静かなる侵食と「牙」の招集
執務室の扉を開けると、ヴィンセントを中心に、長男アルベルト、次男ジュリアン、そして幹部のバッシュ、ゼノらが、重苦しい沈黙の中で机を囲んでいた。
机の中央には、一人の王宮騎士が顔を真っ青にして膝をついている。
「……報告を続けろ」
ヴィンセントの低い声が、部屋の温度をさらに数度下げた。
「はっ! 一時間前、市場にて商人が落とした金貨が『鳴らなかった』ことに端を発しました。調べたところ、市場に流通している金貨の一部が、見た目は本物なのに、落としても音がせず、握ると粘土のようにひしゃげる『偽物』に変わっていたのです!」
フェイが机の上の金貨を手に取り、床に落とした。
――ボフッ。
金属とは思えない、湿った土のような音が響く。
「……魔力反応はゼロ。魔法ではない。ただ自然に、そこにある物の『本質』だけが書き換えられている」
アルベルトが眼鏡を指で押し上げ、冷ややかに断じた。
「王宮はなにが起きてるか分からずパニックだ。……父上、これはただの盗難やテロではありません。何者かが帝国の『理』を塗り替えようとしている。……我々が動くしかありません」
ヴィンセントがゆっくりと立ち上がり、壁に掛けられた剣を手に取った。
「……よかろう。ロゼレイドの牙を解き放つ。配置を命ずる!」
⚔️ヴィンセントの号令の下、精鋭たちがそれぞれの戦場へと振り分けられた。
「私とアルベルトはこれより王宮へ乗り込む。無能な騎士団を私の管理下に置き、混乱を抑える。アルベルト、お前の【並列思考】で、この騒動に乗じて不審な動きを見せる貴族をすべて洗い出せ。ゼノ。お前は影に潜み、王宮内に紛れ込んだ不純物を始末しろ」
「承知いたしました、父上。夜明けまでに王宮のゴミ掃除を終わらせます」
「……御意」
「フェイ。お前はジョエルを連れて市場の現場へ向かえ。【虚空の糸】を張り、この『性質の書き換え』がどこから始まっているのか、因果の糸を辿れ。犯人の尻尾を掴むのだ」
「了解。この不気味な手品を解明してみせます」
「バッシュ、お前は能力【収穫者】で、街中に散らばった『砂に変わった物』を一つ残らず回収しろ。証拠を民衆の目から隠せ。そしてジュリアン。お前は【瞬刻】をもって不審者などをマッハの速度で無力化し捕まえろ。そのまま警戒にあたれ!家の騎士団と黒鴉を使え!」
「任せてください。……エレーナに、砂の混じった空気なんて吸わせたくありませんからね。全部斬り捨ててきますよ」
「クラウス、お前が邸に残って指揮を執れ。リアンとシオン、邸全体に認識阻害の結界を最大出力で張れ。ここを外界から完全に隔離し、エレーナに微塵も不安を感じさせるな」
「「了解っス! お嬢様を驚かせる奴は、ズッコケさせて捕まえます!」」
「……行け。夜明けまでに、この帝都の『色』と『音』を取り戻せ」
ヴィンセントの号令と共に、男たちが一斉に闇へと溶けるように消えていく。
地下の馬車庫から、漆黒の馬車が二台飛び出した。
一台は王宮へ、ヴィンセントとアルベルトを乗せて。
もう一台は市場へ、フェイとバッシュを乗せて。
そして屋根の上を、次男ジュリアンが風を切り、マッハの速度で駆け抜けていく。




