第2話 公爵令嬢は喜び猫と駆け回る
雪を好きか嫌いかで答えたら、いまは嫌いという。
子どものときは雪が降ってきただけで喜んだものだし、積もれば妹や歳の近い子たちと一緒になって雪玉を投げ合い、ソリ遊びをして遊んだものだ。
よくわからない彫像を作って、なにが楽しいのかただ笑っていた。
雪は楽しいものだという認識は、歳を重ねるにつれて“楽しかったもの”へと変わっていく。次第に、積もれば寒いし、雪かきもしないといけない。そういった現実を知るごとに面倒にまで落ちていく。
こういうのが大人になるんだなと思うと寂しくもなるが、いつまでも子どもの時分ではいられない。16歳はまだ子どもだろうと言う人もいるが、手がかじかむまで雪遊びをするのは卒業している。
……のだが、
「捕まらなーいーぞー」
「…………楽しそうね、君」
「楽しい!」
さっき見たリオネル殿下みたいに、頭から雪に突っ込んでいるユーリ。それでも、ガバッと上げた顔はどこまでも無邪気で、楽しい感情をいっぱいにした声に『誰これ』と思わずにいられない。
「雪、好きだったのか?」
「そうでもない」
がくっ、と肩が落ちる。
これだけ楽しそうなのに、好きじゃないって……言い訳か? にしては、恥も外聞もなくはっちゃけているように見える。立ち上がったユーリの頭に雪が乗っていて、軽く払ってあげる。
「特別、雪に思い入れはなかったのだがね。いまは好きだよ、雪」
「子どもの頃でも思い出した?」
「いや、そもそも雪の日に外で遊んだこともなかったからね」
すー、と吸い込んだ息が臓腑を凍りつかせる。
雪遊びは子どものときにして当たり前と思っていたが、公爵家ともなれば違うか。
それなら、どんな遊びをしていたんだろう。
優雅にティータイムをしている姿しか想像がつかない。
ただ、このはしゃぎようを見るに、もしかしたら“遊ぶ”ということすらあまりしてこなかったのだろうか。
そこまで考えて、想像で人を語るのはよくないなと思考を断ち切る。
でも、変な人という印象はそのままだ。
公爵家で、歳上で。
気品ある令嬢らしさもあるのに、からかうのが好き。それなのに、こうして子どものようにはしゃぎまわったりする。
本当のユーリは……とは言わない。
どれも彼女であるのは知っている。ただ、その振れ幅の大きさに驚いていた。
「猫、さ」
「うん?」
ユーリが疑問で喉を鳴らす。
「集めたあと、少し……遊ぶか。雪で」
途端、蒼い瞳をキラキラと発光させて、その輝きを見れただけよかったという気持ちになる。
……なったのに、
「私の旦那様なんだから、当然だろ?」
なんて、横暴なことを笑って言うものだから、手のひらを返したくなる。
俺はこれを素直という言葉で表現したくないんだが、もう少し適したものはないものか。……無邪気? 生意気が近い気もするけど、なにか違う。
「とはいえ、まずは猫からだ」
「そうだね」
と、猫の保護へと移ろうとしたが、「にゃ~っ!?」と猫の泣き声にも似た悲鳴が辺りに響いて、その光景を予想しつつも一応振り返ってみる。
「たすけ、たすけ」
「待て、掴まれるから少し待て」
猫の群れに倒されたオプシディアンに、ゆっくり擦り寄るリオネル殿下。
積雪に頭突っ込んでるのも王子としてどうかと思ったが、倒れた令嬢ににじり寄っている姿もどうかと思う。言いたくないが、犯罪的にすぎる光景だ。
「ふむ」
だというのに、
「権力を盾に令嬢を手籠めにしようとしているのかな?」
「言い方」
あっさりユーリが口にして、リオネル殿下の動きが止まった。
絶対聞こえてるし、配慮に欠きすぎる。いや、俺にもそう見えたけど、言っちゃダメだろ。ほんと。
「『やめてください、わたし初めてで』?」
「君、本当に公爵令嬢?」
その表現で言わんとすることがわかってしまう自分が恨めしい。
ユーリはどこでそんな知識を仕入れてくるんだ。令嬢たちの間で流行ってるロマンス小説って、実は過激だったりするのか?
話しているうちにどんどん話が逸れていく。
内容も下品だし、これが男相手でなく学園唯一の公爵令嬢との会話だというのだから、この国も終わりかもしれない。
固まっているオプシディアンとリオネル殿下に目をやり、足を踏み出す。ぎゅっと雪の音が耳を擦った。
「男女の逢瀬を邪魔するものではないよ」
「あとで怒られろ」
殿下に。
「猫」
ちょいちょいとオプシディアンを指差す。
「集まったのを集めるのが早いだろ?」
「……確かに」
どれだけ猫に好かれているのか知らないが、勝手に集まってくれるのなら、逃げる猫を追い回すよりも効率的だ。
誘引剤として使うのは悪いが、こんな寒空の下、走り回りたくはない。
だから、手っ取り早い方法でさっさと片付けようと歩き出したのだが、「だが」というユーリの言葉に足を止める。見ると、なにやら真剣な顔で悩んでいて、俺の作戦に不都合でもあったか? と思案した。
が、
「猫を追い回す楽しみがなくなってしまう」
「…………」
冬でも咲くんだな、花畑って。
◆◆◆
白に、茶色に、黒に。
外套は猫の毛ですっかり色づいてしまい、はたいても落ちてくれない。
こういうのって手で1本1本取るしかないのか? 猫を飼ったことなんてないからわからなかった。
「助かった、礼を言う」
「これくらいなら」
男子寮から戻ってきたリオネル殿下に大したことはないと手を振る。
「一旦、ね……こを寮の管理人に預けてきた。飼育できる環境を準備するか、飼い主を探すか。どうにかする」
保護といっても、行き当たりばったりだったようだ。
学校に猫の飼育環境が整っているとも思えないし、そんなものか。
「なんで学園に猫がいるんですかね」
前に見たときも思ったが、まず学園に野生の猫がいるはずない。
貴族の子息令嬢が通う学園だ。
警備は厳重で、猫1匹迷い込むならともかく数が多くなれば疑問も湧く。
なにより、この学園は山岳地帯にある。
比較的人の住みやすい盆地にあるが、それでも標高は1,000mよりも高い。木々も少なく、食料の少なさから野生動物を見かける頻度は少なかった。
まして猫となるとまず見ない。
「貴族だから……とは言いたくはないがな」
「身勝手、ですかね?」
「卿の想像と、そうかけ離れてはいないだろう」
貴族のペットが逃げ出して野生化したとか、そんなところか。
野良にしては見目がよかった。白くふわふわした猫なんかは、女性受けが良さそうだったし。
本来、ペットの持ち込みは禁止のはずなんだが。
それも含めて貴族らしいといえば、それまでなんだろうけど。
リオネル殿下の険しい横顔から、そのことを是としていないのは伝わってくる。上の人が問題として見てくれているのは、下の者としては安心する。
こういうことがなくなるといいな――と思っていたら、顔面に雪玉がぶつけられた。
張り付いた雪を払わず、目だけを動かして犯人を探すと、令嬢にしては豪快なフォームでお転婆娘が第2球を構えていた。その後ろで顔を真っ青にしてはわはわと暴挙に震えているオプシディアンとの対比が印象的だった。
頬がひくっと震える。
「なにしてるの?」
「さっき言ったろ?」
ユーリが良い笑顔で言う。
「雪遊びさ」
ひゅっと空気を切る音が鳴って、バシンッと再び顔をユーリの無邪気が襲った。
ははは……――上等。






