5 もしかして今夜
デート当日、十二月中旬だというのに気温は十四度近くあり、数日前にふり積もっていた雪がすっかりとけていた。
これならバイクで行ける。幸先の良さに口元が緩んだ。
麗奈の住むアパートに早めに迎えに行くと、彼女は既に外に立って待っていた。 白のダウンコートにジーンズといった、デート内容に合ったカジュアルコーデ。
エレガントな彼女はもちろん美しく好ましいが、スポーティーなスタイルもまた魅力的だ。
麗奈をバイクの後ろに乗せ、途中、道に迷いながら目的地に到着した。
実のところ、道はわざと間違えた。
豪快なホームランをみせて株をあげようと、昨晩ひそかに秘密特訓をしに、この場に来ていた。
久々の運動で全身筋肉痛だったが、デートの間、服を脱ぐ行為に至るチャンスがいつ訪れるのかは予測不能なため、万全を期して湿布を貼るのは我慢した。
「私、打てるかなぁ」
麗奈は不安げな顔をしている。バッドの持ち方から手取り足取り教えなければならないのだろうが、これっぽっちも面倒とは思わない。
むしろ教えている間の身体の距離感を想像するだけでわくわくした。
打席に入る前、内股でストレッチをしている麗奈を残して自動販売機に走った。
麗奈から見えない位置に隠れて、腰や肩を入念に伸ばす。
温かいカフェオレを二つ購入して早足に戻ると、ベンチに麗奈の姿がなく、辺りを見回した。すると、近くから小気味よい音が聞こえた。
音の方に目を遣ると、百二十キロの打席に麗奈が立ち、ピッチングマシンから飛び出してくる速球を、フルスィングでかっ飛ばしていた。
え、野球部?
ボールの行き先と麗奈の視線は、ホームランの看板パネルを向いている。むしろ手ほどきを受けたい完璧なフォームだ。
運動などしなさそうな、上品な美人さんのイメージをことごとく壊していくギャップに、どんどん惹きこまれていった。
その後も週末毎に会うようになり、ボーリングや映画、遊園地などのデートを重ねた。
四回目の食事デートの晩にアパートまで送ると、「お茶でも」と部屋に誘われた。
彼氏がいないのは確認済み。
フリーの美女が部屋で二人きりになりたいと願う理由は、こちらが常に準備万端であった欲望と同じだろうと推測できる。
麗奈は前を歩き、二階に続く階段をのぼっていく。
くびれたウエストや引き締まった足首を背後から眺めながら、お茶だけなはずがないと勝手に盛り上がり、やぶけそうに鼓動をうつ心臓を、服の上から手でおさえた。
玄関を開けてすぐ右手にキッチンがあり、奥は十畳ほどのワンルーム。白と薄いピンクで統一された女の子らしい部屋で、大きな花柄のシーツでメイキングされたベッドを見た途端、緊張のメーターがマックスを振り切った。
白い布地の二人掛けソファがあり、どちら側に座ってよいかを迷って突っ立っていると、グラスと赤ワインの瓶を手にした麗奈が、ソファに向かって左側に座った。
ぎこちない動きで麗奈の隣に腰をおろし、足をそろえて自分の膝に両手を乗せた。
緊張と興奮で、飲んだ酒の酔いが回っているのか冷めているのかも分からない。
ただただ、まだ温まっていない部屋の中で身体が汗ばんでいくのを感じながら、グラスに注がれるワインを凝視していた。
乾杯後、一気にグラスをあおりたいほどに喉が渇いていたが、酒の力で勢いづこうとしていると勘繰られては困る。
ワインを少量口に流して、静かに深呼吸をした。
内側からせっついてくる男の本懐に従えば、きっと失敗してしまう。ここは慎重にことを運ばなければならない。
談笑しながら、互いが醸し出す空気に、わずかな緊張が混じっているのを感じていた。
こちらは部屋に入る前から、性への欲求で全身埋め尽くされているが、それは多少なりとも麗奈の方にもあるのではないだろうか。
彼女は、笑い転げながら時折寄りかかってきたり、いたずらな視線で下からのぞき込んできたり、どこから見ても隙だらけだ。もはや隙しかない。
それが無防備な性質からか、純粋に俺が絶大な信頼を得ているからなのかは判然としないが、つい、自分寄りの答えへと導かれてしまう。
麗奈の話は一向に耳に入らず、てきとうな相槌を打っているうちにワインが一本空いた。
「あらら、なくなっちゃった」
頬をピンクに染めた麗奈が笑った。
いよいよ選択の時だ。紳士を気取って帰るか、酔いつぶれたふりで宿泊モードに持ちこむか。空いたグラスをテーブルにゆっくり置きながら自身に問い掛ける。
麗奈の方を向き、長い睫毛がまたたく大きな目を見た瞬間、すぐに答えがでた。
二択は吹き飛び、右手で麗奈の頭を引き寄せて、その場でキスをした。
瞬間、麗奈のやわらかな唇が硬くなった。
緊張が唇から伝わってきたが、五秒ほどたつと、あたたかいマシュマロのように、ふっくらとした柔らかな唇に戻った。 それをゴーサインととらえ、麗奈の頭と腰に手を回して、ゆっくりと押し倒した。
抵抗の意志がないことは、やや協力的に倒れていく麗奈の力加減で察した。
ベッドに移動するのももど かしく、その場で首筋に唇をはわせた。
一目ぼれから始まった彼女と、晴れて恋人関係となり、まず見えた彼女の一面は、極度の寂しがり屋の顔だった。
職場が共に土日休みで、金曜と土曜は毎週泊まりに来るようせがまれた。もちろん異論はない。むしろ嬉しい申し出に彼氏としての実感が湧き、相当に浮かれていた。
いつも定時あがりの麗奈とは違い、俺の職場は残業が多い。
同僚との飲みは大概、その日の流れで決まる。そのため、麗奈との時間が週末限定である形式はありがたかった。
稀に、平日にもお呼びがかる。
そういう時の麗奈は、仕事や人間関係の悩みで落ち込んでいる日で、グチ聞き要員としての呼出しだった。そんな都合の良い男扱いは、相手が麗奈でなければ理由をつけて断っていただろう。
自分でも不思議だが、急な呼出しや我儘にも腹は立たず、笑顔や泣き顔、寝顔やへそを曲げた顔、彼女の全てが愛おしくてしかたがなかった。
蓋を開けると、なかなかのハイレベルかまってちゃんで、はじめは、全ての土日を空けておかなければならない不自由さを懸念していたが、その束縛により、他の男の影におびえる心配が取り除かれ、精神的にはかなり潤っていた。




