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貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。  作者: ななよ廻る
第2部 第6章

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第1話 寮母さんの学生時代

 手紙を書くのは苦手だった。

 爵位を継げば否が応でも書かないといけないが、いまその手の仕事は母さんがしている。先の話だからと逃げてばかりもいられないが、とりあえず卒業まで頼らせてもらおう。


「……卒業か」


 自室の椅子、その背もたれにもたれかかって天井を仰ぐ。

 まだ1年も終わっていない。卒業なんてまだまだ先だが、かといって地平線の向こうというわけでもなかった。すぐではなくともいつか訪れる未来で、果たしてそのとき俺はどうしているのか。


「…………いや、マジでわかんないな」


 正確に言うとわからなくなった、だが。

 入学した頃は、とにかくお金が必要だった。そのために、勉強して、よい仕事を見つける。いずれ爵位を継ぐにしても、金がなければ領地を立て直すこともできない。


 そう思って奮起して、なのに俺なんか関係なく領地は復興の兆しを見せている。

 それはルルのおかげ。

 結局、俺はなにもしないままに目的を達成してしまう。ただそうなると、俺はこれからどうするべきなのか、という疑問が生まれる。


 金が出た。領地の立て直しの道はある。

 なら俺は、ただ勉強してよい仕事にくことを目標にしていいのか。


「よくないんだよなぁ」


 結論、そうなる。

 学校に通ってることすら無駄なのかもしれない。さっさと領地に戻って、家督を継いで俺も母さんたちに協力するべきだ。わかってはいるが、いざ離れるとなると離れがたいものがある。


「あんなに嫌だったのに」


 いまでは結婚の相手探しを重視する学園には慣れない。

 自分の居場所ではないという、居心地の悪さは変わっていない。


 それなのに、この場所に足を留めさせるのは、ひとえにユーリのせいであり、おかげなんだろう。


「すぐに答えを出さないといけないわけでもない、か」


 高い学費に入学金。

 それを補填するため、俺もそれなりの代償を払ってここにいる。答えを出すまでここにいるくらいは、許されてもいいはずだ。


「鉱輝祭が、家のためになるかもだしな」


 手紙を持って席を立つ。

 寮の自室から出て、階段を降りる。丁度よく、表で掃除している寮母さんを見つけられた。


「おはようございます」

「はい、おはようございます」


 朝の挨拶を交わす。

 起きて1番に寮母さんに挨拶できると幸せな日になる、と言っている寮生がいた。実際、寮母さんの朗らかな笑顔は晴れやかで、目も覚める。


「朝食は部屋に運びますか?」

「いえ、あとでサロンでいただきます」


 定型文のようなやり取りをする。

 ただ、今日に限ってはいつもよりも用件が1つ多い。


 手に持っていた手紙を渡す。


「これをお願いします」

「手紙、ですか」


 寮母さんはリュウール子爵家の家紋が押印された手紙をまじまじ見て、はっと気づいたように箒から手を放して口元に添える。そして、すぐに申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「申し訳ございません。お気持ちは嬉しいのですが、私は寮母なので応えることはできかねます」

「恋文じゃないので」


 違うのか、と目を丸くされる。

 そんなわけないだろうに、寮母さんは朝から冗談がすぎる。ユーリと違って、こちらをからかうような笑みを浮かべないから、本気に見えるのが恐ろしい。


 以前、俺が言った冗談を真似ているんだろうけど、寮母さんからやられるのはなかなか心臓に悪かった。

 目覚めて早々、命を賭ける趣味は持ち合わせていない。寮生の抜け駆け禁止令は健在で、朝日を反射する窓の向こうで誰が見ているかわかったものじゃない。


「そうですか、それは残念ですね」

「断っといて」


 そもそも、直接渡す恋文に家紋なんて刻まない。


「他の寮生にもやってるんですか、それ」

「クルールさんだけですよ」

「……そですか」


 これくらいで嬉しくなっちゃうんだから、男心は単純すぎる。


「実家への手紙ですよ。送っておいてくれますか?」

「承りました」


 今度は素直に受け取ってくれた。


「ですが、珍しいですね。クルールさんがご実家に手紙を送るのは」

「……筆不精なもので」

「ご家族とは頻繁にご連絡を取った方がよいですよ?」


 正論だった。

 忙しいからと理由をつけて手紙を送らない人は、いつまで経ってもやらない怠け者だ。せめて、月1の連絡はするかと心を改める。


鉱輝祭こうきさいに出ることになったので、ちょっと実家に確認する必要があるんですよね」

「もうそのような時期でしたか」


 寮母をつとめてどのくらいかは知らないが、俺みたいに鉱輝祭を知らないということはないらしい。そりゃそうか。


 リオネル殿下には出ると言ったが、本当に出展できるかは不透明な部分がある。

 出展できるような金はあるのか。また、金細工に加工してくれる職人はいるのか。


 準備期間も少ない。

 開催は年内と言っていたので、長くとも1ヶ月しかなかった。手紙の往復も考えると……ほんとに間に合うのか? 不安になってくる。


 受ける前提で動くが、状況によっては無理とリオネル殿下には伝えてあるが、否定も肯定もせず『期待している』と肩を叩かれてしまった。つまりはやれということで、上からの無茶振りに早くも胃が痛い。

 幸いなのはリオネル殿下も協力を惜しまないと言ってくれているし、資金も出してくれるとのこと。最悪、馬を使い潰してでも実家を往復しなくちゃいけないかもしれない。


 ……先が暗いな。

 嫌だ嫌だと首を振る。


 暗い未来にどんよりしていると、寮母さんが昔を思い出すように上を向く。


「鉱輝祭ですか。私も学生時代には参加しましたが……禄な思い出はありませんね」

「ここの生徒だったんですか?」

「はい」


 あっさり肯定される。

 意外な新事実だった。良いとこの令嬢だとは思っていたが、学園に通えるくらい裕福な家であるらしい。それなら、男子寮の寮母なんて面倒の塊である年頃の子息を相手する仕事じゃなくても、もっといいものがあったろうに。

 令嬢の家庭教師とか。


 もっというなら、これだけ綺麗で教養もあるんだ。普通に考えればどこかの良家に嫁いでいるものだが、家庭に入りたくない理由があったりするのだろうか?


 くっついていた唇を離して……ぎゅっと結ぶ。

 気にはなるが、興味本位で訊いていい話じゃない。働いていたいという独立心の強い理由ならともかく、借金があるとか告白されても困る。


 沸き立つ好奇心に蓋をして、ただ寮母さんの話に耳を傾ける。


「生徒でしたが、ただ通って、卒業しただけです。無味乾燥とした寂しい学生でした。鉱輝祭も参加していましたが、外交的な面が強い。生徒が出展するとは言っても、市井しせいのように生徒が店に立つということもありません」

「あ、やっぱりそうなんですね?」


 貴族の令嬢子息が店に立つのか? と疑問を持っていたが、やっぱり違うらしい。


「えぇ、生徒がするのは業者にこういう風にしてほしいと要望を伝えて依頼するくらいです。ただ、それすらもしないですべて使用人任せという生徒も多いので、学生主体のお祭りと呼ぶにはしていることが少なすぎます」


 その分、豪華ではありますが、とその言いようが皮肉めいて聞こえたのは勘違いだろうか。

 町の祭みたいに屋台の準備からなにまで自分でやるのを想像していたけど、やっぱり俺の感覚は庶民に近いらしい。貴族というのが指示を出す側と考えれば、人を動かして形にするのも良い経験にはなるんだろう。


 間違ってはないが……少し、寂しくも感じる。


「どうかしましたか?」

「え?」


 尋ねられて顔を上げると、透き通るような金色が俺を見ていた。


「悲しそうな顔をされていました」

「あ、いや、そういうつもりはないんですけど」


 ですけど……まぁ、思うところはある。


「俺の中のお祭りはもっとなんか自分たちで色々手を動かすもので、そうした準備が1番楽しいのになーって、思って、ちょっと、なんか、残念だなと」

「くす、そうですね、ええ本当に」


 笑われて、耳たぶに触れる。

 馬鹿にしたわけじゃないんだろうけど、年上のお姉さんに微笑ましそうにされると、自分がまだまだ子どもだと言われたようで鼻の先が熱くなる。


 事実、寮母さんからすればただの子どもなのだが、そこまでじゃないと反発したくなるのは、やっぱり幼いよなーと自分でも思ってしまう。


「準備に楽しみを見出すのは難しいかもしれませんが、学生のお祭りらしい楽しみ方もあります。たとえば、鉱輝祭で想い人と宝石を交換すると末永く幸せになるというのは、学生らしいとは思いませんか?」

「なんですか、それ」


 思わず顔をしかめてしまう。


「おや、興味がありませんか?」

「そういうなにかにつけて婚約とか結婚に結びつけるのはどうにも」


 好きになれない。

 さすがに学園が流したジンクスとは思わないし、10代の年頃らしい夢のある発想だとは思う。ややメルヘンに寄りすぎな気もするが、即物的なイベントよりは幾分かいい。女の子は好きそうだ。


 どっちにしろ、鼻にはつくが。


 俺の話を聞いた寮母さんが苦笑いする。


「わからなくはありませんが、恋愛も青春ですよ? 貴族という立場柄、自由恋愛というのが難しいことは理解しておりますが、かといって冷めた目で見続けて、学園を卒業すると後悔します」

「寮母さんは後悔したんですか?」


 実感のこもった話に聞こえて彼女を見ると、ただ薄く微笑むだけだった。


「だから、こうして年甲斐もなく学園に縋っているのかもしれませんね」


 そこには雪のような儚さと寂しさがあって。

 でも、いまにも消えてしまいそうな透明感を美しいとも感じて、胸に押し寄せるものがあった。去来する感情がなんなのか。言葉にはできないが、このままじゃダメなんだと強く抱かせた。


「……少し、考えてみます」

「はい、クルールさんの鉱輝祭が良き青春であるよう、願っております」


 寮に戻る彼女の背中をどうしてか。

 いなくなったあとも、瞳に焼き付いて離れなかった。


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