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第2話 公爵令嬢とのラブラブっぷりを見せつける!

『私たちのラブラブっぷりを皆に見せつけてあげよう!』


 というのが、今回の『旦那様溺愛大作戦』のコンセプトだった。

 作戦名も、コンセプトも、聞いただけで頭が痛くなる。

 痛すぎて目も当てられないという意味では大成功間違いなしの作戦ではあるが、俺の精神的苦痛を思えば失うものが大きすぎた。


『じゃあ、他に案があるかい?』

『……ない』


 己の無知をこんなにも呪ったことはなかった。

 もう少しだけ俺に知恵があれば、無謀すぎる作戦を撤回させられたというのに。


「はい、あーん♪」

「……」


 こうして俺は、衆人環視の中、公爵令嬢に手ずから食べさせてもらっている。

 褒美と拷問を同時に受けているような感覚だ。

 俺はこれを地獄と呼ぶ。


「どうしたんだい? 口を開けないと食べられないよ?」

「……食べたくない」


 胸がいっぱいだ。


「ふむ、それならしょうがないね」


 諦めてくれたのか、ユーリはフォークに刺さったステーキを自分の口に運んだ。

 よかった。

 そうほっとしたのは、ほんの一瞬のことだった。


「ふふっ……ふふぃふふひはら(口移しなら)はへてふへるはな(食べてくれるかな)?」

「あーんでお願いします」


 んっ、と唇を突き出してくるユーリに俺は全面降伏した。

 公爵令嬢の口移しに誰が勝てるというのか。

 勝利確定の礼儀知らずな行動に抗う術はなかった。


「ふふっ、皆の見てる前だからって、恥ずかしがらなくてもいいのに」

「ははは……」


 本気か演技かわからない微笑みに、もはや乾いた笑いしか出てこない。

 開いたままの口に「あーん♪」と機嫌よさそうにステーキを突っ込まれる。


「うまっ」


 肉汁があふれて、口の中でとろける。

 さすが上位の貴族が利用する学園の食堂だ。

 あまりにも高級すぎて足を向けたことさえなかったが、こんなにも美味しいとは想像もしなかった。


「美味しい?」

「うまい」

「そうか」


 素直に答えると、ユーリはふっと口元を綻ばせた。


「はい、あーん」

「あーん」


 最終的に料理の味に負ける形で、ユーリに食べさせてもらい続けた。

 周囲の視線も忘れて、肉の味に舌鼓を打つ。


「……なにやってるんだ、俺」


 と、壁に手をついて項垂れるのは、食堂を出てからだった。

 これで終わり……というわけではなく、次の試練は授業中にやってきた。


  ◆◆◆


 緊張と困惑が教室を満たしていた。


 生徒だけでなく、教壇に立つ教師でさえも、どうすればいいのかと顔に書いている。


「旦那様と一緒に授業を受けるなんて、楽しいな」

「……そうですね」


 隣の席に座るユーリが、机をくっつけて感想を口にする。

 その口ぶりはどこまでも楽しげで、緊迫した空気を作っている張本人とは思えない気楽さがあった。


 元からユーリが同じクラスで、隣の席であったなら、もう少しマシな雰囲気だったかもしれない。

 でも、残念ながらどちらも元からではなかった。


 そんな俺の気持ちを代弁するように、事態を呑み込むのに必死だった男性教師が声を上擦らせながら「あの」とユーリに尋ねる。


「ユーリアナ様はどうしてこちらにいらっしゃるのでしょうか?」

「もちろん旦那様と一緒に授業を受けるためだよ!」


 堂々とした宣言に、事情を知っている俺ですら『そうだったのか』と納得しかけた。

 でも、それで許されるはずがない。


「で、ですがユーリアナ様はクラスが違いますよね?」

「些細な問題だね」

「そもそも、学年すら異なるのですが……」

「愛の前では障害足り得ない」

「………………………………………………授業を始めます」


 長い沈黙が教師の葛藤を物語っている。

 教師の言葉が正論すぎて、俺の方が申し訳なくなってくる。

 ユーリは2年生で、俺は1年生。

 クラスどころか学年すら違うのだから、同じ教室にユーリがいることすらおかしいのだ。

 教師の疑問は間違っていない。


 他の生徒なら説教の上で追い出しただろうが、ユーリは公爵令嬢。

 不興を買えば一教師の首なんてあっさり飛ぶ。

 仕事という意味でも、物理という意味でも。


 これが権力か。

 貧乏子爵にはない力を前に途方に暮れていると、すっとユーリが身を寄せてきた。

 花のような甘い香りがして、少しドキリとする。


「教科書を見せてもらえるかな?」

「そりゃないでしょうね」


 見る必要があるかはさておいておき、教科書を俺とユーリの間に置く。


「ありがとう」


 お礼を言うユーリはどこまでも楽しそうだった。


「こういうやり取りは初めてで、少しわくわくしているよ」

「俺はドキドキしてるよ」

「それは私にかい、旦那様?」


 いいえ、この状況にです。

 唇を指でなぞって、意識させようとしてくるユーリを見ないようにしつつ、授業に集中する。


 特異な状況だが、そこは貴族学園の教師。

 ややぎこちなくはあるものの、説明はしっかりしている。

 教師の声と字を追いかけながら、内容を頭に叩き込んでいく。


「真面目だね」


 ふと、独り言のようにそんなことを言われて隣を見る。

 教師にも、教科書にも目を向けず、ユーリの蒼い瞳は俺だけを映していた。


 その瞳の輝きに吸い込まれそうになりながら、言葉の意味を尋ねる。


「普通だろ」

「真面目だよ。だって、他の生徒は授業なんて聞いてはいない」

「それは、……この状況ならそうだろう」


 1学年上の公爵令嬢が同じ教室にいて、授業に集中なんてできないだろう。


「私がいるいないなんて関係ないさ。なにせ、この学園に通う生徒は授業を受けに来ているわけじゃないのだから。貴族の社交場、将来の結婚相手を探す。ただそれだけの場所だ。それは、君が1番わかっているだろう?」

「知ってるけど」


 だからこそ、俺はこの学園が苦手で、孤立を感じている。


「全員が全員っていうわけじゃないだろ?」

「私が知っている範囲では、君以外は皆そうだよ」

「貧乏子爵なもので」


 褒められているようで面映ゆく、自嘲を込めて肩を竦める。

 そのまま前を向いて、授業に耳を傾けようとすると、ユーリが呟いた。


「そういう旦那様が、私は好きだよ」


 演技、……のはずだ。

 それにしては周囲に聞かせる気のない囁き声だった。


 授業に集中しないと。

 そう思っても、ユーリの言葉が頭の中で反芻して集中力を奪ってくる。

 加えて、ずっと視線を感じているものだから、もはや授業どころではなかった。


 結局、この日はまともに授業なんて受けられず、『授業はやめて』と俺が頭を下げる形で以後、ユーリが授業中、俺の教室に姿を現すことはなくなった。


「私の旦那様! 一緒にお昼を食べよう!」


 ……授業中は、だが。 


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