第1話 公爵令嬢、“初めて”の手料理
ついに処刑かー。
気分は死刑執行前の罪人だった。もはや達観してしまっている。
再び訪れたユーリの部屋。以前は女子寮というのも相まって10代の男らしくそわそわしていたが、今回は別種のドキドキで心臓が痛い。病気かもしれない。
「はっ……病気と言ったら帰られるのでは?」
「――それは大変だ。栄養をつけないといけないね」
残酷な言葉に目の奥が痛くなる。
料理を作るために部屋を出ていたユーリは、自らカートを押して戻ってきた。木目のテーブル上にはユーリが作ったであろう肉のサンドと、見慣れた紅茶のポットとカップが並んでいた。
「昼休みもあまり時間がないからね、軽くサンドにしてみた」
「なる、ほど……それはいい選択だ」
「顔真っ青だよ」
「寒いからな」
暖炉の火でも強くしようか、とユーリが木をくべる。
わかっている癖にわざわざやるな。というか、同じ寮なのに暖炉があるんだな、こっち。女子寮だからか、それともユーリだからか。まさか全部屋というわけでもないだろうから、公爵家への忖度なんだと思っておく。
意識が暖炉に移っていた隙に、ユーリがテーブルに料理を運んでいた。
そのまま向かいに座る。
「さぁ、召し上がれ」
にこっと邪気のない笑顔が眩しく、不穏だった。
見た目は……まぁ、普通。というか、美味しそうな肉のサンドだ。なんの肉かはわからないが、こっちでは手に入りづらい瑞々しい葉物の野菜も挟んであって、そこらの屋台より豪勢だった。
匂いも悪くない……が、貴族の令嬢が作った料理と思うと手が鉱石のように重くなる。
ユーリは当たり前のように振る舞っているけど、本来貴族の令嬢は料理を作らない。
もちろん例外はあるが、本来は料理人がするもので、包丁を握ることすらないのが普通だった。
令嬢の中の令嬢であるユーリが料理をするというのが、俺にとっては懐疑的だ。公爵家ともなれば、本人がやりたいと望んだとしても、まず許されないはずだ。
そんな令嬢のユーリが作った料理……食べれるのか?
胃がきゅるきゅるする。昔、知り合いの令嬢に『食べて』と言われて食わされたクッキーを思い出す。ほぼ生だったうえ、美味しいからといって色々な物を混ぜていたらしく、そのあと数日お腹を壊して寝込んだ真っ青な記憶。
あれはなにが入ってたんだろう。味というより、刺激しか覚えてない。舌が溶けたような刺激しか。
ずーん、と奥底に沈めていたトラウマを掘り起こしていたら、ずいっと皿をこっち側に押し出された。
「食べろ?」
「うい」
女子寮に入った時点で逃げ場なんてない。
大体、明らかに俺の態度が悪いのに、にこにこと嬉しそうなユーリに『食べたくないです』なんて言えるはずもなかった。そもそも、作ってもらった料理を粗末にしたくない。
食うか。
覚悟を決めて、肉のサンドを持ち上げる。
肉の香ばしい香りに、白パン。どれもこれも美味しそうなんだけど……と、どうしても拒絶反応が出る。それでも、どうにか口元まで運び――食べた。
……あ。
「美味い」
「そうだろう?」
得意げなユーリ。
確かに、これだけ美味しいならその態度も頷ける。香辛料が効いてて、だけど強すぎないからか見た目以上に上品な味だった。
大雑把な味付けの庶民の料理とはまた違った繊細さがある。
「令嬢の作る料理がまずい――というのは、君たち子息の共通認識だろう?」
「そ……んなことは」
ない、と言い切りたかった。
が、ここで嘘を吐いてもしょうがないだろう。
「その、なんだ。悪い」
「いいさ。実際、それで婚約者を殺した令嬢もいたからな。ふふふ」
「怖いって」
笑えないし。
最初はただの殺人事件として扱われ、毒殺したとされていた。しかし、調査を進めていくと殺意はなく、本当にただ料理を振る舞っただけという話だ。
料理に使われた食材はきのこで、種類は……言わずもがな。
貴族のゴシップなんてそう信じられるものじゃないが、かといって捨て置けるものでもない。社交場の話題を抜きにしても、女性関係は明日は我が身と思っている令息も少なくないだろう。
まさか俺も該当することになるとは思わなかった。いらない心配でよかったけど、と肉に齧り付く。うまうま。
「そうやって美味しそうに食べてくれると作った甲斐があるね」
「美味しいからな」
「流石、私だ」
自信満々だ。
まぁ、本当に美味しいのだから、その自信も裏付けあってのものだったということか。
「初めての料理で旦那様の胃袋を掴んでしまうなんてね」
「うんうん、初めてでこれだけできれば十分………………いま、なんて?」
聞き間違いだろうか。
いま、“初めて”と聞こえた気がしたんだが???
そっと食べかけのサンドを皿に戻す。
食べるのに下を向いていた顔を上げると、変わらずニコニコしていて……けれどどうしてか。その目元に深い影がかかっているように見える。
「初めての料理で、と言ったんだよ」
「作ったことなかったの?」
「あぁ、見たことはあるがね」
「……今日は、誰かに手伝ってもらった?」
「いや? 見ての通り全部手製さ」
そっかー、手製か。
あれだけあった食欲が干からびていっているのがわかる。お腹をさする。大丈夫、痛くない。続いて触れた喉にも異常はなく、えずいたりもしていない。
大丈夫……な、はずだけど、気になるのは肉。
「ちなみに、これはなんの肉?」
「え、知らない」
「……そう、なの?」
「美味しいだろう?」
つー、と視線を落とす。
皿に戻したサンドを一口食べる。……うん、美味しい。
けど、次からはもっと気をつけようと思った。本当に殺意なく殺されかねない。
ちなみに、あとでユーリのメイドさんに訊いたら羊肉とのことだった。変な肉じゃなくてよかった、本当に。
◆◆◆
不安に胃をもたれさせながらも、最後まで美味しく食べきった。
食後の紅茶は清涼剤で、汗で失った水分を補ってくれる。
「そう心配しなくてもいいだろう? 美味しかったのだから」
「食べてから不安材料を足すのはやめてくれよ。美味しかったよ、ありがとう」
俺だって振る舞ってもらって文句は言いたくないが、手料理で婚約者を殺害なんて話を振っておいて、実は初めての料理でしたと聞かされれば不安にもなる。
「また作るから楽しみにしているといい」
「今度は俺が作るよ」
「はっはっは」
「いやなんで笑う」
冗句じゃないんだが。
「私が料理できるからと、強がらなくてもいいんだぞ?」
「できるから」
「ただ肉を焼いただけの料理が?」
「肉を焼くのは結構難しいからな?」
中まで火を通すとか、焦がさないようにするとか、気を遣うんだ。
「うちには使用人もいないからな。料理くらいできる、というか、やるしかない」
「義妹君に任せているのかと」
「任せきりじゃあ、兄の立つ瀬がないだろ」
とは言いつつ、家事全般をやってもらっているので、立つ瀬があるかは微妙なところだ。やれるところはやっているが、どちらかといえば俺は家を立て直す方面の仕事をしていた。
学園に通っているのもその一環だ。
「ふむ、なるほどね?」
信じていようがいまいがどっちでもいいが、その反応は鼻につく。
なんだよ、と視線で訴えると、ふっと口元を緩ませた。
「なら、そのうち作ってもらおうかな、旦那様の手料理を」
「言っといてなんだけど、口に合うかは保証しないからな?」
料理ができると言っても庶民向けの料理だ。
凝った料理なんて作れないし、ましてや舌の肥えた公爵令嬢のを満足させられるとは思えない。
「合うさ、段様の料理ならね」
「そうですかー」
と、言いつつちょっと嬉しくなっている自分がいる。
相変わらず単純だ。
なにを作ろうか。
頭の中でいくつかの料理を並べていると、「そういえば」とユーリが新しい話題を振ってくる。
「旦那様は鉱輝祭はどうするんだい?」
「鉱輝祭?」
こうきさい……? こう……奇才?
天井を仰ぐ。が、もちろん答えは書いてない。
正面に向き直す。
「なにそれ?」
「君、一応この学園の生徒だよね?」
呆れたユーリの視線が針のように刺さって痛かった。






