灰散消失喧騒再生
「無駄だよ。君たちがどれだけ足掻いても、『存在しないもの』は戻せない。それが――僕の『灰燼還元』、アッシュ・リダクションの絶対法則なんだから」
そう魔術師はつぶやくと、魔法陣はさらに濃くなり、街全体を覆う灰色の雪が、一斉に降り注ぎ、どんどんと街は消滅していく....
(くそ、このままじゃみんな死んでしまう。この都市の住民も、みんなが.....どうする?いや、どうするじゃない。防ぐんだ!絶対に!)
「...やるしかないか!」
カインはそう自分を元気づけながら、なんと過去の刻の銀盤を何本も現在に具現させ、それらにも魔力を加えた。
カインが過去から複数の『刻の銀盤』を召喚した瞬間、空間に亀裂が走った。一つ、二つ、三つ――時間軸の異なる銀盤が、まるで鏡が砕けるように現在に出現し、それぞれが独立した時間修復の力場を展開する。
銀色の光が幾重にも重なり合い、魔術師の灰色の魔法陣と激しく拮抗した。街の時間が、前にも後ろにも進めない「膠着状態」に陥る。建物は崩れかけたまま宙に浮き、人々は灰になりかけたまま動きを止めている。
「――――っ! これは……!?」
魔術師の声に、初めて「驚き」の色が混じった。彼はフードの奥からカインを凝視し、その手に刻まれた刻印を見つめた。
「まさか、複数の時間軸から同一の聖遺物を召喚するなんて……。君、本当に『刻の銀盤』に選ばれただけの人間なのかい? それとも――」
魔術師の身体が、初めて「実体」を持ったように見えた。彼が本気で警戒し始めた証拠だ。
だがそんな無茶をしているカインは限界を迎えようとする。全身がギシギシと痛み、吐き気がしながら意識が朦朧としてくる。
(まずい。意識が.....)
「お兄さん!」
カインの意識が途絶えようとした瞬間、一人の少女が駆け寄り、カインの腕を握りしめた。
そう、カインたちが最初に訪れた店の看板娘の少女である。
「おい、さっさと離れろ...死ぬぞ!」
カインは朦朧とする意識の中彼女を逃がそうと叫ぶ。だが彼女はそれに応じなかった。よく見てみると、左目があるはずのところにはぽっかりと穴が空いており、体にも穴が所々空いている。
「いやだよ!そんなの!あれのせいでみんないなくなっちゃったんだもん!それなのに何もしないんなんて、絶対にいや!」
彼女はそう叫び、カインの腕を弱々しくもしっかりと握りながら彼に魔力を注ぎ込む。彼女の魔力は優しくも勇ましさもあるような魔力であり、カインを通して何本もの刻の銀盤に流れ込んだ。
「なんだ貴様は!?なぜ獣人のくせにそんな魔力量を...」
灰色の魔術師はカインたちの反撃に驚き、一瞬魔法陣に送る魔力が乱れた。
そしてアルトリアはその隙を逃さなかった。彼女はアストラル・クロノスを逆手に持ち、地面に突き立てた。
「――『時空凍結』!!」
剣を中心に、青白い氷の結晶が爆発的に広がっていく。それは物理的な氷ではなく、時間そのものを凍らせる結界。魔術師の動きが、ほんの一瞬だけ――0.5秒ほど鈍った。
「今よ、カイン! 全力で街の時間を巻き戻して!!」
アルトリアは叫びながら、自身の魔力をすべてカインに注ぎ込んだ。彼女の身体が透けるように薄くなる――魔力を使い果たした証。
「いっけーーーーー!」
魔力を何本もの刻の銀盤に注ぎ込み時間が戻っていく。そして元に戻った時、魔術師はいなくなっていた。逃げたのか、それとも飽きたのか。
カインの全力の時間巻き戻しが成功した瞬間、街は完全に元の姿を取り戻した。崩れかけていた建物は再建され、灰になりかけていた人々は何事もなかったかのように日常に戻っている。空に展開されていた灰色の魔法陣も、跡形もなく消え去った。
そして――灰色の魔術師の姿も、どこにもなかった。
カインはどさりと倒れ込む。そして咳をすると血痰が出る。
アルトリアは膝をつき、荒い息を吐いていた。魔力をすべて注ぎ込んだ反動で、彼女の銀の甲冑には無数の亀裂が走り、その身体は半透明に透けている。
少女は彼ら二人に比べたら平気な方だが、それでも息が荒く、膝をついている。
みんながみんな満身創痍だった。
「……逃げた、のか……それとも……」
彼女は震える手で地面を支えながら、空を見上げた。魔術師が消えた場所には、ただ青い空が広がっているだけだった。
「いえ、違う……。あいつは『最初からいなかった』ことにされた……? まさかあいつ、逃げたんじゃなくて、存在の定義をずらしたの……?」
アルトリアはカインの方を見た。彼も満身創痍だ。だが街は――数十万の命は、確かに救われた。
「カイン……あなた、よくやったわ。『刻の銀盤』をあんな使い方ができるなんて……」
彼女は力なく笑い、そのまま倒れ込み、気を失った。
街の喧騒が戻る中、三人だけが動けずにいる静寂が、その場を支配していった。




