小指の光、薬指の未来 〜誓いの三原色 002〜
「あなたを愛することはありません」
「ええ。私達はそういう契約ですから」
こちらも端からそのつもりだ。迷うことなく同意する。
なぜだろう、伴侶となった人は寂しそうに笑った。
「それでは自分の寝室で眠ります。おやすみなさい、マリオン」
「おやすみなさい、ヴァレリー」
私たちにはそれぞれお互いに想う人がいた。
私、マリオンには決して結ばれることのない想い人が。
そしてヴァレリーは身分違いの相手と大切に愛を育んでいた。
どれだけ結婚相手を見つけろと言われようとも、頑なに首を横に振り続けてきた私にしびれを切らした家族が、無理やり縁談を持ってきた。
その相手が、ヴァレリーだった。
『ヴァレリー様、私には大切に想う方がいます。あなたにも同様に認められない真実の愛を抱えて苦しんでいらっしゃると風の噂で耳にしました。
そこで提案したいのですが、割り切った結婚をするのはどうでしょうか。お互いに真に想う人を心の真ん中に置くんです』
『でもそれでは……』
『ヴァレリー様のお相手の方は社交に出るのは難しいでしょう。だからそこは私が出ます。お互いの心はお互いのもの。そう割り切りましょう。想いあった二人でなくとも、協力して領地を守り栄えさせることはできます。どうですか』
『私としてはありがたいですが、マリオン様、あなたはどうなのですか』
『……私はそもそも想うことすら許されない相手を想い続けています。その恋情を奪われないのであれば、構わない』
『……そうですか。わかりました。あなたの提案に乗りましょう。よろしく、マリオン』
『あなたならそう言ってくれると思ってた。こちらこそよろしく、ヴァレリー』
こうして私達は半年間の婚約期間を経て結婚した。
私の想い人に最後に会ったのは、式の一週間前。
『ロウェナ、これを受け取って。あなたも私と一緒、望まない相手と結婚する。しかも相手は堂々と愛人を囲ってる。そんな奴のところにあなたを行かせるなんて本当はしたくない。
……だから、この指輪を受け取って。これが、あなたを守ってくれる』
『……マリオン、これ……』
『私はお互い合意の上だから。ヴァレリーは真の恋人と真実の愛を育む。私はあなたへの想いを貫く。それでいい』
『私はマリオンの想いにはどう頑張っても応えられないって、何度も言ったわよね?』
『知ってる。私の自己満足だよ。あなた以外に自分を許すなんて……想像できないししたくない。そんな日は絶対に来ない』
マリオンの手を取り、左手の小指にそっと指輪をはめる。同じように私の左小指にも指輪をはめ、指輪を着けた小指同士を絡めた。触れ合った指輪が、淡く光を放った。
『ロウェナ、私はあなた以外愛さない』
『……マリオン。辛くなったら、絶対に知らせて。約束よ』
私達の新しい生活はこうして始まった。
ヴァレリーは恋人をタウンハウスからほどよい距離の場所に匿い、通っている。
私は両親に代わり社交に精を出し、オフシーズンも王都に残り、領地経営について図書館で学びながら過ごしていた。
本を読みながら、気付けば幼い頃からのロウェナとの記憶を抱きしめている。
そのロウェナとは、小指の魔道具についている伝言の送信機能を使って連絡を取り合っていた。
両親にも、使用人にも、この結婚に愛が伴わないことは告げていない。ヴァレリーとは朝晩の食事はもちろん、お茶も共にする。
朝は揃って二人の寝台に入ってから使用人を呼ぶ。各々の寝台は夜のうちに使用人の前で横になるなどして、乱れていることが不自然にならないように見せる。
社交に出る時は互いの色や揃いの色を身に着け、仲睦まじく振る舞う。
パートナーとして社交の場に出るには、ヴァレリーはとてもよくできた人だった。程よく慎み、立場をわきまえた振る舞いがうまく、恋人との関係を探られても曖昧に濁す。
私は私で、堂々としていれば良かった。
ヴァレリーたちに子どもができればそれを引き取るということで話もしていた。その時はヴァレリーの恋人を使用人として雇うと決めている。
全ては問題なく進んでいた。
***
結婚して一年が過ぎた。
ある朝、ヴァレリーが待つ寝台に入った時、妙に寝台が温かいことに気が付いた。まるで一晩中ここで眠っていたかのような、芯のある温かさ。
次の日も、その次の日も同じように温かかった。ヴァレリーに問うと、窓の立て付けが悪くなってきたのか音がして眠れないからこっちで眠っているという。すぐに修理の手配をした。
その翌日には修理が終わったが、その翌朝も変わらず寝台は温かかった。
「修理は終わったでしょう?」と尋ねると、
「広いベッドで寝るのに慣れて、向こうでは落ち着かなくなってしまった」と返された。
「戻らなくてはダメ?」
別に私に不都合はないので、少し考えたのち、そのまま寝れば良い、と答えた。
それからしばらくして、社交シーズンになった。
ヴァレリーと久しぶりに公の前で手を取り合うと、なぜか気分がモヤっとした。
それはすぐに晴れたけれど、触れ合うと心がざわつく、そんな日が増えた。
ある日の夜会で。
「マリオン、大丈夫?」
顔色も悪くなっていたのだろう、ヴァレリーが気遣わしげにこちらを見ていた。
「……ごめん、大丈夫」
目を閉じて深くため息をつくと、顔を上げヴァレリーに微笑みかける。
この心のざわつきはなんだろうか。
ロウェナからのメッセージは毎回のように『大丈夫?あなたは優しいから、無理をしないで』という言葉で締められていた。
無理をするな?どういう意味だろう。
私にはロウェナを想うことが何よりも大事で、ロウェナと繋がっていられるから平穏を保てているのに。
何も無理などしていない。私にはロウェナとの繋がりがあれば良い。
そんな日々が続き、なぜか朝にヴァレリーと同じ寝台に入ることも苦しくなっていた。
ヴァレリーが両親や使用人にうまく言ってくれ、私はヴァレリーの心遣いに甘えて自分の寝台で眠り、そのまま朝もここから支度して出るようになった。
さすがに、私もこの頃には不調の原因がわかっていた。
わかっていたけれど、どうにもできないしどうにもしない。私の想いが今日もロウェナを守っているのだ。
私はあの時の想いを貫く。たとえ、そのせいで死ぬことになっても構わない。
そして、シーズン最後の夜会の日がやって来た。
今日さえ持ち堪えればなんとかなる。
フラフラになりながら支度をし、馬車に乗り込む。
馭者の手を借りるだなんて情けない、子どもの頃から元気だけが取り柄で、馬車にも一足飛びで乗り込んでいたのに。
困ったように微笑むヴァレリーの視線を、目を閉じることで遮り、私は背もたれに頭ごと全身を委ねた。
シーズンを締めくくる夜会は大規模だ。多くのゲストで賑わう。
ヴァレリーの隣で、必死に表情を繕いながら挨拶をして回り、最低限のダンスをこなす。
ヴァレリーはもう少し踊ってくるとホールの中央へ向かっていった。さすが、愛し合う存在があると元気だなと自嘲して、私は夜風に当たるためにバルコニーへ出た。
初夏の夜風は草の匂いを運んでくる。雲ひとつない空に浮かんだ月が、庭園で仲睦まじく語り合う男女を照らしていた。
「……何やってるんだろう、私は」
私はロウェナとあんな風に想いを通わせ合うことはない。そんな日は絶対に来ないと、わかっているのに。
それが寂しいと感じる私は、言い出しておきながらなんと愚かなんだろうか。
しばらく風に当たると、体調も幾分良くなった。
良い加減ヴァレリーも持て余しているかもしれない。そろそろ帰っても問題はないだろう。
ホールに入り眩しさに目が慣れてから、ヴァレリーの姿を探す。もう踊ってはいないらしい、中央から隅の方に視線を巡らすと、ヴァレリーの後ろ姿が見えた。誰かと話しこんでいるようだ。
近付いて行くと、その相手の姿が見えた。
心臓の鼓動が速くなる。なぜ、どうしてここに。
「ロウェナ」
無意識に口にしていた。私が愛してやまない、ただ一人のひと。
思ったよりも声が大きかったらしい。ロウェナの視線が私を捉えた。
ロウェナの視線の動きを受けて、ヴァレリーもこちらを振り返る。
ああ、どうして。
胸が苦しい。思うように、息ができない。
「ヴァレ、リー……」
世界が暗くなる。
「マリオン!!」
崩れるように、私はその場に倒れ込んでいた。
***
「……ん」
目を開くと、ロウェナとヴァレリーの顔が目に入る。
ここはどうやら控室のようだった。
「ロウェ、ナ、どうしてあなたが」
私の幼馴染、ロウェナ。隣の領地を治める一家の長女で、後継ぎの弟がいるために望まぬ相手と結婚した、私の大切な想い人。
どうして、こんなところにいるのか。領地の経営に駆け回っているのでは、なかったのか。
「僕が無理を言って来てもらったんだ」
ヴァレリーが、静かに告げた。
「君を元気にできるのは、ロウェナ様しかいないと思ったから」
「な、んで、そん……っ」
喉元まで上がってくる気配に口を抑える。
「マリオン!」
ロウェナが私の手を握ってくれると、吐き気はすぐに治った。
「マリオン、勝算は立ったからもう大丈夫。私のためにもう我慢しなくて良い」
そう言うと、ロウェナは自分の左小指と、私の左小指を絡めた。触れ合った指輪が淡く光り、わずかに余韻を残して輝きを失った。
契約が解かれた証拠に、今まで苦しかった呼吸が一気に楽になる。
スルリと私の小指から指輪を抜き去ると、ロウェナも自身の左小指からそれを外した。
「いつもマリオンは大丈夫としか送って来ないから。大丈夫じゃない気はしてたけど、ヴァレリー様から連絡をもらって飛んできた。どうしてこんなになるまで黙ってたの」
「……だって、私は、ロウェナだけいれば良かったの……」
ぽろりと、涙がこぼれる。
「ロウェナだけいれば、ロウェナだけ愛せれば、良かったのに」
「……だから、私は応えられないってずっと言って来たよね?」
「それでも想っていたかったの……ロウェナが、大好きだった、から」
「でも、それが揺らいできたんだね?ヴァレリー様と過ごす中で」
その言葉に、小さくうなずいた。
「マリオンが私のことを好きだと言ったその気持ちが嘘だとは思ってない。でも、人の心は変わるの。特にマリオンは世界が狭かったから、同じ女の私が勝手に恋愛対象になっちゃっただけ。
生活を共にする相手ができたら、自然に心が動いた。それだけのこと」
「……うん」
「まずはきちんとヴァレリー様とお話しして。私と会う時は素敵な新婚生活を聞かせてよ、私は恋愛できないけど、人の恋愛や心の動きには興味がある」
そう言うと、ロウェナは立ち上がった。
「ヴァレリー様、本当にありがとうございます。最悪の事態になる前に対処できて良かった。
マリオンを、よろしくお願いします」
そして、深々と頭を下げた。
「こちらこそありがとうございます、ロウェナ様。落ち着いたら、是非タウンハウスにいらしてください」
「是非。そのためには早く決着をつけないとね。マリオン、この指輪、いただいて行くよ」
言いたいことがたくさんあるのに、うまく声が出ない。
「……ありがとうロウェナ。ごめんね……っ」
やっとのことで絞り出すと、扉の前に立ったロウェナは微笑みながらうなずいて、静かに外へ出て行った。
扉が閉まると、離れたところに立っていたヴァレリーが、私が触っているソファのそばまでやって来た。
「マリオン。僕の話を聞いて欲しいんだけど、ここでしても良い?それとも、タウンハウスに帰ってからにする?」
「……ここ、に、するわ」
「ありがとう」
ソファ前のローテーブルにあった水差しのレモン水を二つのグラスに注ぐと、ヴァレリーは私の隣に、少し間隔を空けて座った。
「勝手にロウェナ様を呼んでごめん。でも、あのままだとマリオンが衰弱して死んでしまいそうだったから」
「……どうして、ロウェナだってわかったの?私、ロウェナの名前は一度も出さなかったはずなのに」
「弱って行く君を見て、タウンハウスの人たちが『ロウェナ様なら』って言ったんだ。その時初めて彼女のことを知った。……隠して、来たんだろう?」
静かにうなずき、是を返す。
「ロウェナ様に子どもの頃からべったりで、ロウェナ様が結婚すると決まった時にマリオンが荒れて大変だったって聞いて、ずっとマリオンが結婚しなかったのも、僕にあんな提案を持ちかけたのも、もしかしたら……って、僕の中でひとつに繋がったんだ」
ヴァレリーがグラスを手渡してくれる。直接手が触れないように、気を遣いながら。
それを受け取ると、私は一思いに水を飲み干した。ほのかに香るレモンとその酸味が、心の澱を少し洗い流してくれる。
「僕は、謝らなくてはいけないんだ。君が契約を持ちかけてくれた時、実は恋人との関係は終わりに近かった。彼女はこっちに来てから、自分で職を探して、新しい恋を見つけて、僕と別れている。もう王都にはいない」
予想外の告白に、一瞬言葉を失った。
「そんな、じゃあ、初めから……?」
「うん。そもそも僕には家を出る以外に選択肢がなかった。家を出てからどうするか。彼女と平民として暮らすのか、どこかの家の婿になって貴族としてしがみつくのか……僕は臆病だから、平民になる踏ん切りがつかなかった。彼女にはそんなところを見透かされていたんだ。本当に情けないな」
ヴァレリーが頭を掻く。いつも穏やかで頼れる夫が見せる、初めての顔から目が離せない。
「……別れたのは、いつ?」
「結婚して三ヶ月くらいかな。ちゃんと彼女の新しい恋と、その相手を僕なりに見極めてからこの手を離した。
君が言っていた通り身分違いの恋だ。中途半端な形で別れては後でトラブルを招くかもしれない。自分の家ならまだしも、婿入り先に迷惑はかけたくなかったからね。
だから、彼女が新しい街で新しい恋を見つけて、後腐れなく新しいスタートを切るきっかけをくれたマリオンには、本当に感謝してる」
「じゃあ、私の提案に乗ったのは」
「初めは打算だった。だとしてもいきなりあの提案はびっくりしたよ。だけど断ってしまったらもう後がないと思ったから、乗ったんだ。
ただ、関わって行くうちに君はとても誠実で嘘がつけない人なんだとわかった。僕に対してもパートナーとして誠実に向き合ってくれていると感じた。僕も少しでも人として誠実であろうと、少しでも夫婦として誠実にマリオンに向き合えたら良いと思うようになっていったんだ。
……触れても、良いかな」
指輪はもうないから、触れられても何も起こらないはずだ。静かにうなずくと、ヴァレリーの大きな手が私の左手に触れた。
「具合は悪くない?」
「……大丈夫。なんともないわ」
「良かった。少しずつマリオンの体調が悪くなっていったでしょう。あれ、僕がマリオンを意識しているタイミングだったから、傷付いたんだ、結構」
「そんな!あれは私が!!」
「……うん、それを、さっきホールでロウェナ様に聞いた。苦しんでるマリオンには申し訳ないけど、理由を聞いて、少し嬉しかった」
私の左手をじっと見つめていたヴァレリーが顔を上げ、まっすぐ私を見た。
「抱きしめて良い?マリオン。……抱きしめたいんだ」
「……でも、私……そんな、抱きしめてもらう資格なんて」
「抱きしめられるのに、資格なんて必要?それとも、僕に抱きしめられるのは、嫌かな」
魔道具の影響は受けていないはずなのに、顔が熱い。
「嫌、じゃ、ない」
やっとのことで絞り出すと、ヴァレリーは嬉しそうに笑った。
「それでは失礼するよ、マリオン」
ヴァレリーの腕が私の背に回る。引き寄せるように、包み込まれた。
「……大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫」
「良かった。……せっかく契約結婚を持ちかけてくれたのに、裏切ってしまってごめん。僕が二人の寝室で寝るようになったじゃない?あれは、マリオンがもし隣で、僕の腕の中で一緒に眠ってくれたら嬉しいなと思ったからなんだ」
「そう、だったの」
「うん。だけど君は全く意識してないのが丸わかりで、落ち込んだし悔しかった」
耳元に、ヴァレリーの低くて優しい声が響く。
「振り向かせなきゃ、って思ったのは、あの時」
「!!」
「少しずつ距離を詰めたり、手に触れる機会を増やしたり、試行錯誤して、手応えを感じ始めた頃、マリオンの体調が一気に悪くなった。ああ、そんなに僕に触れられるのが嫌なんだって思ったけど、社交にかこつけて止めることができなかった。
……まっすぐに窓の外を見つめて、結ばれない誰かを想う君は、とても美しかったから。その心をこちらに向けたい、きちんと僕のものにしたいと、思った」
「……そんな、どうして」
「名目上は夫婦なんだ。名実ともに夫婦になりたいと思った、それでは不足かな」
静かに、首を横に振る。不足なんてことはない。
「だけど、指輪を大切そうに撫でるマリオンも見ていたからね。さっき聞いたけど、指輪をして愛を誓った相手以外を想うと、身体に異常を来たす作用がある誓約魔道具だったんだね」
「……ええ」
誓約魔道具としては本当にシンプルで、解除も簡単なおもちゃと言っても良いくらいのもの。それでも、私は、ロウェナに自分の気持ちを誓いたかった。たとえ、ロウェナが私に向けてくれる感情が、妹に近いそれだとわかっていても。
本当に、ロウェナが好きだった。
「どんどんやつれて行くマリオンを見て、死んでしまうんじゃないかと怖くなったところで、ロウェナ様のことを知った。嫁ぎ先の領地改革でとても忙しいらしいとは聞いたけど、藁にもすがる思いで連絡したら、今日このためだけに王都に来てくださったんだ」
ヴァレリーの身体が離れる。また私をまっすぐに見たその瞳は、わずかに潤んでいた。
「マリオン、君の初恋を壊してしまってごめんね。でも、君が死んでしまうのは絶対に嫌だったんだ。君を、愛しているから」
「あい、して」
「そう。君を愛してる。愛してしまってごめん。でももう、形だけの夫婦ではいたくない」
「愛して、くれるの」
「うん」
「愛しても、良いの?ずっとロウェナを想って来たのに?」
「もちろん。さっきロウェナ様も言っていたよね、心が動いただけだって。
マリオン、どうか僕と一からやり直してくれないかな」
「やり直す」
「そう。形だけの夫婦ではなく、本当の夫婦として」
ヴァレリーが私の左手を取った。指に、ヴァレリーの左手の指がかみ合う。お互いの薬指にはめた結婚指輪が、触れ合った。
「君と素敵な未来が築けるように、精一杯頑張ります。だからどうか、改めて僕と夫婦になってくれませんか」
ヴァレリーが少し長い瞬きをする。その目尻に、小さな光が滲んだ。
「少しずつでも、良い?」
まだ心の整理がつかない。けれど、時間をかければ、きっと。
「もちろん。少しずつ、夫婦になろう」
***
「ええ!?じゃああの指輪、クズと愛人につけたの!?」
「そう。真実の愛、貫いてみろよ、と思って」
次にロウェナと会えたのは半年以上経った頃、備蓄で冬を乗り切れるかが際どく、王城へ支援の嘆願に来た時だった。
夫がロウェナをそうしようとしたように、ロウェナはクズ夫と愛人の二人を寝室に閉じ込めたという。その時に、私たちがつけていたあの指輪をはめさせた、らしい。
そう、ロウェナのそういう思い切ったところが格好良くて好きだったんだ、私は。
「ようやく領地のことに専念できるよ。色々考えも浮かんでるから、早く試したくてウズウズしてる」
「ふふ、ロウェナが元気で安心した。私も両親から引き継いだら頑張らなきゃ」
「でもマリオン?あなたはその前に、元気な赤ちゃんを産まないと」
「うん、そうだね。……ロウェナ、本当にありがとう」
「いいえ、私もあなたを利用したみたいで、ごめんね」
「言い出したのは私だもん!言いっこなしにしよう」
「……そうね。じゃあこの話はもうしない。次にしたら罰ゲーム。約束しましょ」
ロウェナが私に向けて左手の小指を立てる。
「わかった、約束ね」
その小指に、私も左小指を絡めた。
指輪も何も着けていない小指が、一瞬キラリと光って見えた。
001との繋がりも楽しんでいただけると嬉しいです。
このシリーズについては、テイストも結末も様々なものが入り混じったものになると思います(おそらく今後バドエンもあります)
ベースにあるのは「誓い」と「魔道具」です。おや、誰かの影を感じますか……?その直感は合ってますよ。