第2話 断れない求婚相手
社交界の会場である大広間に入った途端、会場中の視線が集まるのを感じた。
うわぁ。
嫉妬と好奇の視線にさっそくげっそりする。
少しでも注目されないようにユーリから離れたいけど、腕を抱きしめられていて逃げられない。
傍から見れば仲睦まじい。
でも、その力強さは男女の仲というよりは捕縛に近かった。
「緊張しているのかい? 安心していい、私がいるから」
清楚な微笑み。
けど、その実逃さないという意思が、腕を捕らえる強さから窺える。
そもそも、緊張の原因はユーリなのだが。
「腕を放してくれれば、緊張も和らぐんだがな」
「ふふっ、恥ずかしがって可愛いね、私の旦那様は。役得と楽しめばいいだろうに」
そう言って、ユーリはより密着してくる。
「……なんか、捕まった動物の気分なんだよなぁ」
「ふむ。あながち間違ってないかも?」
「おい」
「冗談だよ」
本当か?
実は俺のことをペットかなにかと思ってないか、この公爵令嬢。
ちょいちょい俺をからかって、楽しんでいるようにしか見えないんだが。
「さて。入口を塞いでは邪魔だろう。奥へ行こうか」
「わかったよ逃げないよ。だから、もう少し離れろ」
「いいじゃないか。これもアピールだよアピール」
小ぶりながらも柔らかな感触が、抱きかかえられた腕越しに伝わってくる。
ドレスの布地が薄いから、余計に意識してしまう。
「公爵令嬢なんだから、もう少し慎みを持ってくれよ」
「好きな人の前では、令嬢といえど大胆になるものさ」
「……偽装だろ、って言われるの楽しんでない?」
「まさか」
僅かに前かがみになって、ユーリは蒼い瞳をキラリと光らせて見上げてくる。
「いつ指摘されるのか、わくわくしていただけだよ」
「楽しんでるじゃねーか」
おもちゃ扱いか俺は。
くすくすとユーリは笑みを零す。
最近、ずっとこんな調子だなと、自身の扱いを鑑みていると、
「――随分と楽しそうだな」
厳かな声に背筋が伸びる。
声のした方向に顔を向けた途端、体が石のように固まった。
知っている相手だったから、というのはある。
ただそれよりも、声をかけてきた相手があまりにも予想外だったからだ。
学園主催の社交界とはいえ、実質婚活でしかないパーティに顔を出すなんて思いもしていなかった尊きお方。
なんで、こんなところに……?
呼吸の仕方も忘れて、俺はあんぐり口を開けることしかできない。
そんな俺の腕を引っ張って、ユーリが挑むように前に出る。
やめてくれよぉ。
俺の心の嘆きは、当然ユーリには届かない。
ユーリはこれまで見たことのない極上の微笑みで、声をかけてきたお方を迎え撃つ。
「ごきげんよう。相変わらず、澄ました顔が素敵ですね? リオネル殿下」
「久しいな。卿も変わらず、可憐な微笑みで人を刺すのが得意なようだな? ユーリアナ嬢」
笑顔と無表情。
浮かべる表情は真逆だが、相手を威圧しているのはどちらも同じだ。
相容れない空気の摩擦で火花が散っているように見える。
そして、ユーリが名前を呼んだことでこの方が誰なのか確定してしまった。
くらりと目眩がする。
いまだに倒れていない自分を褒めてあげたい気分だ。
ユーリがこの学園で唯一の公爵家であるならば、彼はただ一人の王族。
王国第二王子リオネル・アムヴェリテ殿下。
王位継承権第2位にして、もっとも王位に近いと謳われている王子だ。
公爵令嬢であるユーリと顔見知りなことに不思議はないが、どうしてこんなところにいるのか。
まさか、結婚相手に困ってる?
それこそバカな考えだ。
むしろ、引く手数多で困っているだろうに。
血が下がって頭がくらくらする。
目の前の現実を受け止められないでいると、ユーリに向いていたリオネル殿下の鋭い目がこちらを向いた。
文字通り王族に目を付けられて、心臓が止まりそうになる。
「人を呼び出して何事かと思えば、見せたかったのは彼か?」
「は? あ、見せ」
どういうことだ。
というか、ユーリが呼び出したって、今言った?
もはや真っ当な思考なんてできず混乱極まっていると、ユーリが微笑みながら堂々と宣言をした。
「そう、この人こそ私の婚約者にして愛しの旦那様。いくらリオネル殿下が私に求婚しようが、真実の愛の前では無力! 馬に蹴られる前に、諦めるのが潔い男だと思いますよ?」
は?
え?
なにやらリオネル殿下が呆れたように息を吐いているが、俺はそれどころじゃない。
求婚……リオネル殿下がユーリに求婚!?
「ま、まさか……断れない求婚って……」
そんなはずないと、人生で一番の必死で願いながら、恐る恐るユーリを見る。
違うよね?
別の相手だよね?
俺の一生に一回の切なる願いは、ユーリの前にあっさり砕け散る。
「……愛しているよ、私の旦那様?」
含みのある微笑みに立ち眩みがする。
聞いてないってええええぇぇぇえええええっ!?