第2話 鉱輝祭に参加したくない(希望)
常識知らずな目をされたところで、知らないものを引っ張り出すことはできない。悩んだフリをして「あー」と声を出してみても、頭の中は空白で埋まっている。
はぁ、というユーリのため息が辛い。
「鉱輝祭というのは、学園のお祭りだよ」
「いや、それはわかるんだが」
祭とついているのだからそうだろうとも。
おや? とユーリが上瞼を持ち上げてみせる。
「なにも知らないかと思っていたが、常識は備わっているらしい。お祭りの説明はいるかな?」
「物知らずですみませんでしたー」
隙を見せればこれだ。
すぐに当てこすってくる。くすっ、と愉しそうに笑みを零して、猫のように目を細める。人を貶める気がない分、貴族の挨拶よりはいいが、からかわれて喜ぶ性質は持ち合わせていない。
次からは気をつけようと心に決めて……たぶん無理なんだろうなぁと早くも諦める。いつだって俺はユーリに勝てる未来を想像できない。
「冬の間はどこの領も雪で鉱山は閉山となる。その間に、自領で採掘された鉱石を見せ合おうという趣旨の……いわゆる、展覧会だな」
「そんなこともやってるんだな」
感心してしまう。
「お見合い学園じゃなかったんだな」
「自領で採れる鉱石は財力に繋がるからね」
「……撤回」
財産目当ての結婚の申し出が増えるだけだった。
やっぱりお見合い会場じゃないか、この学園。
「鉱輝祭は生徒が出展するわけだが……旦那様は出るのかな?」
「ネガティブな印象植え付けといて?」
「それはそれ、これはこれ、だろう?」
「口が上手いことで」
「高貴な令嬢だもの」
最後に否定しようのない事実を持っていくところが、本当に口が上手い。
それまでの話をすべて肯定しているわけじゃないのに、否定するタイミングを失ってしまう。さらっとただの石ころを高値で買わされそうでちょっと怖くなる。
こういう口の上手さって、慣れでどうにかなるものなのだろうか。
「出ないよ、鼻につく」
「臭くはないんだがね」
「言葉尻を取るな」
そういう意味じゃない。
ほら、と手を伸ばしてくるユーリとは反対に、頭を下げて距離を取る。ユーリが花のような良い香りがするのは知っている。とか言うと、『へー? そうなんだねー?』とニヤニヤしてくるのが容易に想像できるので上唇を噛む。
結局、だんまりが1番の対抗策だった。
「私の香りは嗅ぎ慣れている、ということか。納得した」
「無敵かよ」
黙っていても、勝手に解釈してうんうん頷いてしまう。
1番の対抗策とはなんだったのか。
手首を振るように手を揺らす。
「鉱輝祭が、鼻につくんだよ。結局、婚約だ結婚だっていうイベントなんだろ? 参加する意義を見いだせない。……面倒だし」
「最後のがすべてじゃないか?」
そうだけど。
俺も一応貴族なので体面はある。嘘じゃない言葉を並べて、もっとも大きな要因を押し隠すくらいはさせてほしかった。
「学生向けだが、鉱石の販売もする。そこから、大きな取引に繋がって、領に利益をもたらした……という話も聞くがね?」
「俺に参加してほしいのかしてほしくないのか、どっちなんだ」
「眉間にシワを寄せて、困った顔をする旦那様の顔を見たいんだ」
凄く好みだ、と頬に手を添えてうっとりしている。
その粘ついた視線を向けられるだけで、俺はげっそりするんだが。
「素直ならなんでも許されると思うなよ?」
特殊性癖に付き合わされる俺の身にもなってくれ。
「鉱石の売買に興味があるけど……やっぱり出ないな。どうせ、宝石メインだろ?」
「そうだね。去年はネックレスや指輪といった装飾品が多かったな」
「うちで採れるのは金なのよ」
それもいまは枯れ果てて……は、いなかったみたいだけど、絶賛掘り進めているところだけど、全盛期からすればその採掘量は微々たるもののはずだ。
「金細工もいいと思うがね」
「細工師もどれだけ残ってるか」
1度、リュウール子爵家の金山は衰退した。それは、金を扱っていた技師の終わりでもある。技術の継承はなく、廃れていった。
そんな中、まだ領内に貴族向けの装飾品に加工ができる職人がいるかは怪しいところだ。
両手を上げて、ひらひらと振る。
「どうあれ時期尚早だな。実家も今年は調査に当てただろうし、金脈があっても、採れなければただの宝の山でしかない。文字通りな」
「金も栄華も雪の下。春になるまで待つしかないということか」
むー、と不平でもありそうな顔になっている。
なにが不満なのか。
「俺じゃなくても、ユーリはどうなんだ。店を出さないのか?」
「――出さない」
ハッキリと。
拒絶を孕んだ端的な言葉に二の句を告げない。ただ、「そ、そうか」と動揺を隠せず、手で口を覆った。
そういえば、ユーリの実家関係の話はほとんどしたことなかったな。
触れられることを避けている感覚はなかったが、もしかしたら、ユーリが意識して遠ざけていたのかもしれない。公爵家の令嬢であることは自認しているが、それ以外のことについて語らない。
ユーリの昔の話といい、アルローズ公爵家は鬼門かもしれない。
叶う叶わないはともかく、そんな相手に惚れてしまった俺はどうすればいいのか。や、世間一般的には諦めろって話なんだが……な。
でも――むにっと頬を摘まれた。
「顔が固いぞ?」
「なにしてる?」
にーっとユーリの目が細く伸びる。
考えている間にこっちまで来ていたらしい。それはいいんだが、人の顔をおもちゃみたいにぐにぐにするんじゃないよ。人の頬を引っ張る指を摘んで、ぺいっと引き剥がす。
「で、なにしてる?」
「いらない心配をしている顔だったから、ほぐしてあげたんだ。感謝したまえ」
誰のせいだと、とはさすがに口にできなかった。
「……ありがとうございます」
「褒めて遣わす」
皮肉のつもりだったが、大仰に頷かれた。
いや、なんでお礼したら褒められるんだ? その返答はおかしくないか?
指摘したい気持ちに駆られるが、俺を見て朗らかに笑う彼女を見ると、どうでもいいかと意欲を削がれる。どうせ中身のない会話だ。律儀に付き合えば付き合うほど、沼に嵌るのは俺ばかり。
わかっているのに、自分から底なし沼に足を踏み入れるということは、無意味な会話を俺も楽しんでいるんだろうと思う。
貴族の腹の探り合いより、ずっといいからな。
中身があればいいというものでもないということだ。
◆◆◆
「クルール、卿には鉱輝祭に参加してもらいたい」
リオネル殿下にお呼ばれした放課後の食堂。
昼休みほど人はいないとはいえ、ざわりざわりと漣のように静かな喧騒が食堂内で波打っていく。
静まり返り誰もが口を閉ざす中、ユーリがうむうむ納得したとばかりに頷いて顔を上げた。
「なるほど……だが断る!」
……本当に、中身なんてない方がどれだけいいか。
つーか、なんでユーリが答えるんだよ。






