静かなる扉に耳を
ただ毎日、静かに扉に耳を傾けて待っている。その時が来るのを。夜も眠れないんだ。いつそれが来るのか分からなくて。いつからだろう、こんな風にただ静かに待って毎日を過ごすようになったのは。最後にカレンダーをめくったのはいつだっただろう。まあそんなことは問題じゃないんだ。なぁ、あんたなら分かってくれると思ってるんだぜ。俺がここに座ってるわけをさ。まあ聞いてくれよ。俺はそこらのクソみたいなティーンエイジャーだった。仲間とマリファナふかしたり、ビール飲んでポルノ映画を観に行ったりするようなさ。本当になんでもない野郎だったんだ。ただ、ある日ふと思ったんだ。このままじゃダメだってな。だから俺は海兵隊に入ることにしたんだ。マリファナも仲間とつるむのもやめてさ、知らない世界に飛び込んでみようって思ったんだ。母親は泣いてたけど、分かるだろ?母親っていつもそうなんだ。俺が何か自分で決めると、やめてくれって泣き喚くんだ。そんなこともううんざりだったんだ。だから飛び出した。軍隊生活は悪くなかったよ。基礎訓練が終わって実務配属になった中隊の仲間はすげえ良い奴らでさ、特にエリー・ボールズって奴とすっかり意気投合して、最高の親友だったんだ。それから3ヶ月後、俺たちはイラクに行くことになった。カルバラーっていうとこに派遣されたんだ。エリーも一緒でさ、毎日クソみたいな中で過ごした。何がクソだったかって?ああ、これだからシビリアンはな。全てだよ。全部だ。ケツから鼻先まで、肥溜めの中にいたんだ。まあ、今さら文句言う気はないさ。タバコ吸っていいか?悪いな。それで、どこまで話したっけ。ああ、そうだ。ありがとう。カルバラーの前哨基地に居たとこまでだったな。
ある日、俺たちは日課の巡回に行った。まああれだよ、よくあるやつさ。映画とかで見たことあんだろ?ライフルを持ってさ、ハジ共に何かお困りじゃないですかー?って聞いて回るのさ。十中八九奴らのお困りごとは俺たちG.I.が奴らの国を闊歩してることだったろうけどね。それで巡回ルートの半分まで来た頃に、エリーがションベンしたいって言い出したんだよ。
基地でしとけよって軽口叩いてさ、エリーはうるせえっつって、空軍の500ポンド爆弾か何かで吹っ飛んでめちゃくちゃになった塀の前で立ち止まってションベン始めたんだ。通りがかったイラク人の女が蔑んだ目でエリーを見てた。奴らからしたら俺らの方が野蛮人だったかもな。いや、恐らく本当に文明を与えられるべきは俺たちだったのかもしれないな。なんてたってイラクってのは文明が産まれた地だからな。俺たちがクソしてた便所だって、4000年前には王宮だったかもしれないんだぜ?それぐらい長い歴史を持つ地だったんだ。ああ、また話が逸れたな。それで、エリーがションベンしてる間に、俺は向かいのアパートをボッーと見てたんだ。そのアパートも爆風で右半分は真っ黒焦げだった。アパートの3階に人が居るように見えたんだが、その時は気にも留めなかった。だってそのアパートには民間人が住んでたんだ。そりゃ人ぐらいいるよなって。なぁ、あの時、俺はどうすりゃ良かったんだろう。その3階にいた奴がRPGをこっちに向けてることに気付いた時には、エリーはションベンを済ませてニヤニヤしながらこっちに向かってた。ションベンで"USA"って書いてやった。って言いながらさ。で、それがアイツの最後の言葉だったんだ。笑えるだろ?俺は今でも思い出すと笑えるね。可哀想なエリー。次の瞬間にはエリーは宙に舞い上がってた。千切れた腕が俺のブーツの上に落ちたよ。即死だった。俺は訳が分からなくなってM16をアパートに向かって撃ちまくった。一緒に巡回してた伍長が俺を押さえ付けるまで、3本もマガジンを空にしてさ。気付いた時にはめちゃくちゃだった。エリーのバラバラになった胴体の腕の付け根からは血が噴き出しててさ。伍長は必死になって無線で救護を要請してた。俺はふとアパートを見てみた。エリーにRPGを撃った野郎は窓から半分身体が出たまま死んでたね。アパートの前には女が血をどくどく流して倒れてた。そうさ、さっきションベンしてるエリーをこんな目で見てた女だよ。俺が撃ち殺したんだと気付くのに時間はかからなかった。なぁ、それっきりなんだよ。イラクも、軍隊も、俺の人生も。それっきりなんだ。海兵隊は俺の頭がイカれちまったと判断して、インチキのカウンセリングだよ。それで退役軍人病院で藪みたいなドクターに薬貰ってさ。そんなもの必要ないって言っても聞かないんだ。それから何があったかはまるで思い出せない。
とにかく、それから毎日この調子なんだ。
だからあんたが来てくれて嬉しかったよ。なぁ、聞こえるか?扉の向こうで誰かが呼んでんだよ。俺の名前じゃない。でも、きっと俺が呼ばれてるんだ。怖くなんかないさ。ほら、見えるだろ?俺の右手にしっかりと握られた45口径がさ。こいつがあるから俺は怖くなんかないんだ。だからここにこうして座っていればいいんだ。ほら、あんたにも聞こえるだろ?どんどんデカい声になってきた。そろそろだな。ちょっと手が震えるけど、それは恐れなんかじゃないんだ。嬉しいからなんだよ。俺にとっての門出なんだ。俺はあんたにただ祝って欲しいんだ。嫌なら別にいいさ。とにかく俺はこの時を待ってたんだ。だから静かにマガジンを込めて、セーフティを外すんだ。スライドを引いて、薬室を確認するんだよ。こうやってこめかみに銃口を押し当ててさ。そう。あんたはただそうやって見ていてくれれば良いんだ。それだけで十分さ。さあ扉が開くぜ。引き金を引く。ようこそ...




