第1話 旦那様溺愛大作戦かダーリンラブラブちゅっちゅミッションか
「ふふっ、面白いことになったね」
「笑い事じゃないぞ!?」
絡まれた、とユーリに報告すると、鈴を転がすような声で笑われてしまった。
薔薇の庭園で紅茶を嗜む姿と合わせると、あまりにも優雅で可憐だ。
それだけで高ぶっていた感情の矛先を向けるのをためらってしまう。
美人はずるい。
でも、せめての抵抗とばかりにじとっと横目で睨む。
「俺に迷惑をかけるつもりはないって言ったのに」
「なるべくと言ったけれど」
契約の抜け穴を突くような言い逃れ。
じっと無言で見つめると、さしものユーリもバツが悪くなったのか、笑顔を引っ込めて神妙な顔つきになる。
「由々しき問題であるのは間違いないね」
「考えてなかった、とは言わないよな?」
「もちろん」
カップを置き、ユーリは余裕のある笑みを浮かべた。
そりゃそうだ。
学園内でも唯一の公爵令嬢であるユーリと婚約したとなれば、問題が起きないはずがない。
であるならば、対策も考えているはずだ。
「最初から話してくれればいいのに」
「君の困っている顔が見たくてね」
「悪趣味……」
「なに、妻のちょっとしたお茶目さ」
そのお茶目で、俺の学園生活を終わらせようとしてるんだが。
ただ、公爵令嬢のユーリにとってはこの程度些事なのかもしれない。
「ところで、どういった文句を言われてるのかな?」
「ありきたりなものだよ」
授業そっちのけで詰め寄ってきた子息令嬢を思い出して辟易する。
「どうしてお前なんかユーリと仲よくしてるんだ、とか」
「ふむふむ」
「子爵の癖に生意気だ、とか」
「ふふっ、定型文みたいな文句だね」
「ユーリ様の慎ましやかなお胸は俺の物、とか」
「……私の胸は誰の物でもないが」
慎ましやかでもない、とユーリは自分の胸に手を当てる。
ちょっと気にしてるのか、拗ねたように唇を結ぶ表情は初めて見るものだった。
でも、すぐに流し目を向けて、艶っぽく微笑む。
「まぁ、今となっては旦那様の物と言えなくもないかもしれないね?」
「……そんなわけあるか。偽装だぞ」
「でも婚約だ」
からかうように笑って、制服の上から小ぶりな胸を持ち上げてみせるユーリから目を逸らす。
そういうのほんとやめてほしい。
反応に困る。
「さて、旦那様をからかって満足したところで」
「俺でストレスを発散するな」
「じゃあ、対処しようか」
俺の指摘をスルーして話を進める。
やっぱり、ユーリも貴族だな。自分の感情に正直だ。
それを許せてしまうのは、彼女の見た目か、それとも愛嬌か。
「それで、対処って?」
「ふふっ」
不敵に笑って、ユーリが堂々と宣言する。
「旦那様溺愛大作戦だ!」
「部屋の掃除があったから帰るわ」
「待って」
逃げようとした俺を、すかさず呼び止める。
振り返ると、ユーリが苦笑していた。
「そう嫌な顔をするな」
「無意識だ」
本能が拒否している。
作戦名を聞いただけで、過程と結果が想像できた。
絶対にやってはいけない、爆死確定の作戦なのはわかる。
渋々席に戻ると、ユーリが立ち上がって、テーブルを回り込んでくる。
肩で肩を押すように触れてきて、しかめっ面でユーリを横目で見る。
「この旦那様溺愛大作戦を実行すれば、君の抱える問題も解消間違いなし」
「また詐欺みたいなことを」
もう騙されないぞ。
「そもそもその作戦名が嫌なんだけど」
「では、ダーリンラブラブちゅっちゅミッションにしよう」
「余計酷くなったな」
「私は好きだぞ」
感性だけは世間知らずな箱入りお嬢様なのかもしれない。
その行動力や性格はお淑やかとは程遠いけれど。
「安心していい。私に任せなさい」
「任せた結果、俺が今頭抱えてるってわかってる?」
「恋に障害は付き物だからね!」
なにを言っても効果なし。
はぁ、と諦めのため息が口からこぼれる。
「ほんっとうに、任せていいんだな?」
「もちろん」
微笑みだけは淑女なユーリが楚々という。
「私に任せて、旦那様」
◆◆◆
「やっぱり、任せるんじゃなかった」
と、後悔したのは翌日の食堂でのことだった――。
「はい、旦那様。あーん♪」
予想通り、というより斜め上を行く『旦那様溺愛大作戦』。
これが序章だというのだから、もはや笑うしかない。
あはは……はぁ。