第3話 殿下からお祭り参加の依頼
どうやったらこんなに図太い神経を育めるんだろう。
数千年生きた大樹のような……というと、誇張しすぎで、厳かにすぎる。だけど、適切な比喩も見つからず、言葉の難しさばかりを学習してしまう。
「なぜ、ユーリアナ嬢が断る?」
リオネル殿下も呆れている。
厳かな表情は常と変わらないように見えるが、一瞬目尻がぴくりと跳ねた。そもそもなんでいるんだ? という疑問が黄金の視線に含まれていて、俺としてはなぜでしょうね? と答えるしかない。口にしてないけど。
俺から、殿下から。
そして、周囲の注目をその華奢な体躯に集めながらも、ユーリはふふんと得意げに平均よりも小さな丘を逸らしてみせる。
「決まっているでしょう? 私が旦那様の婚約者ですとも!」
大胆な主張にリオネル殿下の瞳がすーっと横にズレて俺を映す。物言いたげな視線に、俺もそっと顔を背けるしかない。
ユーリの苦情を持って来られても困る。
別に俺は彼女の保護者じゃないんだから、そっちはそっちでやってほしい。
俺に文句を言ってもなにも変わらないと理解してくれたのか、リオネル殿下は浅く息を吐く。
「……いいだろう。そういうこととして、話を進めよう」
やっぱりわかっているよね、リオネル殿下は。
偽装婚約だって。
茶番としつつも、話に乗ってくれる懐の大きさは素直に尊敬する。そのことを指摘して要望を通りにくくするよりも、口にしない恩を着せることによって交渉を有利に進めたい、という考えもありそうだけど。
こっちが申し訳なるくらい寛大だ。
短気な貴族相手であればどうなっているやら。想像して首を撫でてしまう。
「断るかはともかく」
「旦那様は出ないと言ったろ?」
「……ともかく、です。俺が出展する意味はないと思いますが、理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
正直、即断りたかった。
まず王族からの案件を爵位を継いでない俺が受けたくない。それも、周囲に耳がある状態で。
わかってるんだろうとは思う。
断られたくないから、状況を作った。そうでなければ、以前ユーリの婚約の話をしたように、密室で話せばいいのだから。それをせず、学園の生徒が使う食堂で話をしたということは、退路を断つためなんだろう。
そもそも、王族のお願いを断るという発想がおかしいんだろうけど。
1度断っているせいか、その辺りの感覚が緩くなっているのかもしれない。リオネル殿下以外にも当然王族はいる。落ちぶれた子爵家の俺が顔を合わせることすらないと思うが……公爵家の令嬢に、王国第二王子に。
短い間にこうも雲上人と邂逅しているのだから、絶対はないと思っておいた方が無難だろう。
あー、胃がキリキリする。
テーブルの下で腹部をそっとさする。
「無論、説明する」
俺の質問に、リオネル殿下は快く応じてくれる。
ほんとに心の広い方で助かる。
「鉱輝祭は学園の中でも大きなイベントの1つだ。定期的に開催される社交の場とは違い、直接国の産業にも関わってくる。卿らも把握しているだろうが、当日は学園内の生徒だけでなく、国内外の来賓も招く。事実上、外交の場となるわけだ」
「そう、ですね……」
喉を冷たい汗が伝う。
わかっている体で話されているが、全然わかっていなかった。初耳で、予想以上の規模に声が震えそうになる。てっきり、日曜市くらいだと思っていた。
まさか知りませんでしたとも言えず、曖昧に相槌に留めていると、脇腹を突かれびくっと背筋が震える。見れば、ユーリがにやぁと意地悪そうに笑っていて、『把握していなかったろう?』と目で語ってくる。
言うなよ? という意味を込めて、彼女の膝を指で叩く。と、指を捕まえられて、このぉっと抜き取るつもりで引っ張る。が、抜けない。
「不明点でもあるのか?」
「い、いえ? 大丈夫です、はい」
訝しむリオネル殿下に、これ以上不審な態度を見せるわけにもいかないので握られたままの指は諦める。
「鉱石の展覧は、国内外に対する商品の紹介だ。そこにクルール、正確にはリュウール子爵家に参加してもらいたい」
「見えませんね」
リオネル殿下に見えない角度で人の指をにぎにぎしつつ、至極真剣なトーンでユーリが口を挟んでくる。
「鉱輝祭は国としても見過ごせない催しです。リオネル殿下が動くには十分な規模でしょうが、かといって直接参加者を募るほどではないはず。それこそ部下にやらせて、殿下は来賓に対応すべきではありませんか?」
「……ふぅ」
リオネル殿下が息を吐いて、ユーリを見る。
「ふざけているかと思えば、勘所は捉えている。厄介……と呼ぶのは淑女に失礼かな?」
「光栄の至りに存じます、殿下」
椅子に座りながら、ユーリは上品に頭を下げる。
それがポーズとわかっていても見惚れる所作で、リオネル殿下が厄介と表現したくなる気持ちもわからなくはない。俺からすると、厄介という言葉もまだ生易しい表現だと思うけど。
「ユーリアナ嬢の指摘通り、本来私が直接声をかけることはない。ただ、クルール……というより、リュウール子爵家は特別だ。必ず招聘しなければならない」
必ずって……リュウール家を?
どうして、という疑問が頭を埋め尽くす。うちは少し前までいつ取り潰しになってもおかしくないほど切羽詰まっていた。その危機はまだ去っておらず、立て直す目が出てきただけ。
いまだ財政難を抜け出せていないうちを、リオネル殿下直々に参加を呼びかける理由がわからない。
渦巻く疑問。その答え合わせをしてくれたのは、ユーリだった。
「新たな金脈……その発見を広めたいのですね?」
「その通りだ」
俺を置いて理解し合っている。
金脈の発見を広めたい? なぜ? 国内には他にも金山はあるし、宝石が出る鉱山もある。まだ、どれだけの金が眠っているかもわかっていないのに、それを広める理由とはなんなんだ?
もはや悩める置物と化している俺を横に、斜面を石が転がるように進んでいく。
「近年、我が国の鉱物の採掘量は減少し続けている。悪いニュースが多い中、ここ数年なかった新たな鉱脈の発見、この意味は大きい。それも金だ。交易品としての信用と価値は高い。王国はまだ健在だと、内外に示すことができるだろう」
「なる、ほど」
俺からすると、そうなのか、くらいの納得しか至っていない。
いずれ領主を継ぐ立場にあるが、その辺りの政治や経済感覚は未熟だった。言葉の意味はわかる。ただ、それが事実なのかという理解にまで至っていなかった。
自領で手一杯で、国や他領にまで目を向けられなかったからな。
とはいえ、生徒の目と耳がある食堂で、リオネル殿下が嘘を吐くはずもない。もしや、そういう信用も狙って話し合いの場をここにしたのか?
交渉も政も、まだまだ学ぶべきことが多すぎる。爵位が継げるのはいつになるやら。
「つまるところ、良いニュースを広めて活気を取り戻したい、ということでしょう?」
ユーリが非常に簡潔に、わかりやすく説明してくれる。
説明をだいぶ省いているのはわかるが、いまの俺にはこれくらいわかりやすいととても助かる。ユーリを見て、お礼を込めて頷いて見せると、ふふっと笑う。
ところで、いつまで人の指を握ってるの?
「ユーリアナ嬢のまとめ方は簡潔にすぎるが……どうだろう――やってくれるか?」
◆◆◆
「で、受けるんだね?」
冷ややかな目を向けてくるユーリに、しょうがないだろと視線で返す。
「王族の依頼を断れるわけないだろ?」
「賄賂に釣られたわけでないと?」
「魚って食べれないよなー」
川魚の香草焼きを集中して食べてるから喋れない、という体で誤魔化す。
俺から鉱輝祭の了承を得たリオネル殿下は『あとは2人で過ごすといい』といって、早々に去ってしまった。気を遣ったのか、ただ忙しいだけかもしれない。
お礼のつもりか、好きなものを食べていいと言い残していった。王族に奢られるなんて恐れ多いが、断ろうにも殿下の姿はもうない。
「好意を断るのも無礼だからな」
「美味しいかい?」
「魚好き」
山岳地帯という環境なので、なかなか魚を手に入れづらい。買えなくはないけど、高いし、こういう機会でもなければ食べれなかった。
ユーリの前にも同じ料理が並んでいる。
でも、俺への不満が強いのか、見つめてくるばかりで手をつけようとしない。
「……そう見られると、食べづらいんだか?」
「私が勧めたときには断ったのに」
どうやらユーリの不満はそこにあるらしい。
出ないとは言ったけど。
ユーリだってそこまで強く鉱輝祭に出ろと言っていたわけじゃない。そこまで機嫌を悪くしなくてもいいと思う。
これはあれか。
自分は断られたのに、殿下には了承したという、そういう不満か。
わからなくはないが……普通、王族のお願いは断れないだろ。
「前は断ったのに」
一瞬、なんのことかと思った。
考えて、あー、あれかとなる。ユーリとの婚姻の話。
それと同列に扱われても困るんだが。
「そりゃ殿下相手でも断るだろ、ユーリのことなんだから」
これも、前に言ったが俺を人でなしとでも思っているのか。妹の結婚を阻止したいのに、代わりにユーリの捧げるなんて真似はしない。
殿下相手でも、願いの重さが違った。
とはいえ、相手がどうあれ俺も悪いか。街に出て甘い物でも食べに行くかなー、と機嫌を取る方法を考えていたら、すっとフォークが突き出された。
先には魚の身が刺さっていて、俺の口の前で止まっている。
「なに、これ?」
「好きなんだろう? あーん?」
いや急だって、いろいろ。
さっきまで機嫌が悪かったの嘘のようにニコニコと魚を差し出してくる。
なんなんだろう、この変わり身の早さは。
俺、なにか言った?
思い出してみても心当たりはない。弁明してただけだからな。
「旦那様?」
「……あー」
ここで拒否して、また機嫌が下降しても困る。
少々恥ずかしいが、初めてというわけでもないので素直に食べる。別の魚だからか、それとも食べた部位か。同じ料理のはずなのに、味を感じなかった。
口を隠してもきゅもきゅ。
そんな俺を微笑ましそうに見つめるユーリが、当たり前のように言う。
「私も手伝うよ、鉱輝祭」
口の中に食べ物がある。
返答できない間にそれは確定事項となっていて、まぁいいか、と川の葉のように流されていくばかりだった。
◆第5章_fin◆
__To be continued.






