3 ほしい
付き合って半年になる麗奈とは、会社帰りに寄った居酒屋で偶然出会った。
俺の勤め先は、従業員千人を超える総合電気メーカー会社で、金曜日の夜となれば、見知った顔が駅前の同じ居酒屋に揃う。
麗奈と出会うより少し前に、「田口 進」という男が同じ部署に異動してきた。
歓送迎会の時、ススムが同じ学び舎で小学校を過ごした関係だと判明し、その日を境に距離が一気に縮まった。
懐かしさで盛り上がり、子供の頃に呼び合っていた「ススムッチ」「タカシッチ」とバカ騒ぎしながらジョッキを鳴らし、それからは月に二、三度飲みに行く仲となった。
大粒の雪が降りしきる寒い夜。
いつもの居酒屋でススムと飲んでいると、ススムが向かいの席に向かって「おおっ」と手をあげた。
振り返ると、見知らぬ女性が二人座っていた。
そのうちの一人と目が合った瞬間、胸がバクンと大きな音をたてた。
テレビドラマ主役級の美女が、オレンジ色のカクテルグラスを片手に、上品に微笑んでいた。
襟元のドレープが印象的な白いブラウス、下はテーブルで見えないが、きつめのタイトスカートを期待してしまう色気を放っている。
エレガントなブラウンの長い巻き髪に、洗練された濃すぎないメイクで、余裕のある美しさを醸し出していた。
年齢は二十代前半だろうか。もう一人の女性の顔を瞬時に忘れてしまうほど、顔がドストライクのその美女が網膜に焼きついた。
胸をときめかせたその瞬間が、麗奈との出会いだった。
ススムは二人と知り合いらしく、一緒に飲もうと誘った。
高志は、女性たちがテーブルを移動してくる間に、さりげなくネクタイをなおし、脂が浮き出ていそうな鼻の脇や額を、素早く手で拭った。
ほのかな香水のかおりを放ちながら、麗奈が隣に腰をおろした。
期待どおりのタイトなミニスカートだ。
喉元にせりあがってきた興奮をごくりと飲みこんだ。
女性は、二人ともひとつ上の二十五歳だった。
麗奈は聞き上手でよく笑い、来る料理はさりげなくとりわけるなど、よく気が利いた。
かなりの好印象からスタートを切ったにもかかわらず、第二印象、第三印象と、情報が増えていくにつれて、好感が加速度的に上がっていった。
ススムは酔いがまわったらしく、何度も箸を床に落とした。
その都度、ススムの向かいに座る麗奈が拾っていたので、「おまえなー、箸しっかり握ってろよ」と麗奈の代わりに.注意したが、内心ではススムに感謝していた。
麗奈が箸を拾おうと屈む度、スカートがせり上がる。現れた太腿を盗み見ては、自分の心臓が心配になるほどに心拍数が高まり、必死に呼吸を整えた。
麗奈が男にもたらす幸せは、視覚の喜びだけではなかった。
彼女は、席を離れる時にはさりげなく肩に触れ、戻った時には「ただいま」とささやく。
耳朶に吐息がかかり、ぞわりと身を震わせるほどの喜びが背中をなでた。
今夜は、なんと楽しい飲み会なんだ。心の中は、酒と歓喜で酔いしれていた。
男心をくすぐるどころのはなしではない。始終、鷲掴みにしてこねくり回されていた。
気を抜けば持っていかれそうな心と綱引きをしながら、この女はやめておけ、男慣れしている、当然彼氏もいるさ、などと自分に言い聞かせて、うずまく欲望に蓋を閉めて施錠した。
二時間ほど飲んでお開きとなり、形式上、全員でスマホのライン交換をして別れた。
帰りの電車に揺られている時、女性二人からほぼ同時刻にラインが入った。
どちらも、「ごちそうさまでした」の簡単な内容だ。
「どういたしまして」と、丁寧に一人に返信したところで駅に着き、帰宅した。
ベッドに入ってから、まだ返信をしていない麗奈の名を携帯のディスプレイに表示して、じっくりと文章を考えた。
会ったばかりでデートに誘う勇気はない。
時間をかけて考えたが、「今日は楽しかったです。ぜひまた飲みに行きましょう」という無難な文しか作れなかった。
その後、しばらく携帯を意識して起きていたが、返信がないことから、やはり男がいるのだろうという結論に至り、芽生えた気持ちに強制終了をかけた。




