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貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。  作者: ななよ廻る
第2部 第2章

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第1話 雪降る中、寮母さんに寮から追い出される

 雪の日に、王位に最も近いと謳われている王子が雪に突っ込んでいる。

 目の前で起こった現実を口にしても、『なに言ってるんだこいつ?』と蔑むような目を向けられ、誰も信じてくれないだろう。

 俺の頭がおかしいと思われるだけだ。


「現実が嘘をいた」


 そう見えるくらいには、非現実的だった。

 よくよくファンタジーに遭遇するな、俺。


 シャーッとカーテンを閉めて、うん、と頷く。

 見なかったことにしよう。


「……で、なにをしようとしてたんだっけ?」


 衝撃的な光景を見せられて、やることが飛んでしまった。

 こめかみを親指でぐりっと押す。そうだ、寮母さんに会いに行こうとしたんだ。


 壁の杭にかけていた外套を羽織り、廊下を出る。

 寮内なのでいらないかとも思ったけど、部屋の扉を開けて入り込んでくる隙間風だけでベッドに潜りたくなった。外套を着ていても、寒いものは寒い。


「けど、下に降りるだけだし」


 準備して尻尾を巻くのもな、と小さいプライドに火をつけて、おりゃっと部屋を出る。

 寮の廊下は静まり返っていて、深夜の静寂を思わせた。

 普段は騒がしい寮生も、雪が降るような寒さの前では、冬眠した熊も同じらしい。


 俺もそうしたいが、できるなら早く薔薇の庭園に代わる場所を見つけたかった。その動機がユーリのためというよりも、俺自身ということからは目を逸らす。恥ずかしいから。


 階段を下りて、寮母さんの部屋をノックする。


「いるかな?」


 学校のある日はだいたいいるが、休日となるとまちまちだ。いない日もある、というかその方が多いかもしれない。

 学生より年上とはいえ、若い女性だ。

 休みの日くらい仕事から離れて自由を謳歌しているのもわかるが、彼女を慕っている男子寮生からすると気が気ではないらしい。


 街で大きな屋敷に入っていったとか。

 男の人と歩いていたとか。


「別にいいと思うけど」


 男子寮のあちこちから聞こえてくる下世話な談義にそう言いたくなるが、気持ちはわからないでもない。身近な年上の女性に憧れるのは、貴族だろうと平民だろうと変わらないし、男の影があれば嘆きたくもなる。

 それが寮母さんくらい美人なら尚更だ。


「いない、か?」


 しばらくしても応答がないから諦めようとしたが、前兆もなく扉が迫ってきて鼻をぶつける。


「うぶっ」

「クルールさん?」


 すっと寮母さんが扉の隙間から顔を出す。

 鼻を押さえる俺を見てぶつけたと察したようで、「申し訳ありません」と謝って手を伸ばしてくる。そのまま、俺の手を剥がして、鼻先にそっと触れてきた。


 冷たいのに、人肌の熱がある。

 そんな矛盾した感覚にドキッとする。


「赤くなっていますね」

「や、これくらい平気ですから」

「本当に?」


 金色の瞳が真意を探るように迫ってきた。


「~~っ」


 近さに感触に。

 ぼっと顔に火がく。


 声にもできず、とにかく大丈夫だと必死に頷くしかなかった。


「それならいいのですが、痛みが続くようであれば仰ってください」

「は、……ぃ」


 どうにか返事をしたら、ようやく美貌が離れてくれる。

 はぁぁっと息を吐く。

 胸に手を置いたら心臓が激しく脈打っていて、動揺しているのがわかる。


 心配してくれているだけとはいえ、こんな距離で接せられたらコロッと惚れもする。


「悪い女ですね」

「私の不注意でした」


 会話が噛み合っていないが、理解させてもしょうがないので指摘はしない。

 触れられた鼻先をさっと撫で、話を逸らすように口を開く。


「なかなか出てこなかったので、今日はいないのかと思いました」

「すみません、外を見ていたもので」

「雪ですか?」


 国のほとんどが山岳地帯にあるので、人里のほとんどは標高が高い。

 そのせいで雪は珍しくなく、この時期になれば積もりもする。学園ではやっていないが、実家では雪下ろしや雪かきは当たり前の作業だった。


 なので、この国の人間であれば物珍しいものでもなく、むしろ新しい仕事が降ってきたーと顔を苦くするものだ。冬の間は積雪で閉山になるので、代わりに採掘の仕事はなくなるが、暇になったからといって金にもならない降ってくる仕事を喜ぶ者はそう多くない。

 子どもくらいかなと思うが、雪仕事なんてしない貴族になるとまた価値観が違うのだろうか。感覚が庶民すぎてよくわからない。


「いえ、そうではなく……」

「?」


 なにかを言いかけた寮母さんが、じっと見てくる。


「あの、なにか?」

「そういえば、クルールさんはユーリアナさんの婚約者だったと思い出しまして」

「はぁ」


 偽装ですけど、と言いたいが話がややこしくなるので喉元で止める。

 前に話したことはあったが……なんでいま思い出した?


 突拍子もない話題に戸惑っていると、寮母さんが悩むように人差し指を上唇うわくちびるに添える。見ているこっちは悩ましいんだけど、とその仕草に物申したく目を細めていると、微かに口のが持ち上がったように見えた。

 笑った?


「クルールさんは私に用があるのですね?」

「え? あ、あぁ、そうですけど」


 困惑するが、頷く。


「しかし、本日私はお休みです。現在の私は寮母ではないと言えます」

「そう……なんですか?」

「はい」


 断言された。

 言い分としてはわからなくないが……だからなに?


「寮生の相談に乗るのも寮母の仕事とするならば、いまの私にクルールさんの相談を受ける義務はないと解釈できるのではありませんか?」

「そうですか」


 順序立てて長々説明しているが、つまるところ仕事じゃないから相談を受けたくないということを言いたいのか?


「それなら今度でも――」

「ですので、私ではなくまず学生同士で相談をする、というのはいかがでしょうか?」

「いかがもなにも」

「なんと。丁度よいところに寮の外にクルールさんの先輩に当たるリオネルがいます。快く相談に乗ってくれることでしょう」

「話を聞いて?」


 まるで聞く耳を持ってくれない。

 さぁさぁと背中を押されるがまま、寮の外まで押し出されてしまう。


「それでは学生同士、よい交流を」


 最後にはいい笑顔で手を振り、バタンッと寮の扉を閉めてしまう。


「……えぇ」


 雪降る中、寮から閉め出された俺は雪崩に呑まれたような心境のまま立ち尽くしかなかった。


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