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第3話 偽装婚約者をデートに誘う

 翌日、放課後――

 薔薇の庭園に足を運ぶと、そこにはいつものようにユーリが紅茶を嗜みながら座っていた。


 彼女がいたことに安堵していると、俺の姿を認めたユーリが瞬きをした後「いらっしゃい」と変わらず出迎えてくれた。

 紅茶も淹れてくれる、彼女と出会ってからの日課。


 以前までならここからやたら話しかけてきたり、すり寄ってきたりするのだけど、ユーリは自分の席に戻ってすぐに瞼を伏せてしまう。


 いまだ残るぎこちない空気を肌で感じる。

 それをどうにかしたいと思う。

 でも、昨日、いくら悩んでも、乙女心を理解できない俺には、どうすればそのぎこちなさを解消できか見当がつかなかった。


 だから、俺は断腸の思いで言った。


「デートに行かないか?」


 返ってきたのは、『なにを言っているんだ、君は?』というユーリの懐疑的な目だった。

 不信に満ちたじとっとした目が、俺の心を端から削る。


 緊張で噛みそうになる舌を、歯の裏に当てる。

 気恥ずかしさからそっと視線を逸らしつつ、どうにか口を回す。


「まぁ、なんだ。偽装とはいえ、ユーリとは婚約者なわけで、そういうのも必要かなと思ったんだ。ほら、周囲に知らしめるのにも効果的だろ?」

「……旦那様の言葉を否定する気はないが」


 言葉とは裏腹に疑心に満ちた視線が突き刺さる。

 額から冷や汗が流れ落ちる。

 紅茶をいくら飲んでも、喉の乾きは癒えそうにない。


「やけに今日は言葉が多いね。それに積極的だ。旦那様はあまり婚約のことを広めるのには前向きではなかったろう?」

「そ、そんなことはないけどぉ?」

「声が裏返っているぞ」


 ユーリに指摘されて、カップで口元を隠す。

 そんな態度が逆にユーリの疑惑を確信に変えているのはわかってる。

 けど、疑われていて、なおかつその疑惑が図星であるこの状況で、平静を保っていられるほど俺は図太くなかった。


 しばらくユーリの顔をまともに見れず、縮こまるようにじっとしていると「はぁ」とため息が鼓膜を震わせた。


「やれやれ、頑なだね。一体誰の差し金なのやら?」

「……」


 バレてるし。

 咎めるようなユーリの流し目に、喉がきゅっと締まる。


 なんで急にデートなんだ、俺だって思う。

 誘った俺が半信半疑なんだから、ユーリが疑問に感じるのも当然だった。


 ほんと、これで大丈夫なんだろうな、寮母さん?

 思い出すのは昨日、寮母さんに言われた助言。


『女の子の機嫌を取るのならデートです。色々な場所に連れて行ってあげれば、おのずとユーリアナさんとの関係も元に戻るに違いありません』


 最初にそれを聞いた時『ほんとうか?』と懐疑的になった。

 だから、寮母さんの助言は参考程度に留める気だったのだけど、どれだけ考えても他の案なんて出てこなかった。


 このまま時間が解決してくれるのを待つか。

 根拠は皆無だけど寮母さんの『デート案』を採用するか。


 悩みに悩んで、早期の解決を望み寮母さんの助言を受け入れることにした。

 ユーリと同じ女性の意見なら正しいだろう、というなんとも曖昧でふわっとした理由だった。


 そんな意見を頼らざるを得ないのを嘆くべきか、自分だけではどうすることもできない俺を情けなく思うべきか。


 どうにもこうにもならない現状に、心の中で深いため息を零す。


「動機や経緯、不明瞭な部分は多分にあるが……まぁ、いいだろう」

「え? なに?」


 自分の考えに耽っていたら、ユーリの言葉を聞き逃してしまった。

 顔と声を上げると、彼女はわかりやすく不満そうに唇を両端を曲げていた。


「旦那様、今、私がなにを言ったか聞いていたかい?」

「ごめんなさい」


 完全に右から左に抜けていた。


「まったく、今日の旦那様は心がここにはいないようだ」

「……それはここ最近のユーリだろ」

「なにか言ったかい?」

「なんでもないです!」


 微笑みで威圧されて、勢いよく首を左右に振る。

 愚痴一つ零すのも簡単ではなかった。


「ちゃんと聞きたまえ。私はわかったと言ったんだ」

「……? なにが?」

「旦那様は鳥なのかい? 3歩進むと忘れてしまうのかい? いや、座っているのだから、歩いてすらいないね。鳥頭以下をどう表現すればいいのか、私の語彙をもってしても容易ではないよ、ふふふ」

「丁寧にバカって言うのやめない?」

「旦那様のバカ」

「……だからって直球で言えというわけじゃなんだが」


 いくら美少女相手とはいえ、罵倒されて喜ぶ特殊な趣味は俺にはない。


 とはいえ、全面的に聞き逃した俺が悪いのは事実。

 甘んじて罵りを受け入れていると、肩の力を抜くようにユーリが吐息を零した。


「旦那様からのデートの誘いを受けると、そう言ったんだ」

「いいのか?」

「構わないとも」


 ふっとユーリが俺を見ながら微笑む。


「どういう経緯であれ旦那様がデートに誘ってくれるのは嬉しかったからね」

「確かに誘ったのは俺だけど……」


 改めて言われると、なんとも照れくさい。

 理由があるとはいえ、女の子をデートに誘うのなんて初めてだった。


 思い返すと、相手がユーリだったとはいえ、ずいぶん大胆な行動をしていた。

 いまさらになって羞恥で顔が熱くなる。


 手で顔を仰いでいると、「それに」とユーリが言葉を繋げる。


「旦那様から誘ったんだ。男性として、エスコートの準備はできているんだろう?」

「え、あ」


 愉悦に満ちたユーリの顔を見て、さーっと血の気が引く。


 そうだった。

 デートに誘うことばかり考えていて、肝心の内容を考えていなかった。


 しかも、その相手は公爵令嬢。

 貧乏子爵がエスコートするにはあまりにも無謀で、初めてという言い訳を差し引いても絶望的だった。


「あ、あの……ユーリ、さん?」

「楽しみにしているよ、旦那様♪」

「……………………はぃ」


 跳ねる語尾に、俺は首を落とすように頷くしかなかった。


 初めてのデート相手は、学園唯一の公爵令嬢。

 どうにかなる――なんて、希望的観測は見えやしない。

 それでもやるしかない。


 ……どうしよう、ほんと。



  ◆第7章_fin◆

  __To be continued.


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