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貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。  作者: ななよ廻る
第2部 第3章

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第3話 雪の中で窺う高位貴族との接し方

 体の芯から震えるというのは、こういうことかもしれない。

 作ったかまくらの中でガタガタブルブル。かじかむ手は感覚がなく、アルコール依存のようにただ手が小刻みに震えていた。


「寒いのかい?」

「……むしろ、なんで寒くないんだよ」


 大きめに作ったとはいえ、4人も入ればぎゅうぎゅうだ。

 もう少し奥へ行ってとばかりに肩で押してくるユーリが、俺の震える手を見て面白そうにしている。


「動いてたからね!」


 ユーリの鼻の上が赤い。

 赤子のように火照っていて、体温が高いのかじんわり汗をかいているくらいだ。健康的で、つい数日前まで風邪を引いて寝込んでいたとは思えない。


「令嬢にありがちな不健康さは無縁だよな」

「儚さがないかい?」


 狙ってか、ユーリは淡い微笑みを浮かべる。

 その表情と容姿が合わさると深窓の令嬢に見えなくもないが、残念なことに背景は雪一色で令嬢さとは程遠い。


「健康的だな」

「残念だ。病弱な令嬢を狙っていたのだけどね」


 いつどこで、誰に向けて狙ってたんだか。

 ふざけてるなーと、ユーリのメイドさんが持ってきてくれた紅茶を飲む。ほぉ、と熱のこもった吐息が零れ出た。ユーリの淹れてくれる紅茶はいつも美味しいが、寒さも合わさるといやに染み入る。


 今日は出来合いをメイドさんが持ってきてくれたんだけど、茶葉は一緒だろ。たぶん。


「こういう遊びは初めてだ」


 狭いかまくらで、対面に座るリオネル殿下が言う。

 そりゃそうだ。

 雪遊びは平民の遊び。上位の貴族になればなるほど、平民とは生活が隔絶していく。雪で遊ぶにしても、職人に雪像を作らせて自身は部屋でぬくぬく。人を呼んで自慢をする、というのが貴族の口にする雪遊びだろう。


 勢いだったとはいえ、よく俺も殿下に雪玉をぶつけられたもんだ。


「王子ですものね」

「あぁ、そうだ。だが……楽しかった」


 リオネル殿下の口元がふっと緩む。

 彼の隣に座ったオプシディアンが、口元をカップで隠しながら、その横顔を盗み見ている。前後にゆらゆら揺れて、どこか楽しげだった。


「オプシディアン様も申し訳なかったですね、ユーリ……アナ様に付き合わせて」

「いえ、いえっ! わたしも楽しかったので!」


 わたわたと手を振ってくる。

 片手で持ったカップの中でちゃぷんっと紅茶が揺れた。零さないか心配になるのは、やらかしそうというか、心配させるのはその自信のなさからだろうか。


 ユーリやリオネル殿下は逆に巨大な支柱のような安定感がある。

 立場が自信に繋がるのか、どうだろう。そんなこと言ったら、俺もオプシディアンも貴族ではあるしなぁ。結局のところ、ただの素養で、性格か。


「なら、いいけど」

「それと、あの……シャトンで、いいです。呼びにくいと思いますから。敬語も……はい、大丈夫です」

「そうか?」


 こくこくっ、とリスのように頷かれたので名前で呼ぶことにする。

 本来、友人であろうと貴族同士なら敬称は外さないものだが、本人が良いと言っているのだから、無理に不文律を通す必要もないだろう。


 公私を分ければいいだけだ、ユーリにするように。

 ……最近、ユーリに接するときはおおやけの場でもに寄っているけど。気を引き締めよう。精一杯作った笑顔をユーリに向ける。


「ユーリアナ様はいつも通り、丁寧に接しますね?」

「酷いじゃないか、旦那様。いつものように、愛情を込めてユーリと呼んでくれなければ嫌だよ?」

「はわわっ」


 しっとりと妖しく言うものだから、シャトンの顔がかわいい生き物になってしまった。

 合流したときからユーリ呼びだったのでどうあれいまさらだったが、からかう口実を作っただけになった。


 ずずっと紅茶をすする。


「はいはいユーリユーリ」

「冷たい……君、私が公爵家の令嬢だと忘れてないかい?」

「ユーリは俺が子爵家の子息って忘れてるだろ?」


 そのままの論法を返したら、目を丸くされた。

 子爵家の俺が公爵家の令嬢に接する礼儀があるように、公爵家のユーリが子爵家の子息に対する接し方もある。


 対等に話すなんてもっての他。

 名前を呼ぶことすら恐れ多い。

 まして、こんな狭いかまくらの中で一緒にティータイムをできる立場ではなく、追い出されたって俺は文句を言えない。


 寂寞じゃくまくとした静けさがかまくら内を水のように満たす。


「もちろん、知っているよ」


 緊迫にも似た空気をユーリはあっさり笑って吹き飛ばす。


 だよな、そうだよな。

 じゃなければ、いまの俺とユーリの関係はないのだから。


「公爵家の令嬢失格かな、わたしは?」

「さぁ」


 答えようのない問いだ。

 そんなこと訊くなよ、と横目でじとっとした視線を送っても、ユーリは楽しげに微笑むばかり。答えなんてわかりきっているとでも言いたげだ。


 もし、答えを出すのなら、世間的には失格なんだろう。


 この国は貴族制で、身分の差が明確にある。

 公爵から見た子爵なんて平民と差はなく、住む世界がそもそも違う。だというのに、わざわざ下りてきて、私と君は対等だと宣言するのは、他の貴族からすれば憤慨ものだろう。


 なにせ、それが通ると貴族制そのものが揺らぐ。制度が揺らげば、貴族の立場も揺れる。


 だから、地位を根底から崩しかねないユーリの接し方は公爵家の令嬢失格なんだろう。ただ、それは世間一般からすれば、という話で。


「俺個人からすれば、好ましく映るけど」

「旦那様から愛の告白をされてしまったなー」


 してない。


「耳ついてる?」

「どうかな? 触って確かめてくれ」


 すぐに調子に乗るというか、わかっていてふざけてるというか。

 銀の髪を透き通りそうなくらい白い指ですくい上げ、小さな耳を差し出してくる。普段、見えない肌の部分だからか、汗がうっすら浮いているのもあって扇情的だった。


 ぴくりと、無意識に人差し指が動いた。

 触ってみたい。そんな欲求があったが、人の目もある。いや、なくっても触っていいものじゃない。というか、耳がついてるかどうか触って確認するってなに?


「帰るかー」

「不能め」

「おい公爵家のお嬢様?」


 どこでそんな俗な言葉を覚えてきたんだ。

 否定したいが、きょとんっとわからなそうにしているシャトンの前で言うことじゃないし、なんならすっごい視線を送ってくるリオネル殿下の前でとか不敬通り越してもはや犯罪だ。


 そもそも、なんで俺が睨まれてるの?


「はー……ともかく、寒い。また、風邪引く前に帰るぞ」

「部屋に戻って温め合おうというんだね」

「もーそれでいいよー」


 面倒になってきたので適当にあしらっても、「旦那様の許可が下りたね」とどこまでも1人で盛り上がる。困った婚約者様だよ……本当にやらないよね? 温め合うの。


 そわっとしていると、「待て」とリオネル殿下に呼び止められる。


「いかがしましたか?」

「私はシャトンのことをシトと呼んでいる」

「……そうですか?」


 どこまでも真剣な顔で、急にこの殿下はなにを言っているんだろうか。


「シトをシャトンと呼ぶなら、私をリオネルと呼ぶべきだ」

「恐れ多いのですが」


 困る。背中に浮かんだ汗で体が冷えるくらいには困る。

 シトを同列に扱ってほしいとかそういうことと解釈したとしても、身分差がある。できれば、望んだ通りにしてあげたいが、殿下相手となると気が引けるというか身構える。


「それに、私はこれでもけいのことを気に入っている。友人のように扱いたい、というのは傲慢か?」

「身に余る光栄ですが……」


 俺を気に入るってどこで?

 初めて会ったときはユーリの婚約者としてだった。(もちろん偽装だが)

 ユーリとの婚約を望んでいたリオネル殿下からすれば恋敵に近い相手だ。2回目なんてユーリとの婚約を手伝うよう依頼されて断ってもいる。


 ……いざ振り返ってみると、王子相手になにやってるんだ。よく生きてるな、俺。


 途中、不安になりつつも、過去に気に入られる要素は見当たらなかった。今日にしても、殿下ということを忘れて雪玉を当ててしまっている。

 むしろ嫌われるべきでは?


 どうしようか。

 頭が痛くなっていると、不意に腕を絡め取られる。


「私の旦那様ですよ?」


 腕を抱きしめられ、感じる女の子の柔らかさに体が凍る。

 ユーリから意識を外していたせいで、心の準備もなくきたものだから平静を保つ余裕もなかった。ただただ柔らかさを感受してしまう。


 リオネル殿下がふっと息を吐くように笑う。


「ユーリアナ嬢は昔から、おもちゃに固執していたな」

「……昔の話はしないでいただけませんか?」


 硬質さのあるユーリの声に、こっちが驚く。

 負の感情に引っ張られることの少ない彼女が見せた一面。過去に触れられたくないと物語る声の硬さ。なにが意外って、過去になにかあったことよりも、そうした感情を表に出すのが意外だった。


 生来か、公爵家の教育かはわからないが、感情の抑制が上手いと思っていたから。


 それだけ触れられたくない過去だったからなのか……それとも殿下相手だからか。

 口を開いて、閉じる。

 えずくような衝動があって、喉を指で叩く。


 本格的に体調が悪くなってきたかもしれない。


 不意にリオネル殿下がシャトンを見て目元を優しくする。見れば、シャトンがリオネル殿下の袖を指先でちょんっと摘んでいた。


「この話はまた後日にしよう」

「しません」


 俺のことなのにユーリが突っぱねる。


「ただ、今日は猫の保護を手伝ってもらった。その礼はしよう」


 相談があるんだろう?

 と、リオネル殿下が含むように促してきた。


  ◆◆◆


 窓の外から見える景色はどこまでも白い。

 漂白したような銀世界で、はーっと窓に息を吐くと曇る。それを指でなぞって……なにを描くかな。兎? と耳を生やすと背後でカップをソーサーに置く音が響いた。


「ふふ、これで冬の間も旦那様と2人きりで過ごせるね?」

「……2人を強調しないで」


 窓に兎を2匹。


 猫の保護、そのお礼にリオネル殿下は離れの小屋を提供してくれた。個人の持ち物だそうだ。ユーリの薔薇の庭園もそうだが、建前上、公共の学園内に個人所有の土地を持ちすぎだ。

 王族と公爵だからこそのわがままなのだろうか。それとも、他の貴族もやってたりするのか? 学園側が優遇している、というのもありえなくはなさそうだ。


 それをぽんっと貸し出すのも、どうかと思う。


「愛の巣だ」

「それも……いや」


 否定しようとして、違うかと改める。

 ユーリの態度は一貫している。それを偽装だ嘘だと躱しているのは俺だ。


 返事を求められてないから答えないっていうのは甘え……だよな。


 言わないといけない。

 義務感のような、ただ急いでいるような。

 焦りにも似た感覚が心で渦を巻く。


 窓から手を離して、ソファーに腰を下ろす。向かいのユーリを上目で見て、手を組んでは放す。顔が熱いのは……暖炉のせいにしておく。


「いずれ話さないといけない……というか、待たせて悪かった。俺はユーリに――」

「しないでいいよ」

「――告白の返事を、…………へ?」


 声が跳ねた。パチリッ、と火花の散る音がした。


 高ぶった熱と気持ちが水を被ったように燻り、隠すように伏せていた顔を上げる。

 そこにいたユーリはどこまでもいつも通りで。

 ただ俺を見つめて微笑んでいた。蒼玉の瞳に困惑する俺を写し込ませて。


「告白の返事は――しないでくれないかい?」


 どうして、と。

 このときほど強く思ったことは、16年という短い人生の中で初めてだった。



   ◆第3章_fin◆

  __To be continued.


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