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貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。  作者: ななよ廻る
第2部 第10章

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第1話 友人のように呼ばれたい王子様

 翌日、陽がようやく上ってきた頃、学園の大広間ではリオネル殿下が最後の調整とばかりに忙しそうに立ち回っていた。

 俺とユーリも、母さんから送ってもらった金鉱石や、金細工の数々を並べる必要があったので早入りしたが、忙しい王子には敵わないようだ。


 ふと、顔を上げてこちらに気づいたリオネル殿下が、少し待てとでも言うように手を上げてくる。学園の教師といくつか言葉を交わすと、俺たちに向かって真っ直ぐ歩いてきた。


「今日はよろしくたの……なんだ、その顔は」

「……どんな顔ですか?」

「目の下に隈ができて不健康そうなのに、やけに顔は赤い。どういう状態だ?」


 指摘されて、あぁと納得する。


 あのあとは当たり前のように眠れず、そのまま夜を明かしてしまった。

 その癖、ユーリはといえば、毛布のように俺に乗ったまま健やかな寝息を立てて、どこまでも幸せそうなのだから、起こすわけにもいかない。


 これを、拷問だ! と言おうものなら、俺は嫉妬に駆られた貴族の子弟たちに刺されるかもしれない。

 けれど、惚れた相手と体を重ねたまま――比喩ではなく――けれど、手を出してはいけない状況というのを、拷問以外に表現のしようがあるだろうか。


 へとへとな俺から、リオネル殿下は隣のユーリに視線を移す。


「比べて、ユーリアナ嬢は随分と艶めいて健康的だ。まるで、クルールの精気を吸ったように」

「あぁ! 昨晩はお楽しみだったからね!」


 どこからか、ぎょっとしたような声が聞こえてきたが、もはや訂正する気力もない。

 朝露あさつゆで濡れる朝の花のように精気にあふれているユーリの言葉に、ただ顔を覆うことしかできない。


 俺たちの事情を、第三者の中では1番把握しているだろうリオネル殿下は、同情か憐憫か、俺の肩をご苦労さまと叩いた。


 労いで泣きそうだ。


「事情は理解した。休ませてやりたいが……その余裕もなくてな。すまないが、健闘してくれ」

「頑張ります……」


 精一杯の意気込みだった。


「それと、これは褒美というわけではないのだが……」

「……?」


 さきほどまでのすらすらとした喋り方とは打って変わって、突然、喉が閉まったかのような言い淀みだった。

 いつもは真っ直ぐに見つめてくる黄金の瞳も珍しく泳いでいる。


 その反応がどうしてか、王子ではなく年相応に見えた気がした。


「うふ」

「んんっ」


 なにやら訳知り顔のユーリが吹くように笑って、気恥ずかしげにリオネル殿下が咳払いをした。


「これからは、リオネルと呼ぶように。敬称は不要だ、敬語もなくしていい」

「……ぇ」


 告げられた言葉は、度肝を抜くほどで、一瞬呆気に取られてしまった。

 言葉の意味は難しくないが、それを叶えるのがどれだけ難しいか彼はわかっているのだろうか?


 戸惑いが顔を覆う。


「さすがに殿下相手にそれは」


 難しい、とそれとなく伝えるが、黄金の瞳は次いでユーリを見た。

 その行動は、ユーリアナ嬢はそう呼ぶのに? とありありと物語っていて、それを指摘されると言葉に窮してしまう。


 いまさらといえば、いまさらなのはわかるんだけど。

 一応、ユーリは婚約者というていで、人のいないところなら、という約束だった。それがもはや過去のもので、お互いに忘れかけてはいるが、そういう始まりだった。


 どうだろう?

 語りかけてくる瞳が、微かに揺らいだ気がして、まぁいいか、となる。殿下のお願いを無下にするわけにもいかない。


「こうした人の目のある、公式の場でなければ、という前提であれば――」


 そう言って、周囲に聞き取られないように声を沈める。


「――リオネルと、呼ぼうと思……う」


 うっかり丁寧に接しかけたが、寸前で踏み止まった。

 王族相手に不敬かな? と、不安が過ったが、リオネル殿下は「そうか」と、喉の棘が抜けたように解放的で、その笑みに嘘はないように感じた。


「では、そのように頼む。なにか困ったことがあれば、私に相談してくれ、力になろう」


 戸惑いつつも、こくん、と頷くと、リオネル殿下は満足そうに頷いて、俺たちから離れて行った。その背中をじっと見つめて、首を傾げる。


「なんだったんだ?」

「ただ構って欲しいだけだろう?」


 それはユーリだ。

 まさか、リオネル殿下がそんな理由でこんなことを言い出さないはずだが、かといって、正当な理由は思い当たらない。


 疑問だけ残して行ってしまった。


「殿下のことはいい」


 それよりも、とユーリが手を繋いでくる。

 心拍数が上がる。

 昨夜のこともあって、意識するな、という方が無理だった。


「私たちも準備をしよう」


 そう手を引かれて促されたが、どうしたって俺は彼女の雪のような肌に吸い付く手ばかりが気になった。


 ――そうしている間も、陽は上り、学園の門は開く。


『鉱輝祭の開催を宣言する!』


 冬のただなか。

 雪が彩る白亜の学園、その祭りが始まりの鐘を鳴らした。


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