第4話 機嫌の悪い彼女のご機嫌取り
昼休み。
一緒に昼食にしようと、教室に乗り込んできたユーリに誘われて廊下を歩いていたのだが、隣の彼女から感じる気配がやけに刺々しく感じた。
「なにか機嫌悪い?」
「そのようなことはありませんよ? ええ、旦那様の勘違いです」
ほほほ、と楚々として口に手を当て微笑む。
いや、やっぱり怒ってない?
表情こそ柔らかいが、顔の筋肉だけは表現しきれない威圧感があった。というか、ありがちな令嬢像を思わせるその丁寧な態度が、なにより機嫌が悪い証拠だろう。
昼を誘いに来たときはいつも……というか、機嫌良さそうに見えたんだけどなぁ。
そうあってほしいという幻想だったのか?
今日は視界の曇りも晴らすような快晴だ。雪続きだっただけに、久々に見る高く青い空は見るだけで気分も爽やかにさせてくれるというのに、ユーリの傍では吹雪継続中。
なんでだ? と考えて、すぐに昨日のことだよな、とは思う。
告白の保留。
惚れさせる宣言。
まだ記憶は鮮明で、そのときの想いは残雪のように日の下でも溶けないでいる。
原因はそこにある……とは思うが、不機嫌の理由はわからない。
どうして顔を合わせて5秒でむすっと唇を結んでるんだ、この公爵令嬢は。こっちはこっちで、昨日からユーリにどう向き合うべきか考え続けて寝不足だってのに。
その癖、ちらちらこっちを見て意識しているんだから困ってしまう。
俺にどうしろと。
これなら、この前みたいに『見舞いに来い』と直接請われた方がマシだ。言葉にしないで『わかってほしいの』と言われたところで、心なんて悟りようがない。
とはいえ、もし付き合っていくなら、こういう機微にも聡くならないといけないんだよな。
面倒と感じるよりも、どうするべきかと使命感のようなものが湧いてきて自分に驚く。
心境の変化というか、心の持ちようというか。
異性への好意というのは、こうも在り方を変えるものなんだろうか。
「今日は……食堂、行くか」
胃液が上がってくるくらい、胃を絞り上げながらどうにか口にしたら、ユーリの不機嫌が鳴りを潜めてきょとんと目を丸くされた。
「いいのかい? いつもは『高いから無理』と死にそうな顔で言っていたのに」
「た、たまにはぁ?」
「いまの方が死にそうだね」
そりゃ死にそうにもなる。
貴族学園の食堂は、一般的な貴族が対象になっているから馬鹿みたいに高い。平民に近い資産しかない貧乏貴族にとっては、1食だけでも致命傷だ。
事実、息絶え絶えなのだから、死にそうに見えるのも当然だった。
行ったのは1回きり。
偽装婚約を広めるために、ユーリが奢ってくれたときだけだ。
「いつも合わせてもらってるからな、今日くらいは、な」
普段は外で、庶民向けの店で食べている。
時折ユーリもついてくるけど、そう頻繁じゃない。ただ、一緒に食べるときはうちの家計事情を考慮してくれてか、俺に合わせてくれていた。
逆は難しい。
けど、今日くらいはいいだろうと、そう思う程度には不機嫌なユーリを宥めたいという意識が強かった。いつも合わせてくれているお礼も兼ねて。1回くらいなら。いけるはずだ。
……小遣いで足りるか? 謝罪の手紙を実家に贈るべきかもしれない。
悲壮な覚悟を決めていると、ふふ、とユーリが噴き出すように笑った。
「気を遣ってくれているのかい?」
「……かも」
「なら、今日は奢られようかな?」
え。
奢るの?
血の気が引く。
けど、俺から誘ったようなものだ。それに以前は出してもらっているのだから、自分の分は自分でなんて言えるはずもない。そして、いまさら外で食べようと逃げれるほど男としての矜持は捨ててない。
笑みを引きつるのを感じるが、任せろと胸を叩く。
「まっ、かせろ」
「くす、冗談だよ」
愉しそうに笑われた。
「旦那様にそんな甲斐性があるとは思っていないとも、安心したまえ」
「……そうか。そうか? 安心していいのか、これ」
「さぁ、どうだろうね?」
不敵に微笑むユーリに、よかったと思う。
機嫌の悪さは霧散して、その声は軽い。男としてのプライドは猫に引っ掻かれたようにずたずただが、人をおちょくってくるいつものユーリに戻ったならそれでいい。
……いいのか? おちょくられて。
ユーリの機嫌は良くなったのに尽きない悩み。
「なら、外でいいか?」
「いや、今日の私はすこぶる機嫌がいい」
嘘を吐くな。
さっきまであんなに不機嫌だったのに。
「なにかな?」
「いーえ、なにもございませんわ」
「あらかわいい」
意趣返しのように令嬢風に返してみても、さらっとからかわれただけだった。
くそぉ、と口の端を真横に伸ばす。
ユーリはそんな俺を見て笑いながら、得意げに控えめな胸部に手を置いて宣言した。
「――今日は私が手料理を振る舞ってあげよう」
俺は今日ほど、ユーリの機嫌を取ったことを後悔したことはない。
◆第4章_fin◆
__To be continued.






