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第2話 偽装婚約相手のことを寮母さんに相談する

「なるほど」


 案内された寮母さんの部屋。

 年上の女性の私室に居心地の悪さを覚えながら椅子に座っていると、俺から説明を聞いた寮母さんがそんな呟きを零した。


 顔を上げると、寮母さんは紅茶で唇を湿らせ、考えるように瞼を瞑った。

 そして、薄っすらと目を開けて俺を見返して言う。


「それは惚気、というものですか?」

「断じて違います」

「そうですか?」


 ハッキリと否定したのだけど、寮母さんは納得いっていなさそうだった。

 俺の話を聞いて、一体どこをどう勘違いしたら惚気だなんて受け取るのか。


「昨日まではユーリアナさんが腕を組んだり、手を繋いだりしてきていたけど、今日はそれがなかった。会話もいつも以上に続かず、どうにも様子がおかしい、と」


 こつ、こつ、とテーブルを指で叩いた寮母さんが、今度はしっかりとジト目を向けてくる。


「やはり惚気では?」

「……俺もそんな気はしてきましたが、違うんです」


 事実を並べられると、俺自身惚気かも? と思ってしまった。


「夫婦喧嘩は犬も喰わないと言いますが、婚約者の場合どうなのでしょうか?」

「婚約者では――」

「では?」


 喉まで上ってきた否定を慌てて飲み込む。


「――では! あるんですけどぉ!」

「なにやら辛そうですね」


 舌を噛みそうになりながらもなんとか軌道修正すると、今度は心配された。

 誰のせいだ、誰の。

 そう文句を言いたいけど、俺のせいなんだよなぁと歯噛みする。


 つい流れに乗って寮母さんに相談してしまったが、そもそも偽装婚約を抜いて説明すると、ただただ俺とユーリの惚気になってしまう。


 正確に状況を伝えられない以上、真っ当な返事を期待してはいけなかった。


「すみません、うまく説明できなくて」

「それは構いませんが、困りましたね。色恋沙汰はあまり得意ではないのですが」

「色恋沙汰は……って、そうなんですか?」

「はい」


 なんだか意外だ。

 金糸のような艷やかな長い髪に、男子寮の生徒たちを軒並み惚れさせてしまう整った容姿。

 綺麗系は寮母さんはどこであろうとモテていそうで、色恋沙汰が無縁とは思えなかった。


 むしろ経験豊富そうな印象を持っていた。


「謙遜ですか?」

「そう仰っていただけるのは嬉しいですが、そうしたお声をかけられたことはほとんどありません」


 意外すぎる。

 というか、ほとんどない原因に学生寮の抜け駆け防止条約が含まれているかは気になる。それとも、年下なんて寮母さんからすれば色恋に数えないおままごとなのか。


 寮母さんが無表情のまま上目遣いで見る、なんて器用なことをしてくる。


「試してみますか?」

「……笑えないですからね?」

「ふむ。冗談というのは奥が深いですね」


 真面目なのか、ふざけているのか判断に困る。

 綺麗な顎のラインに指を添えて考える仕草をする寮母さんに呆れながら、紅茶で一息入れる。


 今日はやけに喉が乾く。


「正直、不明瞭なところがあるのでハッキリしたことはわかりません。その上で、どうしてそのような行動を取るのか、私自身に当てはめて考えれば――嫌われたのではないでしょうか?」

「ぶふっ」


 思わず咽てしまう。

 だらーっと口の端から紅茶が零れて、寮母さんに「滴ってますよ?」と指摘されるが開いた口を閉じられない。


 差し出されたハンカチで口を拭って、どうにか弁明する。


「その可能性は……ないん、じゃない、かと」

「そうなんですか?」


 ない……と思いたかった。

 否定しきれず、歯切れが悪くなってしまう。


 でも、根拠がないわけじゃない。


 そもそも、突然ユーリが俺を嫌う理由がなかった。

 前日に一緒のベッドで眠った……というのは、俺にとっては衝撃的な事件ではあるし、学園に広まったらどうなってしまうのかは想像したくもない。


 それくらい問題のある行動で、女の子に嫌われるには十分な理由になるのはわかる。

 ただ、やったのはユーリで、自らの行動の責任を他人に取らせるなんて真似、彼女がするとは思えなかった。


 傲慢だけど、そうした誇り高さがユーリにはあった。傲慢だけど。


「そもそも、嫌いなら『私は君が嫌いだ』って、正面から言っちゃうタイプだと思うんですよね」


 実際、王族であるリオネル殿下に根性なしだなんだと、不敬なことを平気で口にしていたんだ。

 俺相手に言葉を選ぶわけもない。


 だから嫌われてない……と断言できないところに、もしかしたらという俺の不安があるんだと思う。


「そうなると、私ではお力にはなれないようです。こちらから相談に乗ると提案したのに、力不足を恥じ入るばかりです」

「いえ、そんな! 話を聞いていただけただけでもありがたかったですよ」


 解決こそしなかったが、胸のモヤモヤは少し晴れた。

 やっぱり、どんな悩みも抱えてばかりでは気が滅入るばかりということなんだろう。


 相談事と紅茶も尽きた。

 おいとまするには丁度いいだろう。

 ……紅茶はほんとど飲めてないけど。


 紅茶で濡れた膝を払いながら、頭を下げる寮母さんにお礼を告げて席を立つ。


「相談に乗っていただきありがとうございました。もう少し自分で考えてみます」

「――クルールさん」


 席を離れようとする俺を寮母さんが呼び止める。

 彼女は顔を上げていて、金色の瞳に戸惑う俺の姿を映していた。


「ユーリアナさんがどうして貴方から距離を取っているのかは私にはわかりかねます。ですが、原因からではなく結果から、対処する方法は考えられます」

「それは……どんな方法ですか?」


 尋ね返すと、寮母さんは真剣な顔で深く頷いて見せた。


「――デートです」


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