだ。魔法使いじゃない」

ポーカーフェイスで真顔の冗談を飛ばすバッシュに、街の人々は「また言ってるよ」とクスクス笑い出す。本来なら恐れられるはずの「牙」が、この街では「ちょっと無口で不器用な守り神」として親しまれていた。

「おーい、みんな。盛り上がってるところ悪いけど、お仕事の時間だよ」

市場の時計塔の影からひょっこりと顔を出したのは、第一隊長フェイだ。彼はあやとりをするように【虚空の糸】を指先で弄びながら、不敵に笑っている。

「フェイ様! 現場調査はどうしたんですか!」

後ろから絶叫しながら追いかけてくるのは、侍従のジョエルだ。

「いやあ、ジョエル。そこのお婆さんの荷車が砂になりかけてたから、糸で補強してあげてたんだよ。いいだろ、これくらい」

「いいわけないでしょう! 魔導調査局主席補佐官の仕事は、その『砂の元凶』を特定することですよ! ほら、皆さんに謝って!」

「すみませーん、うちの隊長がフラフラしてて! 皆さん、パン食べて待っててくださいね!」

ジョエルが頭を下げて回る姿に、市場の民衆は「いいんだよジョエル、いつものことだ」と温かい声をかける。ロゼレイドの騎士たちは、民にとって恐れる対象ではなく、日常を守ってくれる最高の隣人だった。

一方、その頃の王宮。市場とは対照的な「冷気」が立ち込めていた。

「……陛下。混乱に乗じて私服を肥やそうとした貴族が三名、間者が二名。すべて『生け捕り』にしました。ゼノが現在、地下で彼らの『影』を縫い付けています」

長男アルベルトが、眼鏡を指で押し上げながら冷徹に報告する。彼の能力【並列思考】は、王宮内の全通信をリアルタイムで監視し、一通の不審な信号も見逃さない。

「……早いな。まだ騒動から二時間も経っていないぞ」

皇帝が苦笑する。ヴィンセント相談役(父)は、重厚な椅子に深く腰掛け、黄金の瞳を光らせた。

「アルベルト、街の状況は」

「ジュリアンとバッシュが現場を完全に掌握しました。公爵家の備蓄金による金貨の交換も開始。民の信頼は揺らいでいません。むしろ『やっぱり困った時はロゼレイドだ』と評価が爆発しています」

「ふん、当然だ。私の庭を汚す奴には、最高に高くつく授業料を払わせてやる」

ヴィンセントの口角が、残忍な、けれどどこか楽しげに上がった。

そこへ、邸を守る双子の隊長、リアンとシオンから通信が入る。

「「閣下! 邸の周囲に不気味な砂の霧が発生! でも大丈夫っス! 僕たちの【ミラー・ゲート】で、砂も不安も、全部まとめて『お隣の嫌味な伯爵家』の庭に転送しときました!」」

「……お前たち、やりすぎだ。まあ、許可する」

帝都の朝が、完全に明けた。

朝日が照らし出す市場には、砂に負けず笑い合い、フカフカのパンを頬張る民衆の姿があった。

「ロゼレイドの旦那たちが来たなら、もう安心だ」

「ああ、あの人たちはいつだって、俺たちと同じ目線で怒って、笑ってくれるからな」

不気味な侵食を、ただの「迷惑な悪戯」に変えてしまう、お節介で温かな騎士たちの朝。

「よし、お腹がいっぱいになったら次は犯人探しだ。ジョエル、行くよ」

「はいはい、置いていかないでくださいよ!」

フェイが地下への入り口を見据え、ジョエルが文句を言いながらも剣を帯び直す。

ことわりを書き換える不気味な影を追い詰めるため、ロゼレイドの「牙」たちが、本格的に動き出した。


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