第3話 傍から見ると、イチャイチャしている新婚カップル
休みの日の仕事ほど嫌なものはない。
本来であればまだベッドで寝ていられたのに、仕事だからと這い出るのはなによりも苦痛だった。しかも、外は雪。肌を伝う空気の冷たさに体の芯が小刻みに震え続ける。
「実家にいたときは休みなんてなかったけど」
いつもなにかに追われていた。
お金だったり、仕事だったり、母親だったり……妹だったり。
それと比較すれば休みがあるだけいいんだろうが、1度体験した楽は心を蝕み弛緩させる。ふわっ、と欠伸が出るのを止められない。
「眠そうだね?」
「……休みの日まで付き合わなくてもいいんだぞ?」
休日、それも朝だというのに俺の横にいるユーリは活力に満ちていて、その微笑みから身だしなみまで隙のない完璧な令嬢だった。
眠気を残して、息苦しいからと胸元を緩めている俺とは雲泥の差である。
「手伝うと言ったろ? それに、旦那様と会えるなら、どこでも付き合うさ」
「地獄でも?」
「死ぬときも一緒、という意味かな?」
返しも絶好調だった。
軽い冗談もそっち方面に捉えられてしまって、口をつぐむ。ユーリの顔はふふふと勝ち誇って見えて、勝負でもないのにやけに負けたと意識させられる。
これも、攻めてきてるってことなのかな。
俺から告白させるために。
ただ、ユーリは出会った当初からこういうからかい方をしてきた。いつも通りといえばそれまで、変わっていないとも言える。
俺ばっかり意識してるみたいで、無性に悔しくなる。
かといって、逆にからかってみてもやり返されるオチは、未来が見えない俺でも見通せる結果だったので、仕事に集中して気を紛らわす。いや、仕事をしに来たんだけどね?
今日は鉱輝祭の会場の下見に来ていた。
ユーリやリオネル殿下から鉱輝祭の概要を聞いて、当日は学園全体がお祭りの会場となるのは知っていた。
鉱輝祭の中心となるのは以前、学園の社交でも使われた大広間。ここには主要な……つまるところ、学園側が推している展示品を並べるらしく、その一角を俺が貰うことになっている。
大広間に出展するのは10にも上らず、王族や公爵家に及ばずとも、名のある貴族が参加を表明している。侯爵、伯爵、うちと同じ子爵位もいるが、国への影響力や財力は段違いだ。
この中に並ぶと想像するだけで、胃が鉛を詰めたように重くなっていく。
「楽しそうな顔をしているね?」
「その目は石でできてるのか?」
「美しい宝石だろう?」
碌に見えてないと言ってるのに、自慢げに人差し指を瞼の下に添えて、見ろとばかりに主張してくる。
ユーリの言葉通り、サファイアをカットしたような蒼い瞳は美しい。否定しようのない事実に、唇を尖らせるしかなく、そんな俺の反応が面白いのか愉快だとばかりに笑われてしまう。
「仕事しよう、仕事」
「逃げたね?」
やーい、と頬をぐりぐりされる。
うっさいやいと手を払いつつ、大広間を見渡す。
業者の人たちによる会場の設置が進む校舎の大広間は、祭の準備の喧騒に包まれていた。その中に生徒の姿はなく、大人ばかりが着々と飾り付けや屋台の建設をしている。
空いている区画の前で、制服を着た俺は浮いているのか、さっきからやたら視線を感じていた。
「貴族のおぼっちゃんが邪魔しないか心配なのかね」
「いや? イチャイチャしてるんじゃねーよ新婚カップルめ、という妬みだろう?」
「え」
いや、そんな……え。
「イチャついてない、が?」
「自覚と、他覚は違うものだよ」
「や、だって、手、繋いだりとか、腕組んだりとか、してないし」
「くす、旦那様は迂遠だね」
ユーリが腕をするりと腕を絡めてくる。
制服の上から体温が伝わるはずもないのに、人肌の熱が伝わってくるようだった。
「要望を言ったわけじゃない」
「そうなのかい? でも、私がしたいから、やめないけどね」
よりぎゅっとしがみついてくる。
仄かに感じる異性の柔らかさに血が熱を持つ。これじゃあ、本当にイチャイチャカップルになってしまう。もともとどう思われていたかわからないが、事実を上書きして嘘を本当にされた気分だ。
実際、汗かき仕事に真面目な業者衆からの視線の圧が増したように感じる。それは、普段学園の生徒から突き刺さってくる嫉妬の視線に似ていて、貴族も平民も同じなんだなと思わせた。
そんな部分、似なくてもいいのに。
「それで、どんなお店にするつもりだい?」
「店ってほどじゃないけど」
どうしようか。
台置いて、看板置いて、その上に金細工を並べればいいかなー、くらいにしか想像できていない。こういう見栄えに関するセンスはからっきしで、俺がやると無難な形にまとまってしまう。
可もなく不可もなく、平均値を突き進む。
うーんと頭を使っても良いアイディアは浮かばない。リオネル殿下から話を受けたのが遅かったので、出遅れていてあまり悩んでいる時間もない。
業者に任せるのが手っ取り早いんだけど……寮母さんとの話を思い出す。
寂しい学生……か。
「自分で準備したい、って言ったらどう思う?」
「それは……お店を?」
「まぁ、そう」
頷く。
「材料はお願いするしかないけどさ。屋台を立てるのもだけど、看板を作ったり、飾ったりするのも自分でやったら楽しいと思うから」
……たぶん、と心の中で付け足す。
この学園で鉱輝祭を体験して卒業した寮母さんの話を聞いて、思うところがあった。勉強しに来てるんだから、寂しい学生生活だろうがどうでもいいとも思うのも俺の本心ではあるが、それもなー、と対立する心も俺の本心なんだ。
両方あって、だから前に進めない。
立ち往生して、二の足ばかり踏む。雪を踏み固めるみたいに、同じ場所で足踏みばかり。
ユーリみたいにもっと自分の思うままに生きられたら、こんなことでうじうじしないんだろうにと羨望を抱いて、でも、その勢いの良さでこけると大怪我をしそうだ。
2人揃って勇み足じゃあ危ない。
なら、これくらいで丁度良いんだろう。
上品に薬指を唇の下に添えたユーリが「……自分で」と呟く。考えるように俯いた彼女を見て返事を待っていると、ゆっくりと顔を上げた。その顔は輝くような笑顔で、言葉にしなくても答えがわかった。
だから、ユーリがなにか言う前に、俺も息を吐くように笑ってみせた。
「じゃあ、やるか」
「こういうのは初めてで、ドキドキしてしまうね」
だろうなと思う。
貴族の令嬢、ましてや公爵家の子女ともなればなにかを自分の手で行うこともないはずだ。初めてで当然……と思ったが、そういえばユーリは普段から自分のことは自分でやっているみたいなんだよな。
紅茶も手ずから淹れてくれる。
メイドはいるみたいだけど、こき使っている印象はなかった。
他人に任せるのが、あんまり好きじゃないのかも?
もしくは、身近に人を置きたくないか。
どちらもありそうだが、後者の方がしっくりとくる。もし、その上で俺の傍にいたいというのは……まぁ、そういうことなんだろうと自分で思って恥ずかしくなる。
どうして俺なんだろう、とはいまだに思うけど。
学園の青春。お祭り。
ただ過ぎるのを待つのではなく、率先して参加してみようと、いまはそう思う。
◆第6章_fin◆
__To be continued.






