バステトの卵な少女、涅槃図におらず
カインの剣が魔術師に迫った――しかし、刃が触れる直前、魔術師の身体が「過去の残像」のように薄れ、攻撃をすり抜けた。
「また同じ手を? 学習能力がないね、カイン君」
魔術師は嘲笑うように指を鳴らした。その瞬間、カインの周囲の地面が灰色に染まり、足元が崩れ始める。
「っ――!」
だが、間髪入れずにアルトリアが即座に「クロノス・スタシス」を発動し、カインの周囲の時間を停止させた。崩壊が止まり、カインは辛うじて後退できた。
だが魔術師は追撃を辞めない。魔術師は灰色の塊を無数に召喚し、それを二人の方に発射した。
「カイン!それにあたってはいけません!避けて!」
アルトリアの叫びが聞こえて、カインは避けようとした。だが次の刹那、
「お母さん、お母さん!!お願いだよ。おねがい。お願いだから、返事をして.....」
瓦礫の影から、母親の冷たくなった手を握って泣き叫ぶ子供の姿が見えた。
いや、その子だけじゃない。魔術師の灰に襲われて、家を失った民衆が無数にいたのだ。
「ふふ。別に避けてもいいよ。彼らもいずれ消す存在だからね!」
「うっさい!お前は黙ってろ!クロノ・シールド!」
カインは魔術師の一言に反応しながらも刻の銀盤を使い結界を張る。
そしてそれにあたった灰の塊はなんとか結界によって何個かは防げたが、続く第二波第三波を防ぐのは不可能だった。灰の塊はクロノ・シールドすら消滅させ、民衆の方に一直線で向かう。
「やば!?」
カインの焦った叫びも気にしないかの様に灰の塊は民衆に直撃.....する前に盛り上がった地面の壁にあたり相殺された。
「全く。時間を操る魔法以外は苦手なんですよ。魔法陣もあまり覚えてないですし。」
そう言いながらアルトリアは無数の魔法陣を出現させ、そこから炎の弾を出して魔術師が立っている目の前の地面に発射した。そしてそれに当たることにより土煙が発生する。
「.....あれで苦手って言えるんだ。俺より全然魔法使えてるけどな。」
時の守護者である彼女と一応ただの人間であるカイン自身の格の差の様なのを見せつけられた感じがして、カインはなんともいえない気持ちになったが、まあ民衆が無事ならいいかとポジティブに考えることにした。
そんなカインの隣にアルトリアが到来し、カインを守るかの様にカインの前に出て、魔術師の方を見ながら叫んだ。
「カイン、正面から斬りかかっても無駄よ! あいつは『攻撃が届く前』に自分を歴史の外に退避させている!」
カインはそれを聴きながらも先ほど自身が守った民衆たちの方を見る。だがそこにはサリーの姿は見当たらない。
アルトリアはその隙にアストラル・クロノスを構え、魔術師を睨んだ。
「私たちは波状攻撃をするわ。あいつが回避できるのはあいつが意識をした時だけ――一方が攻撃をして、それを避けて元の状態に戻った瞬間に攻撃をすれば、あいつに当たる!」
そう彼女が叫んだ瞬間、魔術師を覆っていた土煙が灰の粉塵に覆われ、その中から魔術師が現れた。
「ああ、やっと作戦会議は終わったかい?まあ、何を考えようが無駄だろうが.....」
アルトリアは魔術師の言葉が終わる前に時間を加速させ魔術師に一瞬で近づき、時間を加速させた斬撃を放った。同時に、カインにも合図を送る。
「今よ!!」
カインも自身の時間を加速させて近づき、あえてワンテンポ遅らせて技を放った。
「リマインド・スラッシュ!」
カインの「リマインド・スラッシュ」が発動した瞬間、彼の剣は過去の軌跡を纏い、一撃が三撃、五撃、十撃と無数の斬撃に分裂した。それは時間軸をずらして重ねられた攻撃――回避不可能な必殺の一撃。
アルトリアの時間加速斬撃と、カインの過去重複斬撃が、完璧なほどズレたタイミングで魔術師を挟み込んだ。
「――――っ!」
魔術師はカインの攻撃を杖で止めようとしたが、流石に無数の斬撃を防ぐのは不可能であり、ついに魔術師の身体が初めて「実体」として捉えられた。
彼のローブが裂け、その下から灰色の肌が露わになる。
しかし――魔術師は笑った。
「なるほど、見事だ。」
そう言いながら魔術師は空へ舞い上がる。カインはそれを見ながら魔術師に尋ねた。
「.....おい、お前、ここにいた住民たちはどうした?」
魔術師はカインの声に殺気と怒気が含まれてるのを分かってか分からないでか、その言葉を聞き、面白おかしい様な声で答えた。
「ここの住民?あそこにそれらはいるじゃないか。君が言ってるのは.....あそこでくたばってる少女のことだろう?」
そう言いながら魔術師は杖をあの飯屋の方へ向けた。そして杖をヒョイと上に傾けると、一つの影が飯屋の瓦礫から出てきた。
それは、頭などから血を流して意識を失っているサリーの姿だった。
「サリー!!」
カインはそう叫びながら彼女の方へ向かうが、魔術師はすぐに彼女を見えない引力で宙に浮かせ、自分の目の前に引き寄せた。、じっと見つめた。
「.....へえ、この子宿命通を具え照るんだ。しかもかなり強大なの。そしてそれ以上に魅力的なのはこの年でカイン君の倍以上ある膨大すぎる魔力量。これは上手く育てたらいい駒になりそうだ。」
「宿命通を!?」
アルトリアは驚いたかの様に叫ぶ。
「.....宿命通?」
カインはその単語を聞いて首を傾げたが、アルトリアがあれだけ焦ってるということはそれだけすごいものだろうと思った。
そんな正反対の反応をする二人を見て魔術師は面白おかしく笑った。
「分からなかったのかい?まあしょうがないか。かなり意識が内側に引っ込んでるからね。しかしこれはいい収穫だ。この子に全てを教え.....」
魔術師の言葉が終わる前にカインは限界まで自身の時間を加速させ、魔術師にリマインド・スラッシュを放った。
魔術師は驚いて自身は歴史の外に出て待避したが、サリーを一緒に歴史の外側に移動させることはできなかった。カインはサリーをキャッチし、アルトリアの方へと下がる。
彼女の頭から流れる温かい血が、カインの腕を濡らした。その感覚が腕に染みつき、カインは魔術師に対してはらわたが煮え繰り返りそうなほど憤った。
「何ごちゃごちゃ言ってるかわかんないけど、そんな汚い手でこの子を触るな。このクソ野郎。」
カインの罵声とも言える言葉を聞いた魔術師は、一瞬ピクッと反応したが、すぐにいつものテンションに戻った。
「まあそんな簡単にその子が手に入るわけないか。仕方ない。やはり君たちを処分してからを受け取ろう。」
彼がそう呟き両手を広げた瞬間、周囲の空間全体が灰色に染まった。それは防御ではなく、絶対に避けられない様な攻撃だった。
「『灰燼領域』――この空間では、僕以外のすべてが『過去に戻れない』」
そう呟いた瞬間、カインには音すらも灰に吸い込まれていくような静寂と、色彩が剥がれ落ちていく感覚の様な絶望的な、何かが狂ってる感覚に包まれてしまった。




