第1話 騒動の行き着いた先は第二王子
「やってくれたな」
学園の応接室に俺とユーリを呼び出したリオネル殿下の第一声がこれだった。
もとより厳しい顔立ちだが、そこに不機嫌が乗っているせいか、威圧感が凄まじい。獅子の幻影が見えるほどで、部屋に入った途端これでは兎のように逃げたくなってしまう。
「……帰りたい」
「では、帰ろうか」
胃の辺りを撫でる俺に、一緒に呼び出されたユーリが同調する。俺の手を握って、では失礼と、黒皮のソファーに座っている怒れる獅子に向けて軽快に手を上げた。
……が、もちろん帰れるわけもない。
黄金の瞳がすっと動き、槍のように射すくめてくる。
「此度は卿ら夫婦のじゃれ合いに付き合っている暇はない」
「旦那様、私たちはおしどり夫婦に見えると、殿下からお墨付きをいただいたよ」
夫婦じゃないとか言ってられる雰囲気ではないのに、どうしてこうユーリはいつもの調子を崩さないのか。
マイペースここに極まり。
いまだけはその肝のすわり方が羨ましい。
「クルール」
「はい座ります」
咎める声に即座に応答する。
なんで俺が怒られてるんだよ……と泣きたくなるが、ユーリに言ったところでのらりくらりと受け流されるのはリオネル殿下からしても明らかなんだろう。
受け流し先はすべて俺で、そこからさらに流す度胸も技術も俺にはない。的でも描いてあるのかと額をこする。
息が上手く吸えない。
この部屋、空気が悪いんじゃないか。窓を開けてほしかった。
胃の痛い時間は早く終わらそうと、ユーリの手を引く。こっちは不機嫌な殿下相手に精一杯だっていうのに、ユーリは「旦那様」と頬を赤らめてちょっと嬉しそうにしないでほしい。
手を引っ張るために握ったのであって、そういう意図はない。というか、こんな切迫した状況なのに、俺までそっちに引っ張らないでほしかった。
いくら寛大なリオネル殿下でも、我慢の限界はある。
彼の忍耐を試す蛮勇は俺にはなかった。
ようやく俺たちが揃って座った途端、リオネル殿下が長く息を吐き出す。瞼を閉じて、テーブルに両肘を突く。重ねた手の上で、人差し指がコツコツと甲を叩く。
「鉱輝祭もまもなく。大方の準備は終えていなければならない時期なのだが……今日は随分と学園が賑やかだ。休みだというのに、不思議なこともあるものだな?」
「ははは、ブラウニーでも住み着いているんですかね?」
「それはいい。夜中に仕事をこなしてくれるなら、私も楽ができる。朝から優雅に紅茶を飲めそうだ……いまは朝なのだが」
「が、学園の妖精はずいぶんと働き者なんですね」
「本当にな」
「「あはははは」」
揃って笑うが、もちろんお互いに目は笑っていない。
背中は冷や汗でびっしょり。制服が張り付いて気持ち悪いが、あとからあとから汗が吹き出し乾く暇なんてまるでない。
ここからどうすれば和やかにことを運べるだろう。
必死に考えを巡らせるが、貴族特有の迂遠なやり取りを嫌うユーリが実直に俺たちの会話を断ち切った。
「つまり、学園の生徒たちがいまさらになって、自らの手で鉱輝祭の準備を始めて迷惑している、という話か」
遊びもなにもなく、簡潔にまとめられる。
俺は泣き言のように言う。実際、声は震えていたかもしれない。
「そうだけど……もうちょっとこう、手心を加えてもらえるような流れにしたかったんだが」
「結論は変わらないだろう。わかりきったやり取りは省いて、さっさと話を進めるべきだ。殿下もお忙しいでしょう?」
ユーリが水を向けると、リオネル殿下の瞳が一層細く鋭くなる。
「ユーリアナ嬢が原因だと聞いているが?」
「見解の相違ですね」
私は悪くない、と暗にユーリは言う。
聞いた限り、ユーリ本人に広めようという意思はなかったらしいから、彼女が悪くないというのもわかる。……わかりはするが、たとえ故意ではなかったとしても、騒動を起こした要因はユーリな訳で。
その辺りを理解してくれているだろうリオネル殿下が、小さくため息を零した。
非常に疲れているように見えるのは気のせいだろうか。
「卿は、自身の影響力の大きさを自覚するべきだ。アルローズ公爵家の令嬢という立場は、良きにしろ悪きにしろ周囲に影響を及ぼす。発言に責任はつき物だ、卿の立場で“こうなるとは思っていなかった”などという逃げは許されない」
「私はユーリアナです。公爵家の令嬢ならばこうあるべきだ、などという凝り固まった思考に従う気はさらさらありません」
……なんか、空気悪い。そして、俺は空気だ。
今回の話、俺が関係しているようで、実際のところ関わりが薄い。ユーリと一緒に鉱輝祭の準備はしていただけで、騒動を起こすようなことはしていないからだ。
でも、自分たちの手で鉱輝祭の準備をしようと言い出したのは俺なので、発端が俺と言えなくもない……ない。
それなりの罪悪感もあってユーリと出頭したが、問題視されているのはユーリの不用意さであって、やや置いてけぼりになってしまっている。
正直、ユーリが悪いとも思っていない。
騒動の要因であっても、実際に行動を起こしたのは彼女の話を聞いた令嬢たちだ。ユーリが直接なにかしろと命じたわけじゃない。
かといって、リオネル殿下の立場を考えろ、という言葉にも一定の理解はあって、余計に俺の立ち居位置がふわふわしてしまう。
ただ、このまま険悪な空気を放っておくわけにもいかないので、どうにか口を挟む。
「まぁ、なんです。あれです。すこーし騒ぎにはなってしまいましたが、生徒たちが自主的に行動をするのに問題はないでしょう? 自主性を育むという意味でも、今回の件はいい経験になりますよ」
「そうだな。職人が作った屋台や装飾を不幸な事故で壊した挙げ句、スケジュールを考えずより派手にしようと凝ったものを作ろうとする。自主性があり、いい経験になるだろうとも」
……貴族ってのは困ったちゃんしかいないのか。
後先考えず思いつきで行動するのは貴族らしいなと思うが、その余波を貴族社会の頂点であるリオネル殿下に集約しているのには同情を禁じ得ない。
いつもは発言に余裕があるのに、今日は皮肉が刺々しい。
騒動から2日しか経ってないのに、想像以上にやらかしているようだ。入念に準備を進めてきたリオネル殿下からすれば、たまったものじゃないだろう。
そうなると……まぁ、やむなしか。
面倒になるのはわかりきっているが、穏便に済ませるにはこれが1番のはずだ。
「なら、俺とユーリが手本になるのはどうでしょう?」
言うと、進めろとリオネル殿下が顎をしゃくる。
「問題になっているのは、生徒たちが各々勝手な行動を取るからでしょう? 指針があれば従うでしょうし、それがユーリなら納得もしやすい。なんといっても流行の発信源なんですから。真似したくなるものでしょう?」
「つまり、卿らが指揮を取る、ということだな?」
「ぅ゙ぇ?」
やばい、濁った声が喉から出た。
そこまでは考えてなかったんだけど……どうしようと隣を見れば、ユーリがこれ以上ないくらいしかめっ面をしていた。嫌だよね、わかるとも。
けど、落とし所はここなんだろうなー、と達観して、がっくりと頭を落とす。
「……わかりました」
「卿がやってくれるというのなら、私も安心だ。では、任せよう」
これまでの剣呑さや疲労もどこへやら。
深い笑みを作ってリオネル殿下は1つ頷くと、颯爽と立ち上がる。
「なにか困ったことがあれば相談に乗ろう」
「大きな仕事と責任が降って湧いて押し潰されそうです」
「期待している」
俺の悲鳴をスルーして、ぽんっと肩を叩いて部屋を出て行ってしまった。
その足取りはやけに軽快だった。
俺は両肘を突いて手を組む。
その手の上にとんっと額を乗せる。
「…………ねー」
「なんだい」
「どこまで計算だったと思う?」
「よしよし、包容力のある私が慰めてあげよう」
「せめて答えて」
頭ではなく、ユーリは襟足辺りを撫でくり回してくる。くすぐったい。
徹頭徹尾、最初から最後まで計算だったなんて言われた日には、立ち直れそうになさそうだった。






