第1話 告白の返事は
静謐が部屋に満ちていた。
暖炉の木が燃える音だけが、パチリパチリと弾けている。
「告白の返事は……いらない?」
「そうだね」
カップから手を放して、ユーリは膝の上で手を重ねる。
「え、いらないとかある?」
なら、あのときの告白はなんだったのか。
冗談? 嘘?
それならあまりにも男心を弄びすぎているが、ユーリは尊大であってもそこまで性格は悪くない……はずだ。いや、性格が悪いのは間違いないんだけど、からかいの範疇で留まる悪さというか頭が混乱している。
「いらないというわけじゃないがね」
「なのに……なのに?」
「言葉が出てこないのかな?」
心が見透かされていた。
それなら、こんな動揺させるような状況にしてほしくなかった。もう少しこう、前フリがあってもと思ったが、告白の返事をしないと急いたのは俺である。
これも一種の自業自得と呼ぶのだろうか。
「こと、この件に関しては、君をからかいたいわけじゃないんだ」
今件以外はからかいたいと聞こえるのは俺だけか?
「ただ、なんというか、あのときの私は勢い余ったというか、先のことを考えていなかったというか……なんだ」
ユーリが僅かに顔を傾ける。
その頬がうっすらと紅を塗ったように赤くなっていた。
「衝動的だったんだ。私の望んだ答えを貰えないだろうと、冷静に考えて至った」
「望んだって」
「だって君、断るだろう?」
軽く言われて、へ、とだけ声が出た。
びっくりしてユーリを見つめる。その顔は冗談でもなんでもなく、本気の顔で凛々しさすらあった。わかっているとその表情で語っていて、有無を言わせぬ迫力があった。
「私としては些末な問題だが――この身は公爵家だ。そして、君は子爵家。ここで私の気持ちを強引に押し通せば、その摩擦は周囲に火の粉を飛ばす。君が……なにより家族を大事にしているのは、よくわかっているんだ」
業腹だがね、と茶化すようにユーリは苦笑する。
家族のために俺が告白を断るとわかっていた。
だから、告白の返事はいらないという。
道理はわかる。その道筋も。
俺のために気持ちを押し殺して、想いだけ伝えられればそれでいい。なんて奥ゆかしく、清廉な女性なんだろう――と、そう感涙するところだが、俺の中のユーリアナ像とかけ離れている。
殊勝? 慎み深い?
止まった脳の裏側で、そんなわけないだろうと心が否定していた。ユーリアナは欲しいものはすべて手に入れるし、嫌いなことはしない……俺を振り回すわがままな女の子なんだと。
「いまは――だがね」
ほら、やっぱりと。
覆す返答に、胸を撫で下ろしている自分がいる。
その我の強さに安堵して、でもそれに安心してしまう俺はどうなんだろうと不安になる。もっと慎ましやかでもいいと思うんだが、高慢で不遜であるからこそユーリだとも思ってしまう。
毒されてるなぁ。心底辟易する。
そんなユーリでいいと思ってしまう辺り、俺の理想の女性像はとっくに壊されていたんだろうといまになって気づく。
表情が崩れているだろう俺と違って、高貴なる令嬢は会心に笑む。
「周りが見えなくなるくらいずぶずぶに惚れさせて、君から告白させてあげるから覚悟しておきたまえ」
綺麗に並んだ白い歯を見せて、気品と誇りを感じさせるような微笑みだった。
獣のような獰猛さすらあるのに品があるのはユーリ生来の気質だろうか。
まるで、もう『君は私のもの』とでもいうような態度に、俺はどんな反応を見せるのが正解なのかわからない。そもそも、ユーリと出会ってからこれまで、正しい選択をしていたのだろうか。
むしろ、間違いばかりだったから、こんな普通とはかけ離れた、ロマンスよりも喜劇と揶揄されそうな状況に陥っているんだと思う。
人生って難しい。本当に。
「そっ……か」
口にできての精々この程度。
「なら、いつか、また……保留で」
頬を指でかいて、未来に託す。
正直、もういっぱいいっぱいで顔を合わせているのも辛かった。導火線に火が点いている。感情の爆発。導火線の長さはそう長くない。
「では、私は少し席を外させてもらおう」
「あ、はい」
ユーリは優雅にソファーから立ち上がる。
その姿を視線で追いかけて、バタンッと勢いよく扉が閉まる。ユーリが見えなくなっても、ただただ見つめ続けた。続けて……ぼふんっとソファーに倒れ込んだ。
「あー、あー、あぁぁああ」
喉が震える。
視界がぼやける。
暖炉の火に飛び込んだように体が熱い。
「あが、あるや、ば、あががが」
壊れた。
全部、ぜんぶ、なにもかも。
頭が沸騰していないのが不思議なくらい熱くて、いっそ灰になれたらどれだけよかった。でも、不幸なことに強く思った程度じゃ体は燃えない。誰も俺を裁いてはくれない。
「…………………………………………………………………………………………受けようとしちゃった」
告白。






