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貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。  作者: ななよ廻る
第2部 第11章

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第3話 幸せな負け方

「ユーリアナが、国を救う?」


『なにを言っているの?』と、後ろの手が強く握られている最中、アルローズ公爵は訝しむようにこめかみをぴくりと動かした。

 突飛な発言だ。

 そういう反応になるのは当然だが、とりあえず言っておけ精神である。臆して半端なことを言うよりずっといい。


「ええ。リュウール領で新たな金脈が発見されたのは、もうご存知ですね?」

「そうだね」


 なら話は早いと黄金の指輪を掲げる。


「王国各領から採掘される鉱石の減少、廃山の増加。それに連なる形で、財源は減少していき、食料の輸入も難しくなっている」


 この辺りはリオネル殿下から聞いたことそのままだ。

 ただ、この場でそれを正直に話すと、俺の言葉から説得力がなくなるので、申し訳ないが黙っておく。

 自領のことで手一杯で知らなかった、なんて間の抜けたことは言えない。


「真綿で首をゆっくり絞めるような最悪な状況ですが、新たな金脈の発見は希望の1つになっているのでは?」

「君の言う通りだ。リュウール子爵家同様、廃山を余儀なくされた領でも、まだ採掘できる量の鉱石が眠っているかもしれないと、皆、躍起になっている。金の埋蔵量は聞き及んでいないけど、希望を見せた、というだけでも十分に価値のある発見だった。その点について、私はリュウール子爵家を評価しているよ」


 評価という割には、あまり褒めているような表情でも顔でもないが、その冷淡な顔が普通なのだろう。娘と違って、感情が表に出ないのか。


 にしても、言っておいてなんだが、そこまで影響力があるとは思っていなかった。

 想像以上に現在の王国は危ういのかもしれない。

 だからこそ、説得できるというのも、皮肉な話だけど。


「ありがとうございます。ですが、それだけでは流れ星のような瞬き程度の希望でしかありません。気休めでしかなく、長くは続かないでしょう。新たな埋蔵金も、いずれ尽きるのは目に見えています」


 そこで、ユーリだと、後ろにいた彼女の背中をぽんっと叩く。

 その顔は不満に満ちあふれていたが、俺がその横顔を見ると、諦めたようにため息をいた。


「我が領の金鉱山を彼女に投じ、この国を立て直します」

「ユーリアナにそんな大層なことできると?」

「保守的な者に改革は成せませんよ」


 煽りすぎたか?

 と、心配になったが、この程度では動揺もしないらしい。アルローズ公爵は、物憂げに頬に触れる。頬骨を人差し指で叩き、深く考えるような思慮深いその端麗な顔は、ユーリアナにも通ずるところがあった。


 親子なんだと、血の繋がりを感じさせる。

 ……ユーリは嫌がるだろうが。


 しばらくして、なるほど、とアルローズ公爵は納得の声を零す。


「私への反抗と、求婚の煩わしいから君と偽の婚約契約を結んだと考えていたけど、ユーリアナがリュウール子爵家の金鉱山の運用について口を挟む立場を得るためのものでもあったんだね?」

「…………、もちろん」


 隣から疑わしげな視線が頬に刺さる。

 いや、うん……そんな気はさらさらなかったし、そもそも偽装婚約は成り行きでしかない。……でしかないが、勝手に勘違いしてくれているなら、それに乗っかってしまおう。


 頭がいいと、相手も全部を想定していると考えてしまうのだろうか?


「不確定要素は多い。国を立て直す明確な方法も上げてもいない。ユーリアナの才覚を信じているだけの、子どもの言い分とも受け取れる。それでも、君はやるべきだと思うのかい?」

「国を救うためです」


 言い切ると、アルローズ公爵はじっと俺を見る。

 氷の瞳はなにを思うのか。


 逸らしたら負けだとばかりにこっちも見つめ返していると、その瞳は横に動き、ユーリを映し出した。


「ユーリアナ、彼の言う通りのことが君にできると誓えるかい?」

「知らない」


 このタイミングでの幼子のような拒絶。

 流れを一切無視した反抗に、終わったかも、と諦めが顔を覗かせる。縋るようにユーリの手を握ると、握り返してきて、「ただ」と付け加えた。


「私は才気にあふれる美人だ。公爵家の令嬢に収まる器ではないくらい。その才能を旦那様が信じてできると言うのだから、できるのだろうね。私は私を知り尽くしているが、旦那様はもっと知っている」


 そんなことはない、と言いたいが、この空気で口にできない。

 蛮勇を可能にした熱量は火を消した暖炉のような余熱を残す程度で、着実に戻ってくる冷静さが頭から血を落としていた。


 考え込むアルローズ公爵に、ユーリはせせら笑うように尋ねる。


「認めるのかい?」

「一考の価値はある、というだけだよ」


 言質と呼べるほど、ハッキリとした返事ではない。

 けれど、前向きな言葉に希望を見る。


 長い沈黙だった。

 いや、本当は瞬きのように短い時間だったのかもしれないが、俺は陽が暮れるくらい長い時間だったと体感していた。


 そうして、水の中に沈んでいたような苦しい沈黙を、アルローズ公爵は頷くとともに打ち破った。


「……わかった、いいだろう。この場を引く程度の価値がある問答だったと認めよう」

「素直に負けましたと言えないのかな?」

「なんでも勝ち負けで括って、相手に勝ち誇りたいのかな?」


 ユーリのほくそ笑みが引きつった。

 親子揃って口が強すぎる。相手を言い負かすことに愉悦でも感じているんじゃなかろうか。

 ユーリには間違いなくその気質があるし、父親のアルローズ公爵にあっても不思議じゃない。


「それに言っただろう? 認めたわけじゃない。一考の価値があるというだけだよ」


 アルローズ公爵は俺たちの横を通り過ぎようとして、それでも、と付け加える。


「君の方法論もなにもない空論が試すに値するとしたのは、私が君よりも()()()()()の才能を知っているからだ」


 そのまま引き止める間もなく、アルローズ公爵は大広間を後にした。

 振り返って、閉じる扉を見る。


「娘大好きじゃん」


 厳しいことを言っても親、ということなのだろう。

 そもそも、貴族の在り方に照らし合わせればアルローズ公爵はなに1つ間違ったことは言っていない。親子の確執は……まぁ、生まれてしかるべき態度だが、だから娘への愛情がない、という根拠にはなりえない。


 素直じゃない人だ。


 同情的な視線を送って、はぁ、と力が抜ける。

 もう駄目だった。立っていることもできず、意識を失ったように背中から倒れてしまう。


 けど、

「お疲れ様、旦那様」

 ユーリが受け止めてくれて、そのままゆっくりと俺の体を床に寝かせ、頭を彼女の膝に乗せてくれる。


 人がそれなりにいる鉱輝祭最中の大広間の真ん中で、喧々囂々(けんけんごうごう)と騒いだ挙げ句、人の目も憚らずなにをやっているんだか。

 呆れるが、不思議と周囲の視線は気にならない。それほどまでに、精神が疲れ切っているということか。


 まぁ、慣れないことをしたからな。


 一世一代と言っていい啖呵だった。

 すっかり体は脱力してしまい、頭は熱を出しているみたいに熱く重い。


 そんな最悪の体調だが、見上げた蒼玉は嬉しそうに輝いていて、充足が心を柔らかく満たしてくれる。


「いろいろと言いたいことはあるけどね、いまはよそう」

「……ごめんなさい」


 勝手な真似をした自覚は大いにある。

 ああするしかなかったとか、頭に血が上ってなにも考えてなかったとか、言い訳なのか懺悔なのかわからない言い分はあるが、俺が悪いという点は変わらない。


 しかも、解決方法はユーリにぶん投げだもんな、そりゃ怒るに決まってる。


 ユーリの価値を示すためにあのようにしたが、ユーリからすればたまったものじゃないだろう。突然、救国の英雄になれと言われたようなものなのだから。


 膝枕の柔らかな感触とは対照的に、バツの悪い俺にユーリは「いいさ」と言って笑ってくれる。

 その大らかさに救われていると、ただ、とユーリは金の指輪をひょいっと取り上げてみせる。倒れたときに落としたらしい。

 ぴきっと身体が石のように固まった。


「それは……」


 言い淀む俺に、ユーリはかすかに頬を赤らめて微笑みながら尋ねてくる。


「これはどういう意図で用意していたのかな? まさか、お父様と対峙するためだった、なんて偶然を言い訳にはしないだろうね?」


 まさか、一世一代の覚悟がこうも早く更新されるとは思わなかった。

 答えを静かに待つユーリは、頭上から期待するように見下ろしてくる。


 これは、逃げられないよな。


 まさか、渡すタイミングがこうなるとは思っておらず、勇気はもはや出涸らしだ。それでも、どうにか振り絞って、心の熱を言葉に変える。


「鉱輝祭で宝石を交換すると幸せになるんだろう? 宝石とは言えないけどさ……ユーリに贈りたいって思ったんだよ」


 どうして? と重ねて訊いてくるユーリに、内心意地悪と悪態をつく。

 詰まる言葉を、喉から押し出す。



「――ユーリが好きだから」



 告白すると、ユーリはこれ以上ないほど顔を赤く染めて、高ぶった感情を抑えるように蒼く揺らめく瞳をぐっと薄く細める。


「私の宣言通り、旦那様を惚れさせたね?」

「最初から負けてたよ」

「くす、勝ち負けにこだわって、勝ち誇る令嬢は嫌いかな?」

「勝負ごとに熱くなれるのは、人生を楽しむ上で大切だろう?」

「さすが旦那様」


 ユーリは笑うと、顔を近づけてくる。


「……私も大好きだよ、旦那様」


 唇を触れ合わせる。

 処女雪に触れたような、冷たさと柔らかさだった。



  ◆第11章_fin◆

  __To be continued.


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