双刻共鳴(ツインクロノ・レゾナンス)
アルトリアの顔色が変わった。
「まずい……! カイン、『刻の銀盤』で結界を!!」
「はい!!でも、あいつは何を.....」
「いいから急いで!!」
カインは今までのどの時よりも焦ってるアルトリアを見て、自身の後ろで気を失っているサリーを絶対に守るという強い意志を込めた。刻の銀盤はその思いを受け取ってか知らずかいつも以上に輝いて見えた。
「クロノ・シールド!」
カインが「クロノ・シールド」を展開した瞬間、銀色の結界が二人を包んだ。しかし、灰色の領域はその結界すらも侵食し始める。銀色と灰色がせめぎ合い、結界に無数の亀裂が走った。
「くっ……! 領域が強すぎる……!」
「アルトリアさん、あれって.....」
信じられないほどの災厄を目の前にするカインはたまらずアルトリアに問いかけた。
アルトリアは苦虫を噛み潰したかの様な顔で答える。
「あの技の名前は灰燼領域。私の先代をこの世から無かったことにした奴の奥義。」
魔術師を睨みながら続ける。
「この領域の中だったら私たちは過去に戻ることができない。何故なら、奴はこの領域内の過去の時間や領域内の物質を永遠に消し続けるから。クロノ・シールドは今の時間を止める技だから使えるけど.....リマインド・スラッシュや私のレトロ・グラードは使えない。」
カインはそんな絶望的な言葉を聞いて一瞬息が止まった。そしてそれに呼応する様にクロノ・シールドにヒビが入った。
慌ててカインは刻の銀盤に魔力をより多く注ぐ。それによりなんとか均衡を保てるようになる。
だがそれも時間の問題だ。すぐに均衡が崩れあの灰に飲まれるのは目に見える未来だった。
「じゃ、じゃあどうするんですか!?こんな中にずっといたら流石にクロノ・シールドが消滅しますよ!!」
アルトリアは冷や汗を流しながらも少し考え、即座に判断を下した。彼女はカインの背中に手を当て、自身の魔力を注ぎ込みながら叫んだ。
「カイン、結界を『攻撃』に転換して! 防御じゃなく、この領域そのものを『過去に戻す』のよ!」
「この領域を、過去に?でも、この領域内の過去を消すんじゃ.....」
「違う。この領域の外の過去を戻すのよ。」
アルトリアは魔力をカインに流しながら続ける。
「確かに領域内では過去は戻せないけど、この領域が展開される前の時間まで、『世界そのもの』を巻き戻すのよ! 膨大な魔力がいるけれど、領域ごと無かったことにできるかもしれない。それしかないわ!」
そんな彼女にしては珍しい希望的な考えを聞き、魔術師は愉快そうに笑った。
「面白い発想だね。でも、領域ごと過去に戻すなんて――君たちの魔力じゃ足りないよ?」
それに応えるように灰がより一層濃くなる。カインはちらっとサリーの方を見たが全く起きる気配がない。
このまま魔力を使い果たして自分たちは死ぬのではないだろうか。そんな悲観的な考えも浮かんできた。
その時、アルトリアの瞳が金色に輝き、歯車の紋章が激しく回転した。
「……なら、私の『存在時間』を代償にする」
彼女の身体が、急速に透明になり始めた。
「アルトリアさん?何を、、、」
アルトリアの身体から、無数の光の粒子が溢れ出した。それは彼女が蓄積してきた「時間」そのもの――数千年、あるいは数万年の存在時間が、魔力へと変換されていく。
「私は……不老不死の存在。だから、私の『時間』は無限に近い。それを使えば――」
彼女の髪が透明になり、甲冑が霞んでいく。まるで彼女の存在そのものが、この世界から消えかけているようだった。
「この領域を『展開される前』に戻せる……!そして、同時に魔術師もこの世から消せる!」
カインの「クロノ・シールド」が、アルトリアの時間を吸収して膨れ上がった。
そして大きな光を発する。カインらには見えないが、外では灰燼領域を覆うように銀色の結界が出現し、どんどん灰色の領域を押し返し始めている。
魔術師の表情が、初めて焦りの色を見せた。
「まさか……自分の存在時間を代償に……!? 君、本気で消滅する気か!?」
アルトリアはカインを見つめ、微かに微笑んだ。
「カイン……あなたと出会えて、良かった。あなたは……私に、忘れていた『何か』を思い出させてくれたから」
彼女の身体が、半分以上透明になっていた。
「ありがとう。カイン。さようなら.....」
アルトリアはより一層透明になる。だが、だがカインは我慢の限界だった。
「ふざけんな!!」
カインは今までにないほど怒った様子で叫んだ。アルトリアは目を開いてカインを見つめる。
「ふざけんな!なんでそんなに消えたがるんだよ。なんでここで終わりみたいな雰囲気出してるんだよ!ふざけんな、なんであんな奴と道連れになろうとしてるんだよ!」
「ふざけてるのはあなたですよ!」
アルトリアもカインに反論するように叫んだ。
「犠牲なしであんなやつを殺せると思うんですか!?そんな甘ったるい考えは捨てなさい!何にも成功するには犠牲がつきものなんですよ!!私一人が消滅するだけでいいんです。そうすればあの極悪人はいなくなり、平和な世が訪れるのよ。私の覚悟もわからずに、そんなことを言うな!!」
そんなアルトリアの悲痛な叫びには、怒り以外にも強い使命感があった。守護者として灰色の魔術師を滅するという役割、そしてこの場にいるカインとサリーを守らなくてはいけない。そんな覚悟が滲み出ていた。
「そんなの知るか!!」
だが、それをなんとなく感じていたカインだが大きな声で批判する。
「!?」
アルトリアは驚きカインのその瞳を見る。その目には甘ったるい考えを持った子供の目ではなく、覚悟を決めた決意のこもってる目だった。
「そんなの知るかよ。なに考えてるかわかんないけど、仲間を信じろよ!そんな俺が信用できないのか?俺を頼れないのか?俺はな、あいつに全部消された時から死ぬなんて怖くないんだよ!それに、もう二度と、もう二度と、失いたくないんだよ。」
カインの悲痛な叫びに、アルトリアは息を呑んだ。
その目には、かつてすべてを失った人間の、血を吐くような絶望と覚悟が宿っていた。数千年の時間を生き、命を数字でしか測れなくなっていた彼女の心に、その痛みが突き刺さる。
そして、不思議なことに彼女はカインの気持ちが苦しいほど分かった。
アルトリアの透明化が一瞬止まる。彼女は自分の手を見つめ、そして――決意を込めてカインの手を握った。
「待って、カイン……私、間違えていたわ」
彼女の瞳から、一筋の涙が流れた。それは数千年ぶりの、本物の感情だった。
「私は……ずっと一人で戦ってきた。誰も信じず、誰にも頼らず。でも、あなたは違う。あなたは私を『仲間』として見てくれた」
アルトリアは魔力の放出を止め、代わりに『刻の銀盤』に手を伸ばした。
「だから――一緒に戦いましょう。私の時間と、あなたの時間を『重ねる』のよ。二人の存在時間を同調させれば、消滅することなく、領域を破壊できる!」
二人はそう決意していると、魔術師は待ちくたびれたとばかりにあくびをした。
「あー、実に感動的な茶番だね。すごくつまんなかったよ。でも、もう時間切れだ」
そしてより一層領域の圧力が強くなる。だが、二人は諦めたりしなかった。
彼女の手とカインの手が重なった瞬間、『刻の銀盤』が激しく輝いた。二人の心臓の鼓動が、完全に一致する。
そしてカインがアルトリアの手を力強く握りしめると、彼女の体が実体に引き戻されたかのように半透明の体から実体になった。アルトリアはそれに驚きながらもふ小さく笑い、刻の銀盤に魔力を注いだ。
その光は神々しく、敵である魔術師も、そしてその光を出している二人もその光に一瞬驚き、そして綺麗だと感じてしまうほどであり、誰もサリーの髪の色が赤色、詳しくは血の赤というよりも、燃え盛る火炎のような、あるいは呪いのような色になってる様子を見てなかった。
「『双刻共鳴』――二つの時を、一つに!」
銀色の光が爆発的に広がり、灰色の領域を粉砕していく。魔術師は目を見開いた。
「そんな……二人の時間を同調させるなんて……!」
「いけーーーーーー!」
そうして灰色の領域を粉砕し、一瞬周りが光で覆われた。そして目を見開くと、そこは瓦礫だらけの街だったところだった。
光が収まった時、二人は瓦礫の山の中に寝転がっていた。魔力の酷使のせいで二人は酷く衰弱している。
灰色の領域は完全に消滅し、魔術師の姿も消えていた。しかし――街は、すでに半壊していた。
サリーの店も、街の賑やかさも、たった一人の魔術師により、安寧な日常は一瞬で失われてしまったのだった。




