何年も経って
## 雨粒が建築事務所のガラスカーテンをたたき、まるで無数の細い針が室内の暖かさを窺い探っているようだ。二十七歳のLee Geum-jungはパソコン画面のCAD図面を見つめて眉を寄せ、指先は無意識にキーボードの縁をなぞっていた——そこには薄い褐色のシミがあり、湿った指で何度も押されたような形をしていて、三年間洗っても取れなかった。
事務室には彼一人だけが残っていた。中央空調の吹き出し口から微かなヒューヒューとした音が漏れ、湿った冷気をあらゆる角落に送り込んでいた。湯を汲みに立ち上がり、同僚のデスクを通り過ぎる時、よく育ったポトスの鉢植えが目に入った。垂れ下がった葉が気流に轻轻かに揺れ、忘れかけていたある午後を突然思い出させた——太陽の光がシダの葉の隙間を透過し、床に細かい光の斑点を投げていた光景だ。
「また残業？」警備員のおじさんが巡回中に通りかかり、ガラスドア越しに手を振ってきた。Geum-jungは首を振り、指先にはステンレスのコップの冷たさが残っていた。エレベーターホールの鏡に自分の姿が映り——濃いグレーのスーツを着て、ネクタイもきちんと締めているが、眼下の青黒だけが長年の不眠の秘密を漏らしていた。
彼はもう長い間、灰青色の顔の夢を見なくなっていた。あるいは、夢の内容を憶えていないのだ。朝目を覚ますといつも頭が割れるように痛く、シーツの上には深褐色の髪が数本散らばっている——自分の髪ではなく、質感が粗く硬く、某种植物の繊維のようだ。精神科医はこれを幼少期のトラウマによるストレス反応だと言い、透明な錠剤を処方してきたが、飲むたびに緑色の液体を飲んでいるような錯覚に陥る。
机の上の携帯が震えた。事務所の共同代表からのメッセージだ：「明日の午前中、ゴシック様式の古い邸宅の現場に行って。歴史顧問が対応に来ます。」添付された写真には、コケに覆われた石垣にゴシック様式の窓があり、雨天の中では固まった傷のような尖ったアーチの形をしていた。Geum-jungは画面に指を長く置いた。この窓が莫名に心を騒がせ、どこかで似た輪郭を見たような気がした。
午前二時、ガラスカーテンの外の街は眠りについていた。Geum-jungが図面を保存しようと上を向いた瞬間、自分の倒影の隣にぼんやりとした輪郭が映っているのを見た。自分より背が高く、肩幅も広く、少し首をかしげてパソコン画面を見ているようだ。
心臓が骤然収縮した。猛地と振り返ると、窗外にはただ濡れたネオンの光があり、ガラスの上をカラフルな水痕となって流れていた。だが振り返ると、その輪郭は依然として倒影の隣に貼りついており、さらに手を上げてガラスを轻轻かに指差した——そこはちょうど図面のゴシック邸宅の位置だった。
Geum-jungはガラスに手を当てた。冷たい触感が指先から伝わってきて、幼少期の寝室の窓台の露のようだ。少し後ろに下がると、倒影の中の輪郭も一緒に後ろに下がり、口角が上がってぼんやりとした弧度を作っているように見えた。携帯が突然点灯し、共同代表のメッセージが追加された：「忘れていたけど、歴史顧問は高さんで、ベンセイングループの旧跡についてはよく知っています。」
「ベンセイン」という二文字が氷の槍のように太陽穴に刺さった。Geum-jungは机の縁に手をついて立ち直り、頭の中にはバラバラな断片が閃いた：緑色の霧、白いローブ、絡まったつる……そしてぼんやりとした少年の姿が、クスノキの木の下で手を差し伸べている——掌の温度が火のように熱かった。
これらの断片はいつも雨天になると格外に鮮明になる。引き出しを開けると、さびた鉄の箱が入っていた——引っ越しの時に古い家のクローゼットの奥から見つけたもので、中には数枚のクレヨン画がある。その一つには青色の大きな顔が描かれ、その横にはゆがんだ文字で「呼吸するガラス」と書かれていた。紙の端はすでに黄ばみ脆くなっているが、雨天になるといつも湿った濃い色がにじみ出て、裏から誰かが水をかけたようだ。
ガラスカーテンの倒影はいつの間にか消えていた。Geum-jungはその空白を見つめ、突然運搬業者の言葉を思い出した：「あのマンションは以前事故があったんですよ。子供が窓の外に何かがあると言い続けて、後で療養所に入れられたんです。」当時は気にしなかったが、今となってはその子供の姿が、自分の姿と重なっているように感じた。
翌日の朝、雨は依然として降り続けていた。Geum-jungは郊外のゴシック邸宅に車を運転して向かい、ナビゲーションが「ベンセイングループ旧跡」を通過すると提示すると、無意識にハンドルを握り締めた。車窗の外からは廃棄された工場の跡が掠れ、灰色の塀には深緑色のつるが這いついて、雨天の中で無数の手が揺れているようだった。
邸宅は写真よりもさらに陰鬱だった。尖った屋根の塔が濃霧の中でぼんやりと見え、石垣のコケはつややかな緑色に輝き、某种生物の粘液のようだ。入り口には黒いフェンチコートを着た男性が立っており、背を向けて彫刻の入った木製のドアの写真を撮っていた。足音を聞き、男性は振り返ってきた。手にはまだカメラを持っていた。
目が合った瞬間、Geum-jungの呼吸が一瞬止まった。
男性は背が高く、肩のラインが流れるように美しく、濡れた黒い髪が額前に貼りつき、つややかな額を露出させていた。左目の下に小さな痣があり、笑うと少し上がって、固まった墨のしずくのようだ。最も心を打ったのはその目だ——霧の中で水に浸かった黒曜石のように驚くほど輝いていて、記憶のクスノキの木の下の少年の姿と重なった。
「Lee Geum-jungさん？」男性が先に話しかけた。声は想像以上に低く、湿った霧のような質感があった，「Ko Yong-eungです。今回の歴史顧問をさせていただきます。」
Geum-jungの喉仏が動いたが、声が出なかった。Yong-eungは手を差し伸べてきた。虎口には淡いピンク色の傷跡があり、記憶の位置と一厘も違わなかった。「長いことですね。」指先には雨の冷たさが残り、Geum-jungの手の甲に轻轻かに触れた——羽根が落下するようだ。
「長いことです。」やっと声を取り戻し、指先にはその冷たさが残っていた。Yong-eungの手首の内側に、淡い青色の胎記がうっすらと見えるのを注意した——丸まったシダの葉の形をしていた。
Yong-eungの視線が彼のブリーフケースに落ち、口角が弯がった：「こんなところで会うとは思いませんでした。リノベーションプロジェクトを担当しているんですか？」
「ええ。」Geum-jungは視線をそらせ、ゴシック様式の窓を見た，「ベンセイングループの旧跡について研究していらっしゃるんですか？」
「そうですね、一応。」Yong-eungはカメラを収納し、フェンチコートの裾が石段の水たまりに掃かれた，「この邸宅は以前ベンセイングループと関わりがあって、1998年の実験体たち……」突然話を止め、霧の中で目をきらめかせた，「Geum-jungさんが子供の時住んでいたアパートは、この近くにありませんでしたか？」
Geum-jungの心臓が猛地と跳んだ。この問いが鍵のように、記憶の奥の某个角落を開けた。路地裏の水たまり、ビニールシートの下のシダ、緑色の霧……そしてYong-eungのお爺ちゃんが連れて行かれた時の、神采を失った眼を思い出した。
「あまり憶えていません。」無意識にブリーフケースに手をやった——中にはそのクレヨン画の箱が入っていた，「引っ越したのが早かったです。」
Yong-eungは笑って、追及しなかった。彫刻の木製ドアを押し開けると、霧の中できしみ音が格外にはっきりした。「中に入って見ませんか？」空っぽの玄関ホールで声が反響した，「ここのステンドグラスは、雨天になると人の顔が映ると言われています。」
邸宅の内部は外観よりもさらに陰鬱だった。天井が非常に高く、さびたシャンデリアが下がっていて、まるで吊るされた死体のようだ。壁の壁画はすでに剥がれ落ち、宗教的なテーマであることがわかるが、天使の顔はコケに覆われ、黒い穴のような眼窝だけが残っていた。
「1920年代には、ここは教会学校でした。」Yong-eungの声が低く、祈りを捧げているようだった，「後にベンセイングループに買収され、実験基地に改造されました。」階段の转角にある小さなドアを指した，「そこは以前は文書室で、1998年の記録がまだ残っているらしいです。」
Geum-jungの視線はドアの模様に引き寄せられた——三角形の枠の中に、絡まったつるが刻まれ、その先端には怪しい果実が結んでいて、巨大な眼のような形をしていた。「この模様は……」指先がやっとドアに届きかけた瞬間、Yong-eungに手首を掴まれた。
「触らないで。」Yong-eungの掌は熱かった，「この上には胞子が残っています。ベンセイングループは当時、コケを培地に使って実験をしていたんです。」ポケットから手袋を取り出した，「つけてください。安全です。」
ゴム手袋の触感が、幼少期のビニールシートを思い出させた。Yong-eungが手袋をつけてあげる時、指先が時折手首に触れ、まるで何か暗号を伝えているようだ。「こういったものが怖いんですか？」突然問いかけてきた。目が非常に近く、まつ毛の上の水滴まで見えた。
「ちょっと。」Geum-jungは顔をそらせ、ドアの後ろの陰から石の隙間にシダの植物が生えているのを見た。葉の褐色の斑点は薄暗い光の下で無数の眼のようだった，「子供の時、植物にアレルギーがありました。」
Yong-eungの笑い声が低く、胸腔から発せられるようだった。「憶えていますよ。」ドアを押し開けると、天窓から差し込んだ光の柱の中で埃が舞っていた，「Geum-jungさんはいつも、ポトスの葉は手のようだと言って、気づかれない間に近づいてくると言っていました。」
この細かい記憶が、Geum-jungの心拍を一瞬乱した。自分だけが憶えていると思っていたのに。文書室にはカビの臭いが充満し、幼少期のアパートの臭いと一緒だった。鉄製の棚には牛皮紙のファイル袋が積み重ねられ、ラベルのほとんどがかすんでいるが、一番上の数枚には赤いペンで「1998」と書かれていた。
「探してみましょう。Geum-jungさんの家のアパートについての記録があるかもしれません。」Yong-eungの指がファイル袋を轻轻かになぞった。壊れやすいものを撫でているような動きだ，「住所は青藤巷37号だったと思いますが、そうですか？」
Geum-jungは首を振り、指先が少し震えた。「青藤巷」と書かれたファイル袋を取り出すと、湿気を含んだ紙の音が某种ささやきのようだった。中の文書はほとんど黄ばんでいるが、写真のアパートは雨天の中で格外に陰鬱で、壁の水漏れの跡が怪しい模様を作っていた。
「見つけました。」Yong-eungの声に気づかれないほどの興奮が混ざっていた。病院のカルテの記録を指した。上には白黒の写真が貼られている——女性は病院着を着て、目は白い靄に覆われたように濁っているが、口角には怪しい笑みが浮かんでいた。「金順愛、1998年に幻視で入院。息子は窓の外に「水でできた顔」を見ると主張していた。」
Geum-jungの呼吸が突然止まった。
写真の女性の眉目は、母親のそれとそっくりだった。特にその眼は、白黒写真の中で青灰色に輝き、鏡に見た自分の眼と驚くほど似ていた。文書の中にはクレヨン画も挟まっていて、青色の大きな顔の横に、ゆがんだ文字で「お母さんはこれは水の霊だと言う」と書かれていた。
「これは……」声が激しく震えた，「私のおばあちゃんです。」
Yong-eungの手が轻轻かに彼の肩に置かれた。フェンチコートを透過して伝わる温度が、幼少期の雨天の抱擁のようだった。「お爺ちゃんの日記に、彼女のことが書かれていました。」声が柔らかかった，「ベンセイングループの初期の実験体の家族で、松果体が異常に敏感で、胞子による幻覚を見ることができたということです。」
「幻覚……」Geum-jungはそのクレヨン画を見つめ、突然鉄の箱の中の画紙を思い出した，「それで私が見たのは……」
「遺伝か、あるいは胞子に接触した可能性があります。」Yong-eungの指が文書の「ベンセイングループ」の印章に停まった，「彼らは当時、これを研究していました。植物の胞子を使って特定の幻覚を誘発し、実験体にいわゆる「奇跡」を見せるんです。」振り返ってきた。薄暗い光の下で目が驚くほど輝いていた，「工場に行く約束をしたこと、憶えていますか？」
Geum-jungの頭の中にはバラバラな断片が閃いた：緑色の霧、白いローブ、お爺ちゃんが薬剤を注射される時の平穏な顔……そしてYong-eungの手が、自分の手首をしっかり握り締めて「彼らのことを暴かないと」と言っていた。これらの記憶は水に濡れた紙のように模糊だが、鋭い痛みを伴っていた。
「少しだけ憶えています。」声が低かった，「後で……」
「後でGeum-jungさんが引っ越しました。」Yong-eungの視線が彼の手袋に落ちた，「家に行ってみましたが、空の部屋とバルコニー一面のシダの植物だけが見えました。」突然笑って、左目の痣が少し上がった，「当時は、Geum-jungさんが那些植物に攫われてしまったのかな、と思いました。」
この言葉でGeum-jungの背中に冷気が走った。引っ越した日、鉄の箱のクレヨン画から突然濃い色がにじみ出て、裏から誰かが長い間泣いていたようだった。運搬業者が「事故があった」と言っていたのは、おばあちゃんの病気と、胞子によって変わった隣人たちのことだったのだろう。
「この間、お元気でしたか？」Yong-eungの声が突然柔らかくなり、霧の中で溶ける雪のようだ。
Geum-jungは彼を見つめ、突然自分がずっとYong-eungの姿を憶えていたことに気づいた。クスノキの木の下の白いシャツ、ライターの太陽の刻み目、タバコの箱の乾いたシダの葉……これらの断片は一度も本当に消失したのではなく、記憶の襞の中に隠れていただけで、再会の雨天に、そっと広がっていた。
「まあまあです。」指先がファイル袋を轻轻かに叩いた，「たまに不思議な夢を見ます。ガラスに顔が映っている夢です。」
「私もです。」Yong-eungの目に複雑な感情が浮かんだ，「緑色の霧の夢を見ます。それに、Geum-jungさんが描いた太陽も。」一歩近づくと、二人の距離はわずか一握りになった，「あの日、本当に工場に行っていたら、どうなっていたでしょう？と時折思います。」
湿った空気の中で、埃が光の柱の中で舞っていた。Geum-jungはYong-eungの身上の香りを嗅ぐことができた——雨に濡れたヒイラギの葉のような香りに、淡いタバコの香りが混ざっていた。幼少期の額への轻いキスを思い出した。霧の中で壊れやすいキャンディのようだった。
「わかりません。」声が柔らかかった，「見たくないものを、さらにたくさん見ることになったのかもしれません。」
Yong-eungが突然笑い、風で乱れたネクタイを直してあげた。指先が喉仏に掠れた瞬間、Geum-jungの呼吸が漏れた。「屋上に行ってみませんか？」笑みがこもった声で言った，「そこに天窓があって、雨天になると雲が石垣に投げる影が巨大な顔のように見えるんです。」
この誘いは秘かな暗号のようだった。Geum-jungは首を振り、彼について階段に上っていった。鉄製の階段が足元できしみ音を立て、忘れられた秘密を語っているようだ。背後では「金順愛」の文字がだんだん模糊になり、シダの葉の胎記が刻まれた手首が、自分の手からわずか数センチの距離にあった。
雨は依然として降り続けていた。邸宅のステンドグラスが壁に斑びれた光斑を投げ、無数の眼が瞬いているようだった。Geum-jungはYong-eungの背中を見つめ、突然忘れていた記憶が霧の中で慢慢と形を作っていることに気づいた——恐怖の幻影ではなく、クスノキの木の下で少年がショウガ糖を差し伸べた時の、掌の温度だった。
もしかしたら、どんなものも本当には忘れられないのかもしれない。ただ雨天と、再会と、霧の中に秘められた「長いことですね」という一言が必要だけだ。
屋上の天窓からは、果然と怪しい影が映った。雲が流れ過ぎる瞬間、石垣の光斑が顔の輪郭を作り——灰青色で、雨によって縁がにじみ、幼少期の寝室の窗外のものとそっくりだった。Geum-jungは無意識にYong-eungの手を握った。手袋のゴムの臭いの中に、突然淡いヨモギの香りが滲み出てきた。
「怖くないで。」Yong-eungの声が耳元で响起った。湿った暖かさがあった，「ただ雲の影ですよ。」
Geum-jungは首を振り、手を離さなかった。ゴシック様式の屋根裏の部屋で、1998年の文書と未だ言葉にされていない記憶の間で、何かが悄然と変わっていた——石の隙間に生えたシダの植物のように、雨天の中で、そっと葉を広げているようだ。
